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『宇宙人アンズちゃん④』

第四星雲 地球外生命体に畳み掛けてみる

「宇宙船の部品がないとすると、代わりになるものを地球で探さないといけないってこと?」
兄ちゃんが言った。
昨日の続きの話で、真面目に宇宙に帰る話。

「せやねん。まあアタイの運転技術ちゅうの?それがまだ甘いから軌道にぶつかりまくってしもて部品が取れたんやなあ、きっと。免許取り立てやったし。今頃、アタイの宇宙船の部品はスペースデブリになってる」
もしかしたらそのスペースデブリ(宇宙ゴミ)が地球に接近して地球が大変なことになるなんてことはないのだろうか。
衝突物になるなんてことは。
「それはない。宇宙船から外れたら何日か後に自動消滅するようにシステムされている部品だから。安心や。そない危ない乗り物に乗って地球には来うへんよ」
もし部品が見つからなかったら、アンズちゃんはずーっと家にいることになる。
本気でなんとかしなくてはならない。

「ありがとね。そんな風に考えてくれて」
アンズちゃんの家族は、きっと心配しているだろう。
娘は今頃どうしているのだろうかって。
17歳と言っていたから、学校だってあるだろうし。
食料だって、1週間分しか持っていないのだから早くしなくてはいけない。
きっと、地球の食べ物は体に合わないのだろう。
「大丈夫や。アタイの家族のことは安心しー。食べ物も、緊急的対応で違う星のものを自動分析して食べることができる。学校は今、長期休暇中や」
なんだかとても、用意周到。

それにしても、宇宙船の代替の部品なんて見つかるのだろうか。
「宇宙のものだとすると、素材だって違うし。例えば鉄に近いとかステンレスとか種類がわかるといいんだけど。ちなみにどこの部品なの?取れちゃったのって」
アンズちゃんの手に一枚の写真が映し出された。こういうところが、やはり宇宙人ぽい。
「この、いわゆる船首にある位置情報を感知するシステムやね」
ボクたち兄弟の動きが止まった。
とてもとても重要な部分じゃないか?
「たとえて言うなら、地球で言うところのGPSみたいな部分や」
「スマホじゃだめ?」
「いいけど、一辺が約1㎚程度の立方体の大きさの中にスマホのシステムが全部入っている状態やね」

「地球じゃ無理じゃね~?」
兄弟の声がリンクした。

「それが無くなったということは、家族もアンズちゃんがどこにいるのかわからないということ?」
「そ」
そ、じゃない。
「あ、でもテレパシーがあるから、意思疎通は取れるよね?」
兄ちゃんの目が輝く。そうだ。その通りだ兄ちゃん!でかした!
「んー。アタイもそのつもりだったんだけど、思ったより地球の中の通信網が複雑で、混線したり雑音が入ったりしてしもて、うまく聞き取れん。これだけ一斉にたくさんの人間がインターネットやら何やら使ってるからなあ。正直アタイの考えも甘かった」
アンズちゃんは地球のアニメや音楽に詳しい。とてもよく知っている。
ただ、アニメや音楽には特定の回線があるようで、地球からまっすぐアンズちゃんの住む星に届くのだという。しかし、自由通信のようなテレパシー等は回線があるわけではないので、地球からアンズちゃんの星に届くには、本当に偶然か、たまたまチャンネルが合う、くらいのレベルで難しいのだという。
宇宙からの通信もかすかに入っては来ているのだが、アンズちゃんの星からとは限らないし、またそれをずっと注意しながら聞いていることもできない。タイミングばっちりで周波数を合わせるというのは、宇宙人でも厳しいのだそうだ。

我が家はゴリゴリの文系一家。
アンズちゃんの手助けができる気がしない。
「半導体とか、そういうことだよな」
眉間に皺を寄せた兄ちゃんがボソッとつぶやく。
「半導体……」
聞いたことあるけれど、詳しくは分からない。
熱伝導とかシリコンとかって、図書室の図鑑に載っていたのを友達が読んでいたような。
スマホやテレビなどの中に入っているのだ。
使わなくなった昔の携帯電話とかを父親が持っていれば、
「携帯とかスマホとかを分解して、それでその、代替できる!」
でも万が一それを分解したとして、宇宙船にそれを取り付ける技術が、
「ないな」

アンズちゃんは哀れんだ顔で兄弟のやり取りを眺めている。
「ええよ。ムチムチさんとずっと一緒でもかまへん。直らないんじゃしゃーないもんな。なー、ムチムチさん」
嬉しそうに見えているのはなぜだろう。
そう、ずっと違和感があったことは、アンズちゃんに危機感が感じられないことだ。
一生宇宙に帰れないかもしれないという緊迫感がなく、毎日楽しそうに音楽を聞いたり漫画を読んだりYOUTUBEを堪能している。
何か引っかかっていると思ったが、そのことだった。

「アンズちゃんて、本当にその部品取れちゃって仕方なく地球の東京に不時着したんだよね?」
「そうや」
その割に、公園で見かけたあの宇宙船(今は地中に隠している)も、きれいに駐車(船)されていたような気がする。
不時着とかいうと、もっとこう、慌てて停めましたみたいな様子があるというか、頭から突っ込んでいるとかナナメになっているとか。
映画で見るそういうのが、一切なかった。
枝豆とエビフライの形の遊具と均等な間隔で、まるで遊具のひとつかのようにきちんと停められていたのだ。
なんだか意図的に東京に来たのではないかと、勘繰ってしまう。
「不時着言うても、宇宙船ちゅうのは自動で平衡を保ちながら動作するようにできてる。もし何か不具合が起きてもや」
なるほど。

「あとさ、ずっと思っていたんだけど」
兄ちゃんが言う。
「瞬間移動のことだけど。宇宙から地球、地球から宇宙は難しいと。いうなれば『時差』とか『国』とか『周波数』とかの違いで話していたけど。アンズちゃんが地球で本当に行きたい大阪は、日本だよね?」
マルを触っていたアンズちゃんの手が止まる。
ギロリとこちらに目を向ける。まるでクロコダイルのそれのように鋭い。
お、これは何か真相に近づくのだろうか。
「同じ日本である東京から大阪には、瞬間移動できるということだよね?本場のたこ焼きだって食べに行けるし、新喜劇も見に行ける」
兄ちゃんはとどめを刺すように言った。
両者一歩も引かず、見つめ合う。

と、待ってましたと言わんばかりに食い気味で、ドヤ顔のアンズちゃんが立ち上がった。
「大阪と東京は、周波数違うの知らんの?困った中2やね」
おっと。
アンズちゃんは、ダンスするようにクルリと一回転してスカートの両端を持ち、
「ごきげんよう」
とお姫様みたいな挨拶をした(カーテシー)。
なんじゃそれ。

益々怪しい。
もしかしたら東京に来たのには、何か別の目的があるのではないか。
兄ちゃんも同じことを思ったのか、黙り込んでしまった。
悪い想像が頭をもたげてきた。
いわゆる、地球侵略だったとしたら。
かくまっているボクたちは、その侵略行為に加担していることになりは
しないだろうか。

まさか、実はアンズちゃんの正体は極悪非道な宇宙人で、カワイイ見た目の着ぐるみをかぶっている。
お風呂に入らないと言っているのは正体を見せないためで、実はボクたちが眠りについている時に着たり脱いだりしている。
すっかり油断させたあと、ボクたち家族の脳内に特殊な電磁波を送って『手下』にしてから、港市全体をゆっくりと『手下』にしていく。
その後東京、関東、東海、近畿などと『手下地域』を拡大。
そのうち日本全体を『手下』として……。
「なんやねん!手下手下て。語彙力どうなっとんねん!それにアタイは何者やねん。手下ってなんやねん。あんたらを侵略したいんなら、もうとっくにチャンス何度もあったやないか。アホか!キショっ!」

マルの顔を上下左右に変形させながら、アンズちゃんは泣いてしまった。

「ごめんよ」
男兄弟のサガで、女の子の涙にはめっぽう弱い。
特に、中身は17歳でも見た目は幼稚園児のこの小さな女の子を泣かせてしまったのだ。
とてつもなく罪悪感に苛まれ始めた。
兄ちゃんもなんとも言えない表情で、ただアンズちゃんを見つめるばかり。
時計の針の音だけが、部屋で存在感を放つ。

この空気。小学校2年生の時に一度だけ経験がある。
図工の時間。
隣りの席の好きな女の子の洋服に、間違って水彩絵の具をくっつけてしまったことがあった。
その服は、その女の子の一番のお気に入りのフリル付のTシャツだった。
「あ」
袖の所に少しだけだったのだけれど、火が点いたように泣いた。
ごめんとすぐに言いたかったけれど、声が出てこなかった。
あの時の気持ちに、よく似ている。

「た、た、たこ焼き、た」
兄ちゃんがおもむろにアンズちゃんのそばに座った。さあ、どうするのだろう。
すこしだけ年上の兄ちゃんの動作を、ボクは固唾を飲んで見守った。
僕よりはうまく、女の子の扱いができるのだろうか。
「なんや、ラップか。ラップ対決でもすんのんか」
兄ちゃんがボクに目くばせをした。
「たこ焼き、食べたいかなー。なー、トモ。なー」
マルがアンズちゃんの涙を一生懸命に舐めている。
「な、トモ。なー、たこ焼きなー、いいよなー」
「あ、そうだね!たこ焼きいいねえ。食べたいなー」
兄ちゃん、いいアイデアだ!
「やっぱり、本場仕込みのアンズちゃんに教えてもらいながら焼くっていうのはどうだろうかー、なー」
懇願するようにアンズちゃんを見る、14歳の男子と11歳の男子。

マルが、アンズちゃんのほっぺからアゴに舐め範囲を広げ始めた頃だった。
「だめや。わろてまう。あんたらけったいな兄弟やな。負けや。仲直りに『たこパー』しよか。アタイも白熱してしもうて、悪かったわ」

なんとか仲直りができた。
が、果たしてアンズちゃんが宇宙に帰るための方法は、見つかるのだろうか。

第5話 『宇宙人アンズちゃん⑤』|さくまチープリ (note.com)

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