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【 日常 】宮城を舞台としたヒューマン物 【 短編 】

こんにちは。
はれのそらと申します。
今回、連続で短編公開します!
テーマは

・1500字前後
・日常系
・人生悲喜こもごも


です。

原作 熊右衛門さん

本編 【岐路帰路】

知らなかったのか?俺はお前の事……。
憧れてたんだぜ。

※※※※※

店の入り口を抜ける。
あたたかみのあるぼんやりした左右の灯りが私を迎えた。

カウンター席ではなく、個室で一杯やるのが……私の小さな趣味だった。ほどよく賑わっている。背広を脱ぐ。着座し、細かく体を震わせる。
一つ所にまとまって、気持ち少しな強い度数の酒を頂く。冷やの日本酒。視界がふわふわ。指先も軽くなる。

「お!時田じゃないか?久しぶりだなぁ。高校ぶりか!」
声のする方へ振り向いた先は、胸を締め付けるほどの懐古だった。恰幅良く、柔和な笑顔の壮年は私に手を振る。
「熊沢…」
「やっぱり。なぁ、あの時の約束覚えてるか?まぁ、とにかく久しぶりなんだし、こっちで飲まないか?それか、時田の所でもいいがな」
卑屈な愛想笑いをかろうじて誂える。店の中の照明が一段と暗くなった。
自分のフィールドへ招きたくはなかった。それに、招けないのが本音。
「あはは、熊沢の席でよろしく頼むよ。それに…今は先生って言った方がいいか」
「大先生で頼むよ、ハハ!……冗談だ」
ズキズキと。私の古傷が膿んだ。もう、風化して治ってしまったと思ってたのに。

2

「どうしてこんな所に?」
熊沢の話を聞いて思わず言った。

黒塗のテーブルがある個室に通され、私達は長すぎる近況を語り合った。くすんだ橙の灯りが全体を照らす。

話の流れはこうだった。
取り止めのない世間話から、酒が進みどんどん昔を思い出す。距離が近くなる。言えなかった今の話をする。
本題は今なにやってるかについてだった。

端的に言うと、彼は私と違う道を歩み…勝利し、輝かしい栄誉と財産を掴んだ。目が眩み、後ずさる。

熊沢は直木賞を取った。
シリーズ化もされメディアミックスもされ、私が生涯働いても手に届かない程の資産もある。
これはファンからの感想という、無形の財産も含むんだろう。

沈黙。
途中から、相槌しかしなくなった私はいつしか黙る。
彼の自慢でもない結果だからこそ、自分の劇的でもない平穏な日々を語っても、酒の肴にもならないだろう…そう思った。
嘘だった。企業に勤め、組織と取引先や業界新聞で動向を伺う以外気にもせず、生きていた自分の人生を熊沢と共有したくなかった。

だが。
心が窮地に立たされ、もう適当な理由をつけて逃げ去ろうと考えた私に…彼は追い縋る。

沈黙を破ったのは、熊沢だった。

「なぁ。時田。俺がさ、どうしてお前に声がけしたかわかるか?」
「たまたま再会したから」
「それもあるが…それだけじゃない」
「それ以外の理由?」
「ああ…」

熊沢は俯く。直視できないようだ。

「貧乏なんだよ、俺」
彼は消え入りそうな声で言った。


3

さっきまでの成功談はなんだったのかは聞かなかった。声のトーンを聞き、深刻さがわかったので話の続きを促す。深刻な様子で語る熊沢の口振りを見て…私は気分の悪い爽快感を覚えた。
「時田の事、羨ましかったんだ。だってさ、今稼いでるのに…手元に金が残らないどころか、借金返してる状態だから」
「マカオのカジノでもすったのか」
「だったら、辛気臭くならねぇよ。クソ野郎のせいだ……、あいつがギャンブルで借金こさえたせいでお袋はいつもボロボロだった。何年も同じ服を着てさ。つぎはぎだった。裾の先は涙で滲んで乾く事はなかった」
熊沢の形相は異様だった。歯を食いしばってはいるが、目の色は涼しげで……激情は消え、燻りが消えない底冷えした瞳。その奥まった所は深海の底よりも暗かった。
「そうか」
「そこから……まあ、バカなりに考えて小説家になって金持ちになるって無我夢中で……書いたさ。書いた書いた。余裕ができた今なら、あんな危険な橋、渡ろうともしなかったのにな……まあ、その結果がこれだ」
「なあ、もしかして困ってたり……とかするのか」
熊沢は微笑む。
「時田、大丈夫だよ。どうにかなった……まあ、色々あってね。世間から見たら理不尽とも思えるような約束でも果たさなきゃいけないってもんなんだよ。ぼかすような言い方でごめんな。ただ、今は借金も返してお袋と一緒に慎ましく暮らしてるさ。もう、お袋の服もクローゼットが3つあっても足りないくらいあるし、袖先は綺麗なままだ。クリーニング出してるからな」
「……よかった。正直に言ってくれたんで、俺も言うけど……熊沢の苦労を知らないで、お前みたいになれたらって思ってた。だから、今日声をかけてもらえてな。なにも思わない事はなかったけど……ずっと憧れて、会えてよかったよ」
「まー、俺は興味があったり憧れたり、好意でもなかったら、声をかけたりしないけどな」
「どういう事だ?」
「どういう事なんだろうな。はは」
お互い口には出さず、また酒を飲み始める。


それから。
2人で空けた徳利の数が2個から8個になった頃。
夢は唐突に立ち消えた。

年配の女性……この店の店主が私達に最後通牒を突きつける。
「あ、あのー。そろそろ、店、閉めるんですが……大丈夫ですか?」

※※※※※※

私達は店から出ていき、食べ終えた後にもかかわらず次の会食の話をした。
友達と遊ぶ約束をし、土曜の半日授業を終えて下校する小学生のように生き生きしている。
「なあ時田。うめぇ焼肉屋、行った事あるか?」
「…ないかもな」
「じゃあ、ここにいこうぜ。駅から15分ほど歩くんだがうめぇんだよ」
「ああ」


なんだ。そうかよ。
動いてたんだな。俺もお前も。
--いいじゃねぇの。な。--

私は熊沢の後ろ姿を見送る。
そうして、私はいつもの……街灯のある見慣れた路地へ戻っていった。

(了)

代表作(実話を元にしてます)


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