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4回生春。性被害その後。


春が来て私たちは4回生になった
この期間は授業がない

もう勧誘活動などはほぼ下級生に任せていい
射場で射っているのを見せればいい

2週間に1度の通院へ行く
薬を変えてもらった
睡眠薬を少し深く眠れて長く効くものを
安定剤も頓服が増えた

カバンに入れてバイクで下宿先へ戻った

体調は前よりは安定している
バイトも普通に行けている

…あとは夜眠れるようになればよかった
不眠がこんなに辛いとは思わなかった


「ただいま〜」

「おかえり」

「薬変わった。ちょっとだけ効果時間違うみたい」

「そうか、眠れるといいな」

うん、と返事する
目の下の隈が酷かった
あと実質晩ごはんしか食べれなかった
朝は食欲が無く、外では食べられなかった

あと地味に困ったことが起きた
素手で食べ物を触れなくなった
自分が汚れていると無意識下で感じていた
これは今でも続いている

パンを箸で食べる変な奴になっていた
サンドイッチを買った時にお箸が貰えなくて
どうしても食べられなくて持って帰った

直接触らずフィルム越しにおにぎりを
開ける技も学んだ
自然とゼリー飲料やカロリーメイトに頼った

謎の潔癖症になった

一緒に住んでいるHくんは食パンを
箸で食べる私を見て一瞬驚いた顔をしていた
事情を話して「そっかぁ」としばらく考えて
「お箸の国の人だからね、箸で食えたらいいんじゃね?」と許容してくれた

あの時の出来事が原因なのかな…
そう言いかけてやめた


晩ご飯を食べてから身支度を整えて
いい時間になったら睡眠薬を服用した
「じゃぁおやすみ」と先に眠る

全く覚えていないのだが夜中に一度起きて
トイレに行ったらしい
そして戻ってきてからはHくんの床の布団に入って寝たらしい

「なんだ?いっつも狭いのイヤ!って言うから俺床で寝てるんだけど?」
「へぇ…そうなんだ、でも1人で寝るのヤダ」と言ってしばらく引っ付いてスヤスヤ寝たらしい
起きた時にはベッドで眠っていた
翌朝に、運んだと言われた

「まぁ寝れてよかったね」
その後も奇行は続く


昼間に部室に顔を出す
「お疲れ様でーす」と可愛い後輩たちがいる
「あーい、みんな勧誘頑張ってきてね〜」

「了解でぇす!」
看板やらチラシを持ち学内に散っていった
それぞれ行く場所を律儀に教えてくれる

その後同期の女子主将が来て
「みんなどこらへん行った?」と聞かれて分からなくて悩んだ

…後輩たちの名前がパッと出てこない
誰がどこに行ったのかわからない
「ごめん、聞いたんだけど覚えられなかった」
とヘラリと笑った

「ん?まぁいいけど…」
どうしたの?という表情だった

副作用だろうか
ちょっと怖かった


射場に行き新入生が見学にたくさん来ていた
勧誘、頑張ってるなぁ

「見てみな、あれが本物の弓だよ」と下級生が
フル装備の4回生の弓を見せる

目をキラキラさせて「触ってもいいですか?」と聞かれて「見た目より重たいから両手で持って下さいね」とソッと渡す

「おぉ〜」と言っていた
赤子を抱くように大切に触ってくれている

「先輩!実際射つところ見せてあげてください」
「いいよ〜!」

後輩に囃し立てられて30mを射つ
絶対に外さない距離だ
4年やってりゃ大概あたる

分かりやすいようにこの期間は的に風船を張り付ける
あたったら割れるから分かりやすい
あと8点のラインまで膨らませて置けば少し外しても
誤魔化せるという保険だ

「いくよー」
セットアップからドローイング、押し手を固定して引手側の背中で引く、クリッカーがカチッと音を鳴らすと同時に矢を放つ

バシュッ!!っと勢いよく矢を放つ

パァン!!景気良く風船が割れる
見学者が拍手をしてくれる
4回生は大体この役割をする

「良かったら仮入部してね、基礎体力作りからだからね、大変だけど楽しいよ」

内心、まさか外したらどうしよう…という緊張もある
無事に当たってホッとしていた

でも準備の時風船を膨らます時に
ゴムの匂いにしんどくなってしまった
直に口に触れるのが怖かった
真っ青になり「ごめん、できない」と言うと
同期が代わってくれた

「大丈夫、私膨らますから。りょうは割る係ね」
そう言いながら大きく膨らませてくれる。
包容力と肺活量がすごい。


1日3回飲むタイプの薬があった
なるべく飲んでるところを見られないようにする
服用したら1時間くらい強い眠気がする

昼休みに部室で座ったままうたた寝していた
後輩に眼鏡を外されて写真を撮られて
女子部の共有メールで回された
件名は「気絶」だった
かなりイジられている

常に眠気が付き纏う
慣れるまでは仕方がないと割り切ってきた

授業が始まった
以前に比べて朝用意してから動けなることが減った
準備をしてもお腹が痛くて動けなかったり戻してしまい結局行けない日もあった

行き帰りのバスは相変わらずHくんと一緒に行ってもらう
滅多に体調は崩さなくなってきていた

授業は眠らないように必死に耐える
卒論も仕上げに入っていた

帰宅後いつも通りの晩ご飯を済ませた
就寝したと思えば、深夜にいきなり起きて
Hくんを揺さぶって起こしたらしい

そのまま「怖い!怖いよぉ!」「息が出来ない」
と抱きついて泣いたらしい
あの日を思い出していた

タオルで口を塞がれて背中を摩ってもらい
寝落ちしてまたベッドに寝かされたそうだ

もちろん朝には何も覚えていない
でも熟睡してるわけでもない
朝はなんとも言えない疲労感があった

「…お前、マジで大丈夫か?」
「ごめん、自分じゃコントロール出来ない」
さすがに申し訳なく思った

「まぁ元々の性格が甘えたちゃんやからなぁ」
「事が事やし気長に付き合おう」
と困ったように笑われる


次の日
「今日は睡眠薬飲まないで寝てみる」
「昼めっちゃ動いて疲れてるから大丈夫やと思う」
勧誘の補助として見せ物風船割りを一日中やってきた

「夜中のこと気にしてるなら大丈夫やぞ」

「いや、大丈夫ぐっすり眠れる気がする」
「おやすみ」


寝つきは良かった
0時過ぎにあの日の夢を見て飛び起きた
口に出された白い液体を思い出して血の気が引く
息苦しい、怖い、ボロボロと涙が出て止まらない
大丈夫じゃなかった

初めて自分の意思でHくんを起こした
「ごめん、気持ち悪い、たすけて」

「ぅん?…トイレ行ける?」
立てない
首を横を振って背中をさすってもらう

「苦しい…ぅ゛えっ…」
反射的に手で口元を抑えた
空えずきだけで何も出そうにない

「あ〜、しんどそやなぁ」

「…私もう普通じゃないのかな?」
悲しくなってくる
ポロポロと泣いた

「寝れるよ、まだ日が浅いんだよ、焦るな」
これは普通の反応だよと受け入れてくれた
ぐちゃぐちゃになった顔をタオルで拭いてくれた

胃のあたりをさすり「苦しい、吐くかも」と訴える

さりげなくゴミ箱を近くに手繰り寄せる
しばらく座って真っ青なまま耐えていた
「出そうにない」

「座ってるのしんどいやろ」
「ベッド、バスタオル敷く、洗面器も持ってくるから」
「大丈夫だから、横になろう」

「…いやだ、横になったら苦しい」


しばらく時間を置いてから

「頓服飲んで寝よう?」
と言われて「そうする…」と言う

「やけに素直で怖い」と笑われながら
お水を持ってきてくれた

「寝れるまで近くにいて欲しい」
変な意地張ってごめん
お願い、離れないでと懇願した

30分くらいで視界がぐるぐる回ってくる
「眠い…」
「うん、寝て。大丈夫だよ安心していいよ」
完全に寝付くまで頭を撫でられて寝息が深くなるまで付き添ってくれた


翌朝、かなり遅めの起床をする
昨日のことははっきり覚えていて
先に起きていたHくんに
「おはよう、気分どう?」と聞かれて

「大丈夫みたい」と答えた
昨日のことを思い出して
恥ずかしかった

コーヒーを飲んでいると
「妹が小さい時思い出すわ」と笑われる
「赤ちゃんの時はすげぇ夜泣きしてたし、ある程度大きくなっても夜中怖いって言ってワーワー泣いてたの」

「…」

複雑だった
10歳も離れている妹と同じような行動をとっているなんて

「気にすんなよ、焦らんでいいし、夜中起きても大丈夫やから、ちゃんと薬飲め、医者の言う事ちゃんと聞け」

「記憶がハッキリしないのが怖い、変なことしたらごめん」

「いいって、そんなん今更やぞ」
「酔っ払いの介抱と変わんねぇわ」
そう言って笑ってくれた

「あとな、今日電気屋行って豆電球買ってくるわ、真っ暗よりは怖くないだろ?」

買ってきてくれたのは青い豆球で
水族館みたいに綺麗だった

アクアリウムみたいになった
ラブホみたいだなと思ったが口には出さない

また薬が変更になった
今度のは幸いしっかり体質に合ったらしい
夏前にはやっと朝まで眠れて
たまに起きても頓服を服用して
大きなパニックは起こさなくなっていく

その後は少しずつ減薬していった

「ほら、大丈夫だったろ?」と彼が言う
「俺、気が長いから」

「知ってる、ありがとう」
今でも本当に感謝している
多分彼がいなければ乗り越えられなかった


でもこの期間も色々あったのだ

春過ぎはまだ下ネタやコンビニのアダルトコーナー、テレビで意図せず見てしまう性に纏わるものを完全に身体が拒否していた

本入部した1回生の基礎の指導中だった。
休憩中に悪ふざけをする1回生の男子に本気で声を荒げて怒ってしまった

胸にタオルを詰めて「〇〇先輩のおっぱい」と騒いでいた
年頃なので普通のことなのだが過剰に反応してしまった

ぶちん!!と頭に血が昇る

「お前らやめろ!マジで気持ち悪い…もういい!今すぐ帰れ!男子主将には私から話す。帰れ!」

注意されている方は…え?という反応だった
なんでそんなに怒ってるの?という顔

でもすぐ素直に「…すみません」と謝ってくる

いつもならそれで水に流して練習復帰だったのに
どうしても許せなかった

「いいから帰れ!」
「先輩落ち着いて…」と女子の後輩に嗜められる
八つ当たりだと気がついてハッとなる

「…ごめん、私、言いすぎたよね」
「あとで謝る」

完全に1回生を虐める4回生になっていた


事情を話し私も一緒に罰を受けた

私が怒ってしまった1回生と一緒に正座で黙想する
心が荒れていては当たらない
何にも知らない子たちに八つ当たりした罪悪感
何してるんだろうと自制心に問いかけていた

何時間も正座して落ち着く頃には
さっきふざけていた1回生たちに
「私の言い方悪かったです、ごめんなさい」と謝れた

1回生も「悪ふざけが過ぎました、すみません」と和解した

性被害を受けたことを認めたくない気持ちと
傷ついた精神とのバランスがうまく取れなかった

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りょう。
無印良品のポチ菓子で書く気力を養っています。 お気に入りはブールドネージュです。

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