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【同乗者たち】第3章 嘘つきたち【12】

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「……泣いてるの?」

ふいに声が降ってきて、目を覚ます。暗闇の中、自分の上に誰かがかがみ込んでいる。
反射的に体を起こすと、「わっ」とその影は大げさに脇によけた。サイドテーブルに置いていたスキャナを構えると、「Sランク」表示が視界に踊る。

【情報は閲覧できません】

「枕元に置いてるって……どんだけ仕事熱心なの」

顔をしかめながら、少女はそう言う。ヨーイチは大きく息を吸い、スキャナを構える手を下ろすと、目を閉じた。

「ちょっと、また寝るの? これ、夢じゃないよ」
「ああ、夢じゃなくて妄想だ」
「確認したでしょう、実在するって、あの時」

目を開けると、少女の手がヨーイチの目と鼻の先にあった。ぎょっとして固まったヨーイチにかまわず、少女の細い指は彼の目元をなでる。

「あれ? 泣いてない」
「おい、おまえ」
「うなされてたみたいだけど。嫌な夢でも見てた?」
「今まさに見ているところだよ」

そう言うと、面白そうに少女は笑い、ヨーイチから体をはなした。クロアナ街で見たときは憔悴しきっていたが、早くも元気を取り戻したらしい。とげとげしい口調でヨーイチに迫ってくる。

「ねえ、あんた、なんか勘違いしてない? 私はあんたのこと正直殺したいほど憎いけど、一応助けるべき立場なんだけど」
「助ける?」
「あんたの来世である私は、Sランクのクロアナなんだよ。あなたはこれから大犯罪を犯すことは確実でしょう。それを、どうにかして食い止めないと。過去を改変することができたなら、私だって未来でクロアナになんてならなくて済むんだから、二人で協力するべきだよ」

案外、そのために私は未来からやってきたのかも……おかしな推理をし始める少女を、ヨーイチはぎろりと睨め付けた。

「俺がこれから犯罪を犯すならば、その前に、お前が俺を殺すなりなんなりればいいだろう」
「出来るんならそうするけど? もしあんたを殺して未来に戻ったとして、『過去の自分を殺した』として、結果的にAランクになったらどうしてくれるの?」

頭の痛くなるタイムパラドクスを持ち出されて、ヨーイチは失笑する。まるでナオキの書くフィクションの世界だ。これが自分の妄想だとしたら……自身の想像力に思わず赤面してしまう。壊れた自動小説執筆アプリより酷いプロットだ。

「じゃあ聞くが、お前はどうやって未来から過去へやってきたんだっていうんだ。ある日目覚めたら、過去にいたとか言ってたな。寝ているお前に、だれかがタイムマシンでも使ったとでもいうのか」
「数百年前までは、魂の存在を信じない人が多かったんでしょ。生まれ変わりもなし、人は死んだらそれでおしまいだって思われてた時代があるんだったら、タイムトラベルの存在に私たちが気づいていないだけかもしれない。私はあんたより未来に生きているんだから、その技術が開発されていてもおかしくない」

少女はもっともらしいことを言うが、納得できるはずもない。自分がSランクに該当する重犯罪を犯すと言われれば、なおさらだ。
ヨーイチは再びスキャナを少女にむけた。Sランクの表示に一瞬ひるむが、グリップを握り直して息を吸った。
本当は、それこそ死んでも見たくは無いが、致し方ない。

「確実に確認できる方法が、一つだけあるよな」

自分が本当にこれから犯罪を犯すというならば……彼女の、ヨーイチの走馬燈を「最期まで」見ればいい。自分がこれからどうやって生き、そしてどうやって死んでいくのか。
ヨーイチは、少女にむけたブレインスキャナの引き金に指をかけた。

「……そうだね」

挑戦的に少女は笑う。いっそ実弾を撃ち込んでやりたい。
ヨーイチはそう願いながら引き金を引いた。


◇ 

「……なんで」

走馬燈を見終わったヨーイチは、呆然とつぶやいた。

「死ぬまで再生されない」
「え?」
「お前の走馬燈は、確かに俺の記憶だ。でも……途中で再生が終わるんだ。この部屋で、お前との会話で……」

確かに、走馬燈は再生された。ヨーイチが生まれてから、現在まで。しかし、その先へ進む前に途切れた。
ヨーイチはスキャナに自己スキャンをかけた。オールグリーン、不具合なし。走馬燈再生の履歴を表示する。「記念公園、こどもひろば」。前と同じく、少女の走馬燈を見たことは履歴にのこっていない。
ではやはり幻覚か。しかし少女に銃口を向ければ、間違いなくスキャナは反応する。

【対象はSランクです】

わけがわからなかった。
ヨーイチは混乱する頭で、もう一度引き金を引いた。同じだ。走馬燈が、「ここ」から先に進まない。
もう一度引く。進まない。
もう一度引く。同じだ。
もう一度、もう一度、もう一度……

「ねえ!」

何度目かの引き金に手をかけたとき、少女がヨーイチの手首をつかんだ。

「……あんた、このままだと本当に狂うよ」

少女がヨーイチの手をつかんで、その引き金にかかっている指をほどいた。酷い倦怠感に、抗う力も気力もでない。一度に何度も同じ走馬燈を……しかも、自分自身のものを見るなど、正気の沙汰ではなかった。
すべて妄想だと願う心に反して、頭の中ではヨーイチはこれが現実だと思い始めていた。辻褄はたしかに合わない。狂っているとしか思えない。しかしあの日、この手の平に感じた少女の心臓の鼓動は? さっき、自分の目元をなでた彼女の指先の感覚は? 自分が作り出したにしてはあまりにも生々しく、夢であるという方が信じられない。
とりあえず今分かっているのは、ブレインスキャナでは少女の、自身の走馬燈を最期まで再生することができないということだけ。

「ねえ、ヨーイチ」

黙りこくっているヨーイチを、少女が呼んだ。

「……って、呼んで良い?」
「……ああ」
「あのさ、お願いがあるんだけど……買い物に連れて行ってくれない?」
「……は?」
「気分転換ってことでさ。この服、すっかり汚れちゃったし。一度、行ってみたかったんだ」

ヨーイチは少女の着ている服を上から下まで見た。意外にも着心地がよさそうな真っ白い上下は、しかし、隔離所からの脱走者以外の何者でもない。街を一日中さまよっていたせいか、所々汚れていた。

「……お前、名前は」

ヨーイチがすべてを諦めて少女にそう尋ねると、彼女は初めて挑戦的ではない、柔らかい笑みを口に浮かべて答えた。

「サキ」


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