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『宇宙人アンズちゃん③』

第三星雲  地球外生命体のステキなご乱心

「おはようさん。さあ、今日は何する?ほら、あんたら学校休みやろ」
壁の時計を見る。午前4時30分。
少し薄暗い。カーテンから漏れる光もまだ弱い。
アンズちゃんは足をバタバタしながら、ボクのベッド(二段ベッドの上)まで泳ぐように浮かんできた。
なんだか天使のようにも見えた。
「いや、ボクたちまだ眠るつもりだよ。ほら、マルも」
とマルに目をやると、まんまと裏切っていた。いつもなら家族の誰よりも寝坊助なのに、アンズちゃんに媚びているようだ。「何か?」と言わんばかりの顔でアンズちゃんの隣りでムチムチと浮かんでいる。
外では雀たちが早速会議を始めたようだ。

「こんなええ天気の日に、なんでゆっくり眠るん。もったいない。お天道さんがわろとるで」
いやいやいや。普段7時近くまで眠っている人たちが、突然そんなに早く起きれるはずがない。
小学校の運動会の日だってこんなに早く起きないし。

「フェスやフェス。今日、なんや、なんちゃら海浜公園で音楽フェスがあるやろ。なんちゃらAPPLEとかなんちゃらヌーとかなんちゃら髭とかなんちゃら遊びとかなんちゃらの終わりとかなんちゃら社会とかなんちゃらかんちゃらがたくさん出るやつや。あれ見に行こ」
おかしなことを言う。音楽フェスというのは観覧には必ずチケットが必要です。この宇宙人は何を言っているのでしょう。
それに、
「東京には、緊急事態宣言が発令されたんだよ」
兄ちゃんが、眠りの沼から起き上がったラスボスのような重低音の声で参加した。最近声変わりが終了しつつあるらしい。
「え?」
「つまり、人々は接触してはいけない。集まってはいけない」
「なんやそれ。コロナウイルスっちゅうやつのせいかいな」
「そうだよ。だから学校もダメなんだよ」
アンズちゃんの顔が、スコップになって地の底まで深く穴を掘りそうに暗くよどんだ。
見ているこちらも底深く沈むかのように。
そして、力なく静かにマルと共に音もなく床に下りた。
「なんやなんや。じゃあ、どうしたらええねん!」

楽しいことが悪いことに変わってしまったこの時期。
世界中みんな、あまりに突然のことで理解するのに大変な時間を要した。
それまで当たり前にできていたことが、夢のようなことになってしまった。
空気を吸っただけでウイルスを吸ってしまうのではないかと、
人々は恐怖におののいた。
人前で息を吐くのもくしゃみをするのも咳をするのも、すべてが重罪に思えた。

「だから、今は好きな曲は家で聴く。多分、ミュージシャンたちだって悔しい思いをしていると思うんだ。ファンの前で発表できないんだからね。歓声を聞きたくても、聞けないんだ」
兄ちゃんは大好きなロックバンドがあり、初めてファンクラブというやつに入会したらしい。そして今年、本当だったら念願のライブに行くはずだったのだが、すべてがおじゃんになってしまった。
「そういうわけ。だからもう少し眠ろうか」
チチチ、チチチ、チチチ。
雀が慰めるように歌うまだ早い朝、僕たちは二度寝することにした。

6時45分。
両親が活動を始めた音がする。階下では水を流す音や朝の情報番組が始まっていた。
目玉焼きを焼くいい香りと、父親がコーヒーの豆を挽く香りが混ざって
僕たちは同じ日で2度目の朝を迎えた。
「いいこと考えたで」
アンズちゃんは起きるなり言った。
「フェスや。今日はONLY OURフェスするんや」
意味のわからないことを言い出した。
「宇宙人の凄さ、見せたるわ」

朝食と朝のマル散歩を終えると、僕たちは宿題をするために部屋に戻った。
学校からの伝達は、学校のHPと、偶然に配布済みだったタブレットから。
無機質な電子文字の、担任先生からの連絡事項は無駄なことが一切なく、端的だった。
情報として頭に一方通行で入ってくる。
風景や温度、人の気配や呼吸や匂いや感触や気持ちや心が、行ったり来たりして見えることはなかった。

「早く学校行きたいな」
気が付くと、ボクは言葉を漏らしていた。
子どもたちの歓声と走る靴音。校庭に立ちのぼる元気な砂煙。
ウサギ小屋のウサギは今頃どうしているだろうか。この前までうるさいくらいに聞こえていた子供たちの気配が一切なくなった荒野のような校庭を、どんなふうに見つめているのだろうか。

そう言えばアンズちゃんは、部屋に戻ってから一度も同じ場所から動かない。
心配そうに付き添うマルの横で、熱心になにやら作業していた。
「でけた!持ってきとって良かった!これでなんちゃら海浜公園行くで」
突拍子もないことを言う。
「今日開催されるはずだった、なんちゃらかんちゃらがぎょーさん出演するはずだったフェスを、アタイたちだけで実現するんや!」
アンズちゃんの目は本気だった。こぶしも天高く上げていた。
「でも、アタイの力だけでは完成せーへん。ナオキとトモの想像力が必要や。協力でけるか?」
アンズちゃんはマルと手を取り合ってダンスをし、フェスフェスフェス!と連呼した(浮かび中)。
あまりにしつこくアンズちゃんダンスが続くので、兄ちゃんとボクは頷いた。

「じゃ、瞬間移動とまいりまひょ」

あっという間の出来事だった。僕たちは間違いなく、『ミナハマ海浜公園』にいた。
マルもいた。
「な。ほな始めますか」
だだっ広い公園。
ずっと先の方、海の近くには、突然の開催中止で鉄筋が組まれたまま置いてけぼりになった、解体できていないステージがぽつんとあるだけ。
「一体何をどうするの?」
アンズちゃんは、ポーチから小さな箱を取り出すとボクたちの前に置いた。
なんだかやっぱり青いロボットの漫画の主人公に似ている。
「いわゆる大規模なプラネタリウムっちゅうわけや。目を閉じて、今日出るはずだった、大好きなアーテイストを思い浮かべるんや。そしたら始まる」
急に言われても、どうしたらよいのか。
「ほら、いいから思い浮かべるんや!」

ジャ~ン。
心地よいギターの音。目をゆっくりと開けると、そこには星空が広がっていた。
兄ちゃんが驚いた顔で前を見ている。ボクも慌てて前を向いた。
暗いはずの風景に、きらびやかな照明。浮かび上がるシルエット。
そこには、兄ちゃんがライブに行くはずだった推しのバンドが確かにいた。

「今日は来てくれてありがとう!楽しんでいってー」

海の香りと風の重みと音楽が、ボクたちの耳と体を通り抜けた。
静かにゆっくりステージに歩み寄る。嘘じゃない、フェスが始まったんだ。
そのあとも頑張って想像した。
想像すれば想像するだけたくさんのミュージシャンが演奏してくれた。
信じられない光景だった。
こんなにも楽しくてうれしくて、ワクワクしてドキドキすることなんだ。
兄ちゃんは泣いていた。
アンズちゃんもボクも、見て見ぬふりをした。
集まりたいんだ。みんな本当は集まりたいんだ。兄ちゃんも。

そして最後のバンドがアンコールを演奏し終わると、ボクたちだけのフェスが無事に閉幕した。
余韻に浸っていると、アンズちゃんは手際良くいそいそと四角い箱を撤収した。
今更だけれど、アンズちゃんの服装が昨日とは違う服装になっていることに気づいた。
「一張羅や。ほら、フェスやから」


家に帰ると、まだ1時間しか経っていなかった。
アンズちゃんは時間まで操れるのか。
「なんだか夢の中みたいだった。でも、正直家の中でも良かったんじゃない?」
想像でできるのなら、とボクは思った。
「いや、雰囲気や。現地でするのがまたオツなもんやろ。潮風がまた、気分上がったわ」
兄ちゃんは誰よりも強くうなずいた。
久しぶりに見た兄ちゃんの心からの笑顔。引きこもりが始まってからは、
混乱とうしろめたさと不安が同居したような、諦めたような表情ばかり見ていたから。

しかし話は変わるが。
今までの一連の様子を見ていると、アンズちゃんは瞬間移動できるし、
浮かぶことができるし時間の操作もできるし。
「あのさ、宇宙船壊れているけど、アンズちゃんは単体で帰れるんじゃない?テレポーテーションとか使えば」
ボクはアンズちゃんに投げかけてみた。
あと、大阪にだって行こうと思えば行けるのではないかと。
だって、日本の中の移動なのだから。
「はー。これだから素人はだめなんや。ええか?地球には地球の引力や浮力や重力や色々あるやろ?磁気もある。周波波もある。まあ簡単に言えば『時差』とか『国』みたいなもんや。宇宙とは違う時間の流れやシステムが地球にはある。例えば日本で使える周波数は、外国だと使えんかったりするやろ?テレビとか携帯とか。あれと一緒や。だから、地球の中で使えるいわゆる瞬間移動は、宇宙で使えるとは限らん」
なんだか難しい。片頭痛を起こしそうだ。
「宇宙から地球に来る、地球から宇宙に帰るというのは、特別な仕様なわけや。だから故障してもうた宇宙船は修理せなあかん」
この前、アンズちゃんは壊した兄ちゃんのスマホを、一瞬で直した。
あれはどうなのだろうと考えた。
「そやね。ただ、宇宙船については部品がひとつ足りひん。直すとか直さへんとかいう以前に、足りひん。それも大切なやつや。どっか行ってもうた」
初めて見たアンズちゃんの悲しそうな顔。口は悪いし見た目の割に年齢がいっているとは言え、この地球で今、独りぼっちの宇宙人なんだものな。
「いや、ひとりやないねん。宇宙人は他にもおる。ただ、全部と話が通じるかわからん。多分星が違うから」
「え!!?」
「あ、知らんかった?地球に宇宙人おるよ。それも結構ぎょーさんおる」
この情報、とんでもなく重要機密事項じゃないのか?
まさかまさかと言われていた地球外生命体についての報道や書物や写真や様々なことは、本当だったということか?
「そやねん。絶対秘密やで。地球で映画にしてるSFちゅーのあるやろ?あれ大体ほんまや」

「まあいいじゃないの細かいことは。俺は本当、今日は感動した。あんなに体中で音楽を受け止めることができて、贅沢だった」
兄ちゃんは夢心地のままでいたいようで、アンズちゃんとボクの話を面倒くさそうに遮った。センチメンタルに、窓の外を眺めている。
そうだね。今日はもういいや。

「じゃ、宇宙船についてはまた明日、ということで」

第4話 『宇宙人アンズちゃん④』|さくまチープリ (note.com)


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