見出し画像

暇から作品が生まれる。

そうそう。

制作をがっつりし始めるとなんだか頭の回転が落ちる。


ここ数日更新できていなかったnote。


こーゆーとき、実は全く何も書いていないと言うことはあまりなくて、描き始めたけどいまいち乗り切れずに途中まで書いて下書き保存。そのまま日の目を浴びることなく終わることが多い。

僕にとっては絵を描くこともギャラリーを運営することもBARを運営することも街を走ることもnoteを書くこともyoutubeを更新することも全て表現活動の一つだ。絵描きは絵だけ描いとけばいいとは僕は、思わない。


実は昨年の末に唐突に作品のコンセプトを変えてから、ずっとストンと自分の内側に落とし込むことができていなかったような感覚があった。

作品に対してはとても手応えを感じているものの、僕にしてはえらくわかりやすい作品だからだ。

「これでいいのか・・・?」

となんだかハテナマークを頭の上にのせたまま制作を続けてきた。


と、ようやくなんだか色々とひらけてくるものがあるここ数日。


絵のことを考え始めると物事を合理的に考えるための思考が停止してしまう。作品と向き合うと言うことは合理性などでは計り知れない経験となる。

だって絵の前で一時間くらい何も進まないなんてことはザラにあるわけだし、そんな無駄な時間を過ごすくらいなら他のことしたほうが効率がいいに決まっている。

ただこうした合理的でないことを繰り返した先に、作品というものがある。


先日のミヤケノリコとのオンラインBARで、「発表の予定を詰め込みすぎていてちゃんと作品と向き合うことができてなかった」と言う話が面白かった。

ただ作品を作っていれば等しく作品や己と向き合えると言うとそうゆうことでもないらしい。

「何も予定がなくなって改めて作品と向き合えてなかったことを自覚した」

何も予定がなくなった、つまり究極に「暇」な状態がもしかすると作品に向き合うには適切なのかもしれない。


アルバイトさんのおかげで最近少し時間ができてきた。

ここからが勝負ですね。今年は結果出すぞ。


大阪で絵画制作や美術活動をしつつ、ARTspace&BARアトリエ三月を運営しています。サポート頂いた分は活動費やスペース運営費として使用させて頂きます。全ての人がより良く生きていける為に 美術や表現活動を発信し続けます。