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癒しの街 バート ローテンフェルデ Bad Rothenfelde

前回のドイツ記事のパーダーボルンより更に小さな街、バート ローテンフェルデ。
ちょうど去年の今頃にお出かけしたのだが、訪れた日に、街にはたまたまドイツ公共放送番組の撮影スタッフが来ていた。
そしてその番組は、来週までインターネットで視聴可能のようなので、この街の事を取り上げてみたい。

Bad Rothenfeldeの「Bad」とは、温泉もしくは入浴などを指す通り、ここは療養の街として知られている。
蛇足だが、Baden Baden バーデンバーデンという街も温泉が有名だ。

Rothenfeldeは、赤い土地が直訳になるが、この辺りの土地の特徴なのだろう。
源泉が発見され、塩が採れるようになったこの街は、塩の精製で発展し、その後フランス領になった時に、特に温泉街として人気が出たのだそうだ。

街の中心地にはKurhaus クアハウスと呼ばれる温泉や療養施設がある。

そしてその反対側には、大きな塀が作られており、その塀からは常に源泉からの水が滴り落ちる。
これは、Gradierwerk 枝条架装置 と呼ばれるもので、街の中に2つ存在している。

この塀の中には源泉が流れ、水を蒸発させることで塩を作り出す装置なのだそうだ。
壁一面に木の枝が取り付けてあり、塩はその枝に少しずつ溜まっていき、水だけが何度も何度も巡回する。
まるで珊瑚のように白くなった木は、何年かに一度回収され、精製後に塩になる。
私はこのような装置を見たのが初めてだったので、とても興味深かった。

海で囲まれた日本ではどうなのだろうかと気になり調べたところ、例えば兵庫県赤穂市でもこの方法にて塩の精製が行われていたそうだ。
そして今は同市の海洋科学館に、復元された枝条架装置があるそうだ。
こちらの装置は、木ではなく竹の小枝で作られているのが日本らしい点だろうか。

バート ローテンフェルデに戻る。
この街に新しく設置された枝条架装置は、支柱がないという珍しい装置で、ヨーロッパで一番長い装置だと友達が教えてくれた。
高さ10メートル、長さは412メートルもある。

これらの枝条架装置は街の中心にあり、塩分を含むその水は、空中にミネラル成分を放出させるので、この辺りをただ散歩するだけでも、身体に良いとされているそうだ。
これこそが、この街が療養の街として繁栄した理由なのだと分かり、納得した。

ドイツには、Salzgrotteザルツグロッテと呼ばれる施設があるが、それも同じような仕組みで、塩を多く含む空気を吸いに行くのだと喘息気味の同僚から教えてもらった。
療養休暇は北海地方の街が人気があるが、それも海からの塩分やヨードを含む空気が良いのだと、彼女はついでに教えてくれた。
ザルツグロッテはこのバート ローテンフェルデにもあり、大変人気だという。
この街は街自体がザルツグロッテのようだね、と言ったら、友達も相槌を打ってくれた。

さて、この巨大な壁の中は、見学もできる。
一番奥の部分が、その空気を吸うための部屋だが、訪れた日は見学のみだった。
塀の内部は、びっしりと枝が組み込まれているのが良く分かる。

塀の端には風車があり、製塩のためのポンプの役割を果たしている。
風車の反対側にはバラ園が作られ、薔薇の季節は特に美しい。
街は内陸部に位置しているが、かすかに海の香りがする。
そして薔薇の時期には、様々な種類の薔薇が、それぞれの香りを放つ。

*****

この街は、冬の時期も美しい。
欧州一の大きさの枝条架装置の塀を、なんとプロジェクタースクリーンのように使い、光のショーが開催されるのだ。

私がこの街を訪れた日に撮影された番組では、街の紹介だけでなく、こちはの光のショー、そしてこの装置内部の映像もある。
ご興味のあるかたは、是非この街の魅力を動画で感じて頂きたいと思う。
(動画は2023/1/22日まで公開)

この動画の真ん中辺りに、この光のショーには観客参加型の企画があることが紹介されている。
私達も、この企画に参加していた。
壁の前に人だかりができていたので、何かと思い見に行くと、観光客が次々とその場所に立ち、ジャンプをしている。
背後から強い光で照らされ、ジャンプをした影は、壁を伝って空に登っていく。
そして映像はインターネットサイトにアップロードされ、永遠にその映像が残るのだという。

まるで、人々の願いが空に登っていくかのように見える。
私達は、多くの人が飛び跳ね、それぞれの影が壁を登っていくのを飽きることなく見ていた。

*****

街には、療養施設や病院が多い。
人口9000人に満たないこの街に、かつて1000人を超える病院関係者がいたのだそうだ。
街を歩く人々も、ご年配の方を多くお見掛けする。
横断歩道は、どの街よりもゆっくりと、その役割を果たしている。

杖を手にされているご年配の方、そして隣でそっと支えるご家族やお孫さん。
この街では、誰も急いでいない。
街に人は多いけれども、喧騒はない。
本当に不思議な街だ。

この街は、外国人向けの旅行ガイドや、訪れるべき街として大きく取り挙げられる事はないかもしれない。
しかし、近隣の街だけでなく、ドイツ国内では名前を知られており人気がある。
こうして人々を惹き寄せる理由は、この街が持つ雰囲気ではないだろうか。
私もこの街に初めて来た時、その街の穏やかな表情に、すっかり虜になってしまった。
偶然立ち寄ったアイス屋さんのアイスが、今まで食べた中で一番美味しいとまで感じた。
街の雰囲気が、アイスをこんなにも美味しく感じさせるのかもしれない。

塩の製造過程から放出される、たくさんのミネラル成分。
空中に漂う成分が、私の細胞の隅々まで行き渡り、そして心まで綺麗に洗浄してくれるかのようだ。

何度も何度も、腕を大きく横に広げ、大袈裟に見えるほどの深呼吸をする。
そんな私の姿を見て、友達は隣でクスクスと笑っている。
そして私の真似をして、隣で同じように深呼吸をして、私をからかう。

風車が何度も水を巡回させるように、ミネラル成分が私を元気にさせ、その姿を見て友達が笑い、その笑顔が私を幸せにする。
風車は、塩の製造のための動力を生み出すだけでなく、不思議な力を巡回させているかのようだ。
その不思議な力を、自分の体にしっかりと充電する。

夏は、緑が多く美しい街を、目で楽しむ。
塀からチョロチョロと水が滴り落ちる音は、まるで音楽のように耳に心地良い。
そして、かすかな海の香りを、鼻から吸い込む。
薔薇の薫りを、胸いっぱいに吸い込む。
太陽の光を、肌で感じる。
美味しいアイスを、舌で味わう。
隣にいる友達の温かさを、心臓で感じる。

*****

私の手元には、小さな布の袋がある。
この中には、この街の枝条架装置で製造された塩が入っている。
この袋を見るだけで、なぜか幸せな気分になれるのだ。

癒しの街、バート ローテンフェルデ。
ほんのちょっと疲れを感じたり、何も考えたくない時には、またここを訪れよう。
もちろん、友達と一緒に。
そしてまた、大袈裟に見えるほどの深呼吸をしよう。


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