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ミュンスター 天国へのはしご

ミュンスターを初めて訪れたのは、学生時代。
あれはたしか、クリスマス時期だった。

デュッセルドルフから北東に120km。
この辺りはNRW州の中でも、ミュンスターラントと呼ばれている。
近隣の街ボルケン、コースフェルト、シュタインフルト、ヴァレンドルフ等がそれに含まれる。
現在のNRW州の州都はデュッセルドルフだが、かつてミュンスターはプロイセン王国のWestfallen州の州都であった。
そのため今でも、NRW州の政治的、行政機関等がここに置かれ続けている。
また、この街もハンザ都市の一つだった。

更には、宗教的にも重要な役割を果たす街であり、ミュンスター司教座都市だったため、今もカトリックが優勢だという。
近郊では、パーダーボルンが同じくNRW州内の司教座都市だ。

Prinzipalmarktプリンツィパルマルクト

ミュンスターは、ミュンスターラントの中心の街。
更にその中心が、プリンツィパルマルクト。
中央市場を表すこの場所は、政治と経済の要と言える。
また、ドイツの美しい広場の4位に選ばれたという非常に美しい場所でもある。
中世からの建物が並び、歴史を伝えてくれる。

旧市庁舎

広場にある旧市庁舎は、14世紀に建てられたもの。

内部はツーリストインフォで、その奥に平和の広間があり見学可能。
音声ガイドが流れ、15分ほどの解説を聞く。

1618年、神聖ローマ帝国で勃発した三十年戦争は、このミュンスター市庁舎で1648年に正式に終結した。
それが、ヴェストファーレン条約。
この広間で三十年戦争を終結させる誓いがあり、スペイン・オランダ和平が取り纏められた。
建物は第二次世界大戦で破壊されたが、その重要性から、忠実に再建されたという。

当時の様子を伝える一枚の絵。

壁にはずらりと肖像画が飾られ、その数37枚。
三十年戦争終結のために交渉した、最も重要な特使や統治者達の肖像画。

ホール後部に展示されている鶏の杯。
これは、重要な会議やゲストが訪れる際に使用される。

広間の天井には、ある言葉が掲げられていた。
Audiatur et altera pars
ラテン語で、相手側の意見も聞くという意味。
ローマ法に基づく裁判の為の原則だそうだが、平和とは、このような意思の上に築かれるのだろう。

さて、この条約から374年後の2022年11月。
重要な歴史背景を持つこの場所で、G7外相会合が開催された。
日本からは、現内閣官房長官の林芳正氏が出席。

聖ランベルティ教会

教会の特徴は、時計上部にある3つの鉄製の柵。
16世紀には、処刑者が見せしめの為に柵に入れられたという歴史がある。

3つの鉄製の柵がはっきり見える

ヤン・ファン・ライデンは恐怖政治を行なった事で悪名高いが、彼もここで処刑後に見せ物にされたそうだ。

ハインリッヒ・アルデグレーヴァーによる版画

さて、光を使ったアーティスト、オーストリア出身のビリ・タナー。
彼女はコロナパンデミックの際、人々に希望を与えるため一つの作品を制作した。
その作品の展示場所が、この教会の尖塔。
作品名は、天国への梯子。

旧約聖書にあるヤコビの梯子。
ヤコビが見たという、天国にかかる梯子。

また、雲に隠れた太陽から光が筋状に現れる様子も、天国への梯子と呼ばれる。
例えば、こんな空。

彼女が作った梯子は、昼間はほとんど目立たないが、夕方になると金色に光り、人々に希望を届ける。

この梯子は、2023年12月からは教会内にも展示されるようになった。

聖パウルス大聖堂

街のシンボルとも言える大聖堂。
週末には大聖堂前広場に市場が出て、とても活気がある。

真冬のチューリップは、春よりも更に大きな喜びを運んでくれるようだ。

大聖堂内部。

幼い頃のキリストを背負って川を渡ったクリストフォロス。
枝は、その言い伝え通りに、川を渡った時に持っていたものだろうか。

ここには、13世紀に作られたという見事な天体時計がある。

そして、クレメンス・アウグスト・グラーフ・フォン・ガーレン司教のお墓も。
ナチスの安楽死計画に対し、公然と対抗したかただ。

聖母教会Liebfrauen Überwasser Kirche

聖パウロ大聖堂に対し、アー湖方面の西に位置するためüber wasser 川の向こうという別名が付いているという。

教会前の古本屋さんは、人気テレビシリーズの撮影舞台だそうだ。

ミュンスタービール醸造所兼レストラン

ミュンスターの地ビールは、Pinkus。

ミュンスター城

ヴェストファーレン・ヴィルヘルム大学は、ドイツで6番目の学生数を抱え、その数45.000人(2021時点)
因みに日本では、日本大学の70.000人に次ぎ、2位の早稲田大学が46.000人。(2022年)
そしてこの大学は、何と贅沢にもこのお城が使われている。

エルプトロステンホーフ

建築家ヨーハン・コンラート・シュラウンの代表作と言われるバロック建築の宮殿。

Aasee アー湖

街の南西に細長く伸びるこの人工湖付近には、動物園や自然博物館、水族館などが集まっている。
訪れた日には、厚い氷が張っていた。
氷を砕こうと試した人たちの努力の跡も。

大学街のため、多くの学生が自転車を利用している事に加え、自転車が走りやすい街としても知られている。
このように、綺麗な自転車道が整備されている。

その他にも、この街にはたくさんの美術館や博物館が点在している。
パブロ・ピカソ美術館

ドイツの色々な街を訪れた際、私がついやってしまう事。
それは、もし私がこの街に留学していたら、という妄想だ。

ミュンスターに住んでいたら、私はきっと自転車に乗り大学に通い、週末には大聖堂前の市場で買い物をし、時にはアー湖にピクニックに出かけ、美術館や博物館に通っただろう。
素敵な学生生活を思い浮かべる事のできる、魅力溢れる街だ。

私は、大都会がそれほど好きではない。
路面電車の代わりに、バスが走る。
車の代わりに、自転車が走る。
そんなミュンスターは都会過ぎず、田舎でもなく、この街が持っている雰囲気がとても心地良いのだ。

そう感じるのは、私だけではないようだ。
2022年度発表のアルベルト・ルートヴィヒ・フライブルク大学研究センター調査より、興味深い物を見つけた。
それは、ドイツ全地域の幸福度調査。
0~10点満点で、ミュンスターラントは7.44点で、最高得点だった。
因みに、ドイツ全体では6.86ポイント。

その記事を読み、私は納得した。
私が触れる事ができたのは、この街のわずか一部だが、この街の心地良さを充分に感じる事ができたのだから。

幸福度は、様々な要因が関係する。
この地域は経済的に豊かであり、持ち家所有者が多く、また失業率が低い。
生活の安定は、幸福度に影響する。
自転車利用は健康に良い効果を与え、様々な文化施設は精神的豊かさをもたらしてくれるだろう。
また、この地域の人々は、コミュニティ関係を非常に大切にしているそうだ。
故郷を愛し、そこに住む人々がサポートし合い共存する。
それは、大都会では少し難しい事かもしれない。
この地域に住む90%に上る人々が、この地域を住み良いと評価しているそうだ。

天国への梯子がある街。
ここは、平和に関わる歴史の舞台、つまり平和が生み出された街。
そして、幸福度が一番高い街。
それは飛躍して考えると、天国に一番近い場所と言えるのではないだろうか。

ヨアンネス・クリマコスの描いたイコンは、年の数だけ梯子がある。
聖ペトロの持つ天国の鍵よりも、私は梯子を一段ずつ登り、人生を全うしたい。

次に生まれ変わった時には、ミュンスター大学で学ぼう。
この街に住んでみたい。

こんな妄想をして、ふと気付く。
私はキリスト教文化の真っ只中に身を置いているが、輪廻転生を信じる仏教徒なのだと。

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