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『宇宙人アンズちゃん②』

第2星雲  地球外生命体の隠蔽作戦

あいにく、家には父も母もいる。
コロナのせいで父親の会社は月曜日と金曜日だけの出勤となり、その他の曜日はリモートワークか、各自の判断と仕事の状況によることになった。
母親はというと、こちらも煽りを受けパートを半分に減らされてしまい、今日は待機組の日らしい。
「どうしようか。玄関から家に入れたら、即バレだ」
必ず玄関まで出迎える主義の母親だ。
間違いなく女の子の姿を確認し、そして警察に通報するだろう。
そのため、兄ちゃんは家まで帰る道ずっと作戦を考えていた。
が、臨機応変に立ち回れない根っからの不器用さゆえに、何のアイデアも浮かばなかった。
「これ、まずいよね。アンズちゃんを隠せないよ」
おろおろと玄関の前で約5分、無い知恵はやっぱり絞れなかった。
「なんや。テレポーテーションもできんのか。難儀やな」
というや否や、アンズちゃんの姿は忽然とボクたちの前から消えた。
「え?」
もしやと思いながらも2階を見上げる、2人と1匹。
ボクたちの部屋の出窓からひょっこりと顔を出したのはアンズちゃんだった。
「なーに、ぼんやりしとんの。あほ面3つ並べて。はよお上ってき」
それ、先に言ってほしかったかな。

さて、ここからが問題だった。
食事のこともあるし、お風呂のこともある。トイレだってあるし
どうしたって家のどこかでバッタリ出くわすに決まっているのだ。
「ああ、ああ、ああ。大丈夫大丈夫や。食事は1週間分なら持って来とる。お風呂は自動全身洗浄システム搭載の服やからしばらくは清潔や。トイレは1秒で済むし、万が一のことがあれば記憶消せる。心配ないっちゅうことや。しっかしあんたらの考えていることは全部筒抜けやいうこと、覚えとき。宇宙人なめんなや」
心の声が、テレパシーで分かるのだという。
だから、頭の中だけで考えていないで、きちんと面と向かって口に出して言うように注意を受けた。
「陰口叩いたら、覚えとき」
おーこわ。

かくして、ボクたちの奇妙な生活が始まった。
部屋の中の色々な所を物色しては鼻を鳴らし、「けったいやな」と暴言を吐いていた。
特にトイレを見た時に、「けっ」と言っていた。

第一日目の夜。
「なあ、そのムチムチしたのも下行くん?」
夕飯の時間になり、ボクたちは母親に呼ばれ今からカレーライスを食べに
リビングに行く。
「なあ、レデーも夕飯やで。レデーをぼっちにすんのかい?せんのかい?」
「マルも夕飯だよ。マルはすぐに食べ終わるから、そうしたら上に連れてくるから少し待ってて」
悲しそうな(フリ)顔で見つめるアンズちゃんをひとり残して、
ボクたちは夕飯に向かった。
美味しそうな匂い。カレーライスがこの世で一番好きかもしれない。
マルもボクたちの座るリビングのテーブルの横で乾いたご飯を食べる。
家族なので、同じ時間で同じタイミングで食べるようにしているのだ。
犬というのは本来集団で生活するもので、仲間がいる時に食事をするのがいいらしい。
「マル、いい子ね。食べ終わったの?お口きーき(きれいにしようね)」
食べ終わると、母親は決まってマルの口を専用タオルでグルグル拭きまくる。
ヨダレと食べかすで、マルは口元をすぐに汚すからだ。
「はい。おしまい」
毎日同じものを食べていて飽きないのだろうか。マルを見ていて時々そう思う。
そう思うのは、誕生日やクリスマスにささみステーキを食べさせると、
明らかに普段より激しく早く食べ終わるからだ。
多分、味をわかっているはずだ。

「あら、マルは上に行きたいの?」
母親は言った。
マルが珍しく階段の一段目にたくましい前足を掛けて、こちらに顔を向けている。
そう、抱っこしろと言わんばかりに。
「ぼく、連れて行くよ」

レデーが寂しがっている、そう思いながらマルを抱っこして一段一段慎重に階段を上った。
「マル、太った?なんか重い」
いつも笑っているような顔のマルが、なんだか今日はいつもより笑っているように見える。
「入るよ?」
一声かけてから、自分の部屋のドアノブに手を掛けた。
一応アンズちゃんは「レデー」だからね。
と。
「どうや?一緒に食べるか?形状記憶たこ焼きや。やっぱ、大阪言うたらたこ焼きやからな」
鉢巻を頭に巻いて、焼きあがっているたこ焼きをくるくると回転させながら
アンズちゃんはたこ焼きのようなモノを食べていた。
「これやこれや。本当は本場のが食べたかったんやけどな。しゃーないわ。またの機会にするわー思て星から持ってきた形状記憶たこ焼きをむなしく食うてるわけや。お前も食うか?」
「あ、だめだめ。マルは犬だからだめだよ食べちゃ」
短い鼻で一生懸命にたこ焼きの匂いを確かめていたマルが、ボクを恨めしそうに睨みつけた。
「なんや、ええやんかなあ、ひとつくらい。なあ、ムチムチさんよお」
美味しそうなたこ焼きで、ボクのお腹は一つグーっと音を鳴らした。
「じゃ、じゃあボクはカレーライスを食べてくるからもう少し待っていてよ。あと、マルにはたこ焼きをあげちゃだめだからね」
「はいはい。うるさいうるさい。なあ、ムチムチさん」
いまいち信用はできなかったが、仕方なかった。あまり上に長時間いると、母親が上ってきてしまう可能性が高い。するとアンズちゃんが間違いなく見つかってしまうからだ。
「大丈夫や。アタイは見つからん。あんたらには迷惑かけへんから安心しーや。な、ムチムチさんこっち来」
マルは嬉しそうにアンズちゃんの横にちょこんと座った。
ムチムチの体を撫でられながら、すでにお腹を出して屈服している。
「ほな、またあとでな」
さっき17歳と言っていたけれど、そうなんだろうなあと思う。
落ち着いているし物怖じしない。
見た目が小さい女の子なので油断していたが、もしかしたらものすごく頭のいい宇宙人なのかもしれない。もしかしたら、僕たち家族は乗っ取られるのかもしれない、
と底知れぬ恐怖が沸々と湧いてきた。
「大丈夫や。『エイリアン』て映画やないねんから、あんたらに手出しはせんよ。ま、ムチムチさんにはわからんけど。おいしそうやからな」
ドア越しに聞こえてきた声に慌ててボクはドアを開ける。
「嘘やがな」
相変わらずマルのお腹を撫でながら、その鉢巻姿のアンズちゃんはたこ焼きをうまそうに頬張っていた。
「ゆっくりカレーライス食うてき」
まったく、冗談まで大阪仕込みの新喜劇仕込み。
これは勉強しないと、どこまでが冗談で本当で嘘かわからないと思った。

「ああ、おかえりなさい」
アンズちゃんはすっかりくつろいだ様子で寝間着?(さっきとは違う服を着ていたので多分眠る用だと思われる)に着替えていた。
「お風呂とか大丈夫なの?」
「だーかーらー、さっきも言うたけど、お風呂入らなくても大丈夫なんですー」
確かにお風呂上りみたいに頬が赤らんでいて、少しシャンプーのいい香りがする気がした。
「お、ちょっと女を感じたか?少年」
兄ちゃんとボクにアンズちゃんはウィンクした。
でも、見た目は幼稚園児なのでまるで何も感じずに兄ちゃんとボクはスルーした。
「いやいやいや。少し乗らんかい!レデーがセクシージョーク言うてんのに、何も反応せんのかい?」
いや、しない。セクシーをまるで感じない。
マルはすっかり寝息を立てて、アンズちゃんの傍らでいい調子でへそ天だった。
宇宙人と言えども他の人を泊めるのは、実は初めて。
友達を泊めたこともないので、本当に初めてなのだ。
ボクは修学旅行みたいな気分になり、おかしなテンションになった。
「ねえ、みんなでトランプしない?」
「あ?」
秒で2人に断られたので、ボクは仕方なくお風呂に入ることにした。

なんだか楽しくて、ワクワクした。
宇宙人がいるなんてことは映画か小説か漫画か作り話だとばかり思っていたので、自分が誰よりも最先端に接している気がして「NASA」に連絡して自慢してみたいと思った。
だってもし、今ここに宇宙人がいます、ましてや日本の東京都港市にいますなんて報告したら、信じてくれるのだろうか。マスコミや研究者、MIBみたいなのがやってきて大騒ぎになり、地味だった小学校生活が一変、町の人気者になるのだろうか。

「アホか。させるかボケ」
浸かっている湯舟の中から海坊主みたいにアンズちゃんの姿が現れた。
「うわああああああ」
どうしたの?大丈夫?トモ?と母親の声がする。
「だ、だ、大丈夫。ちょっとシャワーがヘビに見えただけ」
おかしな返しだったが、「あ、そう。ならいいけど」と母親が納得してくれたので事なきを得た。

「ねえ、ちょっと、びっくりさせないでよ(小声)」
「トモがおかしな想像してるからや。言うたよな?あんたの頭の中はアタイに筒抜けやっちゅうこと(小声)」
「・・・・・・」
「NASAちゅう単語はまずいわ。それはないわ、自分(小声)」
「ごめんよ。でも、もし連絡したら助けてくれるかもって思ったんだ。ボクたちだけだと、アンズちゃんを宇宙に帰すのが力不足だと思うから(小声)」
「・・・・・・お前、案外ええ奴なんやな。見直したわ(小声)」
「て、いうかアンズちゃんびしょびしょだけど(小声)」
「大丈夫や。ほな部屋戻るから」
アンズちゃんはもう一度湯舟に頭まで浸かると、思い出したようにまた頭をお湯から持ち上げた。
「あと、あんたまだ、毛生えてないんやな(小声)」

ボクはバシャッと立ち上がった。
「アンズめ」
ボクは恥ずかしいのか落ち込んだのかわからないままなんだか落ち着かず、その後の体の洗い順を間違えてしまうほどに動揺した。

「どこで寝る?俺が床に眠るから、アンズちゃんはベッドに寝ていいよ」
と兄ちゃんがやさしさを見せた時だった。
「アタイはこれがあるから大丈夫や」
またアンズ色のポーチから、小さな箱を取り出した。
「見ててみ」
手からビームを出すと、その小さな箱は蚕の繭みたいな形の可愛らしいベッドに変身した。
「凄い!」
兄ちゃんとボクは声をそろえて感動した。
宇宙人というのは、こんなにも文明が発達していて色々なものをコンパクトにまとめることができるのか。
いずれ地球も進化したら、こんな風にコンパクトに旅行ができるようになるのだろうか。
だとしたら、手持ちの荷物が少なくて済むし楽そうだなあと想像した。

「どーこーでーもー、ベッドー」
あれ、どこかで聞いたことある言い方。
兄ちゃんは、さすがにクスクスと笑って手をお腹の所に手を持って行って真似していた。

「知っとるで、全部。地球の情報、全部。子供たちが大好きなアニメも音楽もな。昔のも今のも。宇宙人、なめんなや」

第3話 『宇宙人アンズちゃん③』|さくまチープリ (note.com)

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