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OSAKA 橋と物語 長靴とオムライス 4/4 at 淀屋橋

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次にあおいが中之島公会堂を訪れたのは、四十歳を回ったときだった。八歳下の従姉妹の結婚式が公会堂で行われ参列するためだ。五月の夏日で強い日差しと紫外線がじりじりとあおいの二の腕を焼いていた。参列者たちが食事会場に移動するため次々とタクシーに乗り込むのを尻目に、あおいは母のトイレ待ちでいらいらとヒールで石畳を打っていた。よたよたと表に出てきた母は近頃、膝の関節が曲がってしまい歩幅が狭く歩行速度が遅くて仕方ない。母の後ろで衣装替えを済ませた新郎新婦が詰まっていた。あおいは母をどかせようと近づくと、新婦の従姉妹が、お姉ちゃん本当に出れないの? と新郎の隣だからかよそ行き声できいてきた。あおいは申し訳無さそうな演技をし、どうしても出席しなければいけない会議があると従姉妹を諭した。

新郎新婦が飾られたタクシーに乗り走り去ると、母が私もご馳走を食べたかったと愚痴った。歩行困難な母は付き添いなく食事会場へ移動できないため、娘に従うしかなかった。あおいがなんでも好きなものをご馳走するからとなだめると、母はここでいいと公会堂に併設されたレストランを指差した。あおいが難色を示すと、どこでもいいと言ったやら、動き回りたくないやらで譲らず、あおいは根負けしレストランへ入った。

レストランの内装はレトロからモダンへ様変わりしていた。壁も床も客席も全て白で統一されていた。二人が案内された席が窓際真ん中だった。以前、あおいが通されたのと同じ場所だった。母がさっさと席に着き、仕方なく母の正面に座る。偶然にも、一度目は元カレを前に、二度目は一人で座った席と同じ席だ。

あんたと同じものでいいと、へそを曲げた母はメニューを開きもしなかった。あおいはメニューをテーブルの上で開きページを繰った。どこを探してもあのオムライスは見当たらなかった。洋食は一つもなくイタリアンだけを扱っている。表紙に戻り店が変わっているとようやく気づいた。

メニューから顔を上げると年老いた母の顔があった。あおいは愕然とした。座る席は変わらないのに、店も向かいの席の景色も変わっていった。エナメル加工された天板に触れた手が妙にひやりと冷たかった。

End


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