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「ストーリーとしての競争戦略」を読んでミタ


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ジャンル:経営戦略・マーケティング
著者:楠木建
出版日:2010年5月6日


▪️本書の要点

  1. ストーリーとしての競争戦略とは、戦略の本質である「違い」と「つながり」の2つの要素のうち、後者に軸足を置くものだ。他社との差別要素が組み合わさり、相互作用することこそが長期利益の実現につながる。

  2. 「違いをつくる」ためには、他社と違うところに自社を位置付けること(SP)と、他社が簡単に真似できないその組織固有のやり方を実践すること(OC)、の2通りが存在する。この2つの意味合いを理解し、両者のつながりを意識して戦略ストーリーを組み立てることが重要である。

  3. 優れたストーリーは、単なるアクションリストやテンプレートのような静止画ではなく、戦略ストーリーにおける5つの柱(5C:競争優位、コンセプト、構成要素、クリティカル・コア、一貫性)が優れていて、動画のように全体の動きと流れが生き生きと浮かび上がってくるようなものである。

▪️要約

あるべき競争戦略とはー戦略は「ストーリー」である

ra3rn/iStock/Thinkstock

戦略の本質とは「違いをつくって、つなげる」ことである。
他社との違いによって「完全競争」を免れ、余剰利潤を生みだすことが出来る。
しかしながら、個別の違いをバラバラに打ち出すだけでは戦略にはならない。個別の違いがつながり、組み合わさり、相互に作用することによって長期利益が実現される。
ストーリーとしての競争戦略とは、個別の要素の間にどのような因果関係や相互作用があるかを重視するものである。

例えば、小型モーターを専門に作っているマブチモーターには、「大量生産によるコスト競争力で勝つ」というストーリーがあった。「大量生産」という打ち手と「低コスト」をつなげる線は、「規模の経済」という、ごくありふれた論理であるが、マブチの戦略ストーリーが面白いのは、大量生産につながる打ち手として、「モーターの標準化」という意思決定をしたことにある。

今でこそ「標準化」は当たり前のようだが、当時のモーター業界では常識に反した「禁じ手」で、小型モーターはセットメーカーから特定仕様の注文を受けて生産されていたのだ。

しかしマブチでは、モーターを特定のモデルに標準化することで大量生産を可能とし、そのうち顧客が標準化に抵抗が薄れると、規模の経済が働き、一層の低コストを実現することが出来るという、一連のストーリーが構想された。
標準化だけでなく一極集中の営業体制や海外での直接生産など、いくつもの打ち手が相互に因果関係でつながり、全体として長期利益をたたき出すことに成功した。つまり、個別の打ち手が功を奏したというよりも、ストーリーの勝利であったと言える。

また、小説や映画のストーリーに優れたものとそうでないものがあるように、戦略ストーリーにも「筋の良し悪し」がある。
マブチは1964年に香港マブチを設立し、その後も中国や東南アジアにおける生産拠点を増やすなど、早期から海外での現地生産に着手した。2000年代に入って多くの日本企業が中国での海外直接生産を始めるようになったことに鑑みると、先見の明があったと言える。

さらにマブチは単に先見の明があったというだけではなく、先行的な中国での現地生産は、他の打ち手との因果論理できちんとつながっていた。マブチの「モーターの標準化」は、当時はあまり技術が高くなかった中国でも生産が可能で、中国の労働集約的な生産ラインに適していたからである。
マブチの成功を見た同業他社が、中国現地生産の戦略を「ベストプラクティス」として導入したとしても、周囲の打ち手とのつながりに欠けていれば、かえって筋の悪い話になってしまうのだ。

ストーリーは、静止画ではなく動画である

Eskemar/iStock/Thinkstock

ストーリーの戦略論は、従来の静止画的な戦略論(アクションリスト、法則、テンプレート、ベストプラクティス、シミュレーション、ゲーム)ではなく、動画であるべきである。
ストーリーとビジネスモデル(システム)の戦略論もその性格は異なるものであり、ビジネスモデルが構成要素の空間的な配置形態に焦点を当てているのに対して、ストーリーは打ち手の時間的展開に注目している。

ビジネスモデルはビジネスに含まれるさまざまなプレーヤーや機能部門の間のカネやモノや情報のやり取りの絵が出てくる。これに対して、戦略ストーリーの絵は、「こうすると、こうなる。そうなれば、これが可能になる……」という時間展開を含んだ因果論理になる。

こうしたストーリーという戦略思考はとりわけ日本企業にとって重要な意味を持っていると考えられる。
①日本のように成長性の低い市場において単純な差別化要素は見つかりにくくストーリーの差別化が有効であると考えられること。
②日本企業がこれまで重視してきた組織としての競争力を高めるためには個別の取り組みと成果の因果関係を知ることが不可欠であること。
③個々の機能よりも全体としてのアウトプットの価値に重きを置く日本人の価値観においては戦略ストーリーを組織の人々で広く共有するべきと考えられること。
以上の3点がその理由である。

「違い」には「違い」がある

競争戦略の第一の本質は、「他社との違いをつくること」だ。
ここで言う「違い」とは、SP=Strategic PositioningとOC=Organizational Capabilityの2つに分けられる。
SPは「他社と違うところに自社を位置付けること」
OCは「競争に勝つための独自の強みを持つこと」を指す。

松井証券は、野村證券のような法人向けのファイナンス業務は手がけていない。多くの証券会社が「顧客に対するきめ細かいコンサルティング」を差別化の路線として打ち出したが、松井証券はそうした活動を「やらない」と決めた。
個人向けのネット取引に特化して、そこにすべての資源を投入したからこそ、優位を手に入れられたのだ、というのがSPの戦略論による説明だ。

セブン-イレブンの戦略のカギはSPよりもOCにある。アメリカの大規模小売チェーンでは、本部が過去の発注履歴や販売実績の情報に基づいて発注する「自動発注システム」が採用されているが、セブン-イレブンでは、店舗が自ら立てた仮説に基づいて発注量を決定する「仮説検証型発注」を採用しており、現場の情報に根差し、現場がコミットメントした発注が可能となっている。OCは外部からは見えにくく、すぐに模倣できるものではないため、競争優位を築きやすい。

SPが明確でOCが強いことが最良であるが、現実にはどちらかの要素に偏っていることが多い。この2つの意味合いを理解し、これらのつながりを意識して戦略ストーリーを組み立てることが重要である。

【ポイント】 優れたストーリーの条件

戦略ストーリーの5C

ストーリーの柱となるのは次の「戦略ストーリーの5C」である

①競争優位(Competitive Advantage) ストーリーの「結」=利益創出の最終的な論理
②コンセプト(Concept) ストーリーの「起」=本質的な顧客価値の定義
③構成要素(Components) ストーリーの「承」=競合他社との「違い」(SP(戦略的ポジショニング)もしくはOC(組織能力))
④クリティカル・コア(Critical Core) ストーリーの「転」=独自性と一貫性の源泉となる中核的な構成要素
⑤一貫性(Consistency) ストーリーの評価基準=構成要素をつなぐ因果論理

①について、戦略ストーリーとは終わり、つまり起承転結の「結」から組み立てていくべきものである。
つまり、「利益が創出される論理」を固めなくてはならない。

利益の定義は、
利益(P)=顧客が払いたいと思う水準(WTP)-コスト(C)として求めることが出来る。
そうすると、利益創出の最終的な理屈は、競合よりも顧客が価値を認める製品やサービスを提供できるか、あるいは競合よりも低いコストで提供できるか、もしくは競争の土俵を特定のセグメントや領域に狭く絞り、その範囲に限定して事業を行うことによって、事実上競争がないような状態をつくるか、のいずれかを決定するということになる。

②について、コンセプトとは、その製品(サービス)の「本質的な顧客価値の定義」を意味しており、競争優位が「こちらが儲けるための内側の理屈」であるのに対し、コンセプトは顧客価値という外側の理屈を示す。
例えば米航空会社のサウスウエストでは「空飛ぶバス」がコンセプトとなっており、「バスと競争できる価格」や「短距離国内便特化」、「機内食は出さない」といった打ち手は全てそのコンセプトが背景となっている。
出来るだけ長期間に亘って利益を獲得するためにも、良いコンセプトは人間の変わらない本性(喜び、楽しみ、嫌がり、悲しみ、何を避け、何を必要とするか等)を捉えたものであるべきである。ただし、それは人に聞いて分かるものではないため、日常の中で深く考えて構想するしかない。

③について、企業が採りうる打ち手同士のつながり(パス)が戦略ストーリーの構成要素となる。
先に触れたマブチでは、「ブラシつき小型モーターに特化」「製品の標準化」「中国をはじめとするアジアでの海外直接生産」「一極集中の営業体制による直接販売」というパスがそれぞれコストダウンにつながる論理を持っている。

④について、クリティカル・コアとは「戦略ストーリーの一貫性の基盤となり、持続的な競争優位の源泉となる中核的な構成要素」のことである。
クリティカル・コアの1つ目の特徴は、他のさまざまな構成要素と同時に多くのつながりを持っているということだ。
例えばスターバックスでは「直営方式」がストーリーのクリティカル・コアとなってストーリー全体に一貫性を与えており、これが店舗の雰囲気や出店と立地、スタッフ、メニューという構成要素に一貫性を与え、「第3の場所」というコンセプトを実現可能なものにしている。
第2の特徴は「一見して非合理」ということだ。
各構成要素のなかには部分的には非合理的なものでも全体で見れば合理的なもの(これを「賢者の盲点」という)があり、これこそが持続可能な競争優位の源泉を生み出している。
スターバックスでは出店スピードを犠牲にしてでもフランチャイズ方式ではなく直営方式を採用したため、これだけでは一見非合理に思えるが、直営方式によってむしろスターバックスの持続的な競争優位は保たれていると言える。

⑤について、②で定めた打ち手同士のつながり(パス)はそれ自体では良し悪しを評価することはできない。
ストーリーが優れている為には、パスとパスがきちんとした因果関係でつながっている必要がある。他のパスの蓋然性を高めたり、複数の意味合いを持っていたり、ストーリーを発展させたりするパスはストーリーを強く、太く、長くすることにつながる。

▪️すゝめ

本書では各項目に関して著者による多くの具体事例が記載されているが、要約ではその一部の紹介のみ。
本書の魅力の1つは具体事例の豊富さであり、またこれらのケーススタディによってストーリーとしての競争戦略がどういったものなのかという理解が格段に進むものと期待される。多くの経営者から「ベスト経営書」として推薦されている本書は、全てのビジネスパーソンが読むべき一冊であろう。

Flier参照


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