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『宇宙人アンズちゃん⑦』

第七星雲 地球外生命体と地球外生命体

晩夏のある日のことだった。
コロナウイルスの影響で一学期のうち2か月間くらいまともに学校に行けなかった僕たちは、夏休み終了が1週間以上早まった。
それまでタブレットというものが配布されていなかった地域にも積極的に配布が開始され、子供たちは家にいて勉強でき、みんなとつながれるようになってきた。
また、マスクを付けながらの授業が許され、規制が伴う状況ではあるが友達と先生の顔を直接会って見ることができるようになった。

兄ちゃんは、アンズちゃんのアドバイスを受けてから、毎日大好きなバンドの音楽を聴いている。
眠れない夜もまだあるみたいだけれど、バンドがSNS投稿を頻繁にしてくれたり、ライブ配信で作りたての音楽をリアルタイムで届けてくれたり、無観客ライブの配信を始めたりしているのを楽しみにしている。
ずっと沈んだ顔をしていた兄ちゃんが目を輝かせているのを見ると、
音楽の力ってすごいんだなあと実感した。
世間的には相変わらずコンサートやライブは再開するまでには至っていない。
現実には集まれないけれど、遠く離れた場所でも繋がっているのだと、繋がろうと頑張っているのだと思うと人々は強くなれたようだった。
兄ちゃんもしかり。

でも、まだ1㎞で家から到着する中学校には行けていない。
まだそこまでの勇気は出ないみたいだった。
兄ちゃんの現実世界でのつながりについては、苦戦している。

「ナオキはあのバンドのどの曲が好きなん?」
アンズちゃんもすっかり日本の音楽フリークになり、下手したら僕たちよりも知っているかもしれない。
「この、『and』ってアルバムの『WANDER』って曲が好きなんだ」
WANDERとは、彷徨うとかあてもなく歩くとか、迷うという意味があるらしい。
まさに兄ちゃんの今にぴったりの題名だ。
「ほうほう。アップテンポのええ曲やね。さすがナオキや」

涙をどれくらい かき集めたって
たぶん
わからない すすめない
次の自分になる順路

それでも仕方ない 渇を入れるように
今日も
弱らない 止まらない
新しい起爆剤を探してる

迷い込んで もがききって 出てきた何かをつかむ
勢い込んで つかれきって 見つけた何かをつかむ

「この曲はギターコードもええ。特に後半入ってくる高音のとこなんて、たまんないわ」
兄ちゃんがアンズちゃんをまじまじと見る。
「アンズちゃん、偉そうに言うけどわかってんの?コードなんて」
その言葉に、アンズちゃんが目を見開いた。そしてロボットみたいにギュンと勢いよく首を回して、兄ちゃんに言った。
「ナメンナヤ。アタイ、ギター弾ケンネン」

初耳だった。
アンズちゃんはまさかの、ギターが弾けるのだという。
どうやらアンズちゃんにはボクたちに内緒のめちゃ推しバンドがあり、
それきっかけで独学で勉強しているという。
「聞くか?」
「うん、弾けるんならぜひ聴きたいよ」
兄ちゃんは食い気味に返事をした。
わかった。と、アンズちゃんは嬉しそうにお馴染みのポーチの中に手を入れた。
「これや。とりあえず携帯用のギターや。ちっさいけど、これでええか?」

手のひらサイズのミニミニギター。さすが宇宙。
「ちっさ!」
思った以上に小さくてびっくりしたボクたちだったけれど、
大口叩いただけあって、アンズちゃんのギターは超絶テクニックだった。
聞き覚えのない、でも懐かしいようなセンチメンタルなようなステキなメロディー。
「これ、推しの曲?」
「せやねん。アタイの推しバンドの曲や。ボーカルがまたええ声なんやで。全宇宙に轟きそうな力強さと、それでいて繊細さと。本物をお聞かせできひんのが大変残念やけどな」
恋人の話をするようにアンズちゃんははにかんだ。
なんだかマルが少しだけムッとした顔をした気がする。

「ナオキ、気に入ったか?この曲」
「うん。気に入った」
「そうか。それはよかった」

と、突然アンズちゃんが口に人差し指を当てて、耳をふさいだ。
いつになく真剣な眼差しで、窓に近づく。
目を閉じて、神経を集中させて何かを感じ取ろうとしているようだった。
「◎〇○●◆◇☆$##▽●〇?/@((★))」
何やら喋っている。
名前を尋ねた時に喋っていた宇宙語だ。
「!!★&▽▼▼〇◎#」
そしてそのうちに、嬉しそうな声になって、笑い声をあげた。
「交信でけたわ。ここに、呼んでもええか?知り合いではないけど、同じ星の宇宙人」

しばらくすると、「ちーと迎えに行ってくるわ。待っとって」
と言いながらアンズちゃんはテレポーテーションをした。
目の前でアンズちゃんの姿が消えるのを見るのは、やはり何回見ても迫力がある。
「ど、どんな宇宙人がくるんだろう。怖くないよね?」
ボクは不安でいっぱいだった。だって、同じ星とは言え、もしかしたら
姿形がまったく違う様子で来るかもしれない。
性格だってアンズちゃんのようにフレンドリーとは限らない。
すんごい気難しくて、ずっと睨みつけてくるようなタイプだったら。
そうしたら、耐えられるだろうか。。。

ヒュン。
短いけれど強めの風と共に、アンズちゃんともう一人の宇宙人が現れた。
緊張の瞬間。
ボクたちは身構えた。
ブレていた目の焦点が徐々に合っていく。姿がふんわりと見えてきた。
すると、まさかの見たことある顔。
「はじめましてー!やないね。アンズちゃんと同じ星出身の、流星だいすけ
こと『!!◎&%▼▼◇☆●●』ですー。いつもおおきに」
「嘘でしょ?」
おかしな沈黙が流れる。記憶と理解と安堵感と不安と混乱と驚きとで、いったいどんな表情をすればいいのか。
「何、どうゆうこと?なんで?」

ボクたちの目の前にいたのは、駅前でいつも行列ができていて雑誌でも取り上げられたことのある、兄ちゃんの大好きなシュークリーム屋『ポップシュー』の店長。
なぜか髪型がリーゼントで、エプロンの下にはパンクロックの黄色いTシャツを着ている明るい店長。

「てへ。みんなには内緒やで」
意味、分からないよ~!!
と、兄ちゃんとボクは開いた口がふさがらない。その様子をアンズちゃんと店長は楽しんでいるようだった。
「え?店長は、宇宙人なの?え?そういうこと?」
「そ」
なんだか思っていた地球に入り込んでいる宇宙人のイメージと違う。
いくらなんでも溶け込みすぎだろう。
「いやあ実はね。地球って場所にすごーく来てみたくってな。それに日本の音楽が大好きやから、ライブにどうしても行ってみたくて。10年前に他の仲間と来たんや。で、長期で住むには仕事をした方がええ思て。それで、当時流行っていたのがシュークリームやったから、見様見真似でシュークリーム屋さんを始めたんや。少し持ってきていた星の粒チョチョっとクリームに隠し味で使うて。これがまさかの大ヒットにつながって。案外忙しくて肝心のライブに行けなくなってしもたわ。ふわっはっはっは」

看板商品の『ポップスターシュークリーム』。星が入っているまんまのネーミングだったのか。
「そ」
軽い。なんだかものすごく軽い気がする。
「ええやないのー。日本の音楽大好きなんやからー。それとも、シュークリーム屋さん畳んで星に帰ってしもてもOK?」
帰られては困る。兄ちゃんだけではない。もう『ポップシュー』のシュークリーム以外食べられないかもしれないこの町、いや他のファンの人々のためにもこのまま営業してもらわなければ。
もしボクたちのせいであのシュークリームを二度と食べられないことになるなら、
「内緒にしましょう」
満場一致だった。

「ほんまに内緒やからね。地球人に素性を明かしたなんて他の仲間にバレてもうたらことやし。そんな中今日ここに来たのは、アンズちゃんのギターの音色が聴こえたからなんや。このギターの音は、あの星の職人しか作れないギターの音やったから。懐かしくてね。交信せずにはいられなかったんや。しっかし、こんな所に同じ星の出身がおったなんて。嬉しなあ」
まさかご近所さんが宇宙人だったとは驚いたけれど、これでアンズちゃんはさみしくない、し。。。

「あれちょっと待って。さっき、お店畳んで星に帰ってOK?って言ってましたよね」
兄ちゃんが、何かを手繰るように聞いた。
「そ。宇宙船あるからや」
その重要な解決法は、案外簡単に見つかってしまった。
アンズちゃんはマルを撫でながら肩を持ち上げて、明らかに動揺している様子だった。
「じゃあ、アンズちゃん帰れるってこと…」
店長は、「ああ、帰りたいの?なんぼでも乗せてくよ」と軽い感じで返答した。

「と、とりあえず店長。その、今日は会えたということで、記念にたこパーしてくか?詳しい話は、な。そこで。な」
アンズちゃんは店長をボクたちから離すようにして手招きした。
「ほら、あんたらは下で夕飯や。な、行ってきーや」

明らかに、おかしい。

第8話 『宇宙人アンズちゃん⑧』|さくまチープリ (note.com)

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