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『宇宙人アンズちゃん⑩』

最終星雲 地球外生命体と永遠のサヨナラ

新たな学年の新たな学期。
ナオキもトモも平日は学校に行くようになり、アンズちゃんはつまらなさと寂しさでマルを連れて『ポップシュー』に出かけることが増えた(テレポーテーション)。
春の午前中。
桜が散った道には、雨の掃除が間に合わずまだ所々に花びらが名残惜しそうに落ちている。
少しまだ肌寒さが残る、雲が多めの水色の空。

「なんか切ないなあ。なあ、ムチムチさん。春やのになあ」
アンズちゃんは店の外のベンチに腰かけてそうぼやいた。
マルは首をかしげてからダルそうにアンズちゃんの膝に頭を乗せた。

―ナオキが学校に行ったら、アタイも星に帰る―

「あないなこと、ほんまに言うんやなかったわ」
まだ2人のことを見届けていないし、地球は思ったよりも居心地がいい。
いや、日本が。いや、東京が。いや、あの2人が。
「これじゃ、ほんまに犯罪星人や。他のファンに申し訳が立たん」

カランカランと小気味いいベルの音と共に、ゆっくりとピンク色の店のドアが開く。
途端に中から甘いクリームの香ばしい香りが外に漏れだし、アンズちゃんの鼻に侵入してきた。
「なあ、アンズちゃん。いつ帰るか決めた?」
店長は生まれたてのシュークリームをアンズちゃんに手渡した。
まだホカホカしていて、食べるのがもったいないようだ。
「んな、空気読めない店長は相変わらずいけずやな。このハートブレイク真っ最中のアタイに、今聞くなや」
「はは。それはそれはアンズお姫様。すんません」

いっそ今、帰ってしまおうか。
そうしたら、罪悪感も寂しさも、もしかしたらあの子たちに嫌われてしまうかもしれないという恐怖感も、後ろ髪を引かれるようなこの想いも断ち切れる。
「それはあかん。アンズちゃん、それはあかんよ」
ベンチに座る、おっさんと小さな女の子と犬。
「まあ、アンズちゃんがここに来た理由は不純やけどな。しゃーない、事実や。そして、未来も変えてしもたかもれんしな。でも、あの2人に何も言わんと帰るのは、それはちゃうで。そんなん無しやで。ルール違反や」

1年間。実のところこんなに長くいる予定ではなかったんや。
チラッと見られたらそれでよかった。
少し話をしてみたかった。
本当はそんなことをしてはいけないことはわかっている。
いけないとわかっていたけれど、一緒にいることが楽し過ぎた。
ちょっとした好奇心でしてしもうた、おばあちゃんの冒険やった。

それはある日、突然やった。
出会ってしまった。
一人で庭の花に水をやっていた時に、耳が勝手に恋してしまったんや。
思わずつけていたラジオの音を大きくして、更に補聴器の音量も上げた。
いつもの風景に色が増えて、小鳥のさえずりも弾んで、花たちは輝きだした。
地球の日本という国からの音楽通信回線に乗って星までやってきた、柔らかくて魅力的なハスキーボイスは、アタイをあっという間に少女に戻した。
まるで、魔法にかかったかのように。
自然に足が踊り出して、久しぶりに笑っていた。

「はあ。どないしよ。アタイ、絶対嫌われるわ」
アンズ色のポーチの中から、無くしたことになっている宇宙船の部品と小さくした宇宙船を取り出す。
「キショい、言われるわ」
小さな嘘が積み重なって大きな嘘になりすぎて、もう自分でも収集が付かなくなって、謝罪の言葉も見つからない。
コワイ。

「アンズちゃん、しゃーない。俺っちも一緒に行ったるわ。だから謝ろう。で、アンズちゃんの記憶だけを消してスパっと帰ろう」
マルさんの中の記憶は残そなー、店長はマルの頭を撫でた。
甘―いシュークリームを頬張りながら、心の中はしょっぱくて、体がバラバラになりそうになっていた。でも、もう決断しなければならない時間は迫っていた。
いや、とっくのとうに。

「そやな。それがええか。全部洗いざらい喋って、ほんでもってスパっと失恋するわ」
まさか、あんたの歌声が好きで星から飛んできたなんて言えない。
しかもちょっと昔のあんたに会いに、時空を超えて姿を変えて来たなんて。
一人暮らしの、おばあちゃん星人が。

重い足取りで2人の家に着く。
午後3時をとっくに過ぎていた。
マルはママちゃんとの散歩の時間にテレポーテーションで家に帰し、アタイは『ポップシュー』の手伝いを少ししてから、帰ってきた。
すでにトモは小学校から戻ってきており、嬉しそうに机に向かって宿題をしているようだった。
「あ、おかえりアンズちゃん。マルが寂しがってたよ」
マルは体全体をムチムチブリブリと揺らして、そのまま転がって起き上がれなくなっていた。
「なんや、宿題やっとんのか。えらいな、トモは」

しばらくすると、ナオキも帰ってきた。
それまで所属していたバスケットボール部は辞めてしまったようだけれど、
勉強に精を出して充実している様子だった。
なんだか前より凛々しく立派になってきている気がする。
「俺ね、自分みたいに引きこもりになってしまった子供たちを助ける、
心療内科医になろうと思って」
えらいなあ、ナオキは…。

そのうち夕飯の時間になった。
月には雲がかかり、なんだかどんよりと花曇りのようだった。
またアタイは、一人たこ焼きをしている。
いつもと同じ作り方のたこ焼きやけど、気持ちがいつもと全然違うので、たこ焼きの味は最悪やった。
と、部屋のドアが開いた。2人のいたずらっ子みたいな顔とベロを出したマルがのぞく。
「ねえ、記憶消せばいいんだからさ、たまにはみんなで夕飯食べない?
今日は俺が学校行くようになったからお祝いするんだって。父親と母親で食べきれないくらいにたーくさんご馳走作ってるから、おいでよ。ね」
アタイにはその資格はない。そんな風に思った。でも今はそれを言う勇気はなかった。
あんな楽しそうな顔を見てしまったら。
「あ、そうか?じゃあ、せっかくやから」

初めましてと挨拶をして、またアタイは友達の妹ということにした(1回記憶を消してもうてるからね)。

テーブルの上には、お祝いを絵に描いたようなご馳走が並んでいる。
まるで、花畑のようやった。
その様子を見ていたら、目の奥が熱くなって鼻の奥が痛くなった。
感情がぐちゃぐちゃになってしまい、何で泣いているのかわからない涙が出てしまった。
「あらあら、どうしたの?お家帰りたい?」
ママちゃんは言った。
「お前たち、まさか意地悪していないだろうな?」
パパちゃんはあらぬ疑いを、オロオロする2人の息子にかけることになってしまった。

その後なんとか涙をおさめて、アタイは笑顔を作った。
とても楽しい夕食会に、嘘つきのアタイも混ぜてもらった。
罪悪感しかなくて、美味しいはずの料理はすべて綿を食べているように感じた。
本当に、アタイはなんてことをしてしまったんや。

「おやすみ、アンズちゃん。明日は土曜日だから久しぶりに朝からマルの散歩にみんなで行こう。ちょっと早く出てね」
「なんや、そうかいな。じゃあ、明日は一緒にね」
「おやすみー!」
嬉しそうな純粋な声を胸に抱きながら、アタイは最後を覚悟し目を閉じた。
近所の道路工事の音が、少しだけひとりぼっちの気持ちを薄めてくれた。

ほとんど眠れなかった日の朝。
これで本当の本当に最後と決めている。
それを知ってか知らずか、マルがアタイの顔をじっと見つめて
「どうしたの?」とずっと言っているのがわかる。
「どうもせーへんよ、ムチムチさん。アタイな、ちょっくら遠くに出かけるだけや」

夜の間雨が降っていたのか、道が湿っている。
「あー、マルの足が超汚れるじゃん。お前洗えよ」
トモは嬉しそうにマルと一緒に水たまりに足をダイブさせている。
ナオキはそれを見て愛おしそうに笑って見ていた。
その横顔は、やがてアタイが恋する声を出すはずだった顔。
でも、アタイが引きこもりから脱出させてもうたから、ミュージシャンには
ならん未来が待っている。
未来を、変えてもうたんや。

「あのさ、ナオキ。アンタ、将来はミュージシャンになるの?この前上手く
ギター弾けてたから。歌は唄わんの?」
「え?ああ。ほら言ったじゃない。俺みたいに引きこもりになったり、悩んで学校行けなくなったりする子供を助けたい。だから子供の心療内科医になるんだって。頑張って勉強するんだって」
そうやな。そうか。それも、とってもいい未来や。
「そっか。勿体ないなー」
あの歌声は、聞こえないんやな。

しばらく歩いて、『ポップシュー』が見えてきた。マルがドアの方に駆け寄る。
ドアが開いて、お約束通り店長が出てきた。
丁度シュークリームを盛大に焼いている時間だった。
「お!お三人衆お揃いで。ええなあー、俺っちも行きたいわー」
店長がアタイに目くばせをする。

今日、帰るんでしょ?

「今とりあえず朝の分の100個焼きあがったから、ちょっと俺も合流するわ。公園でちょっと待っとって―」

いつもの散歩道。
この1年間、何度となく通ってきた同じ道だけれど、今日だけはひと味違った。すれ違うジョギングの人も、ママチャリでファストフードを買いに行くパパと子供も、とても美しく見える。
鳩の声がサヨナラと言っている。
そう、サヨナラする。

2人と最初に出会った、ナニヌネ公園。
家族連れもいる。ご老人が一人で散歩している。
一定の距離を取ってマスクを着用しているけれど、
前よりも外に出て遊べるようになってきたのだ。
コロナウイルスも、じきに落ち着くやろうな。

店長がやってきた。これでアタイの告白が始まる。

「今日は、言わなきゃいけないことがあってな。すごく大切なことや」
呼吸を整える。宇宙の星の中でたった一人、アタイは、たった一人。
星に帰っても、たった一人。

「実はな。宇宙船は壊れとらん。大丈夫や。部品はここにある」
震える手で、宇宙船の部品をポーチから出した。
2人は無言でその様子を見つめていた。
嘘をつかれていたという失望と、驚きと、でも許してあげたい気持ちと、
何をアタイが言おうとしているか分かっている理解の顔。
公園のすべての音が止まり、惨めなアタイは下を向いた。

「今日、帰ることにしてん。んでな、地球に、日本の東京に来た理由は、ナオキに会うためやった。ある日ステキな歌声がラジオから聞こえてきて、それがナオキの声やった。未来のナオキはミュージシャンやったんや。その声に恋をして、ここまで来てしもた。キショいキショい、どうしようもない宇宙人や」
ナオキとトモは、顔を見合わせた。明らかな困惑の顔。
「そんでもってな、アタイは、本当はおばあちゃんなんや。17歳でもなんでもない、年齢詐称や。家出ちゅうのも嘘や。ちょっと未来から来た、ひとりぼっちのおばあちゃん星人。ナオキに少しでも若く見てもらいたくてー思たら、小さい女の子になってしもた」

もうこのまま顔を見ないで帰ろう。本当に、申し訳ないことをしてしもた。
これで星に帰って、また一人の生活に戻るだけや。
地球からの音楽を聴いて、花に水をやって、買い物に行って、掃除をして、洗濯をして。

それで、一人で食事をして眠る。

目が溺れてしまうかと思うほどに涙があふれて、息の仕方を忘れて肩に力が入る。
すると、それを解くように3つの温かい温度がアタイを抱きしめた。
「一人じゃないよ。どこにいても、星が違っても、きっとつながってる」

気が付くと、アタイは家に戻っていた。多分店長が手伝ってくれたのだろう。
推しとの夢のような生活はこうして終了して、最初の3日間くらいは泣き続けたけれどバカバカしくなってやめた。
ステキな青空を見ていたら、ストーカーみたいだった自分を
「キショ」と思い笑えた。

いつものようにラジオを付けて花に水をやる準備をする。
「続きまして、今日のゲストはこちら」
地球からの番組が始まり、アタイは耳を傾ける。
「こんにちは~!『MUSIC MANT MAKERS』のボーカル、トモです!よろしくお願いします!」
ジョーロを傾けると、小さな雨のような水粒が花びらに降り注ぎ、可愛らしい虹を作った。
アタイはハッと向き直り、補聴器の音量を上げる。

「さて、トモさん。今更ですが、バンド名の由来って?」
「えーとですね。記憶が定かではないんですが、小学生くらいの時かな?アンズちゃんっていう女の子がいて……」
胸の中が爆発しそうになって、ジョーロを取り落とし、ラジオを持ち上げた。
「で、多分引っ越ししちゃったのかな?ただとっても面白い子だったような記憶があって。その子と兄とボクとで最初に組んだバンド名をそのままつけました。MANTは、兄とボクとアンズちゃんと当時飼っていた犬の名前の頭文字を取ってます。マントはヒーローが着けるもの、メイカーズは作る人たち。音楽(ミュージック)というマントを作って、聴く人達をみんなヒーローにするという意味なんです」
その後も、楽しそうに話すトモの声がラジオから次々と押し寄せてきた。「でも色々はっきりと記憶していないんですよね、その子のこと。不思議なことに。でもその子が考えたバンドの名前を、そのままつけちゃったけど(笑)」

視界はとっくにぼやけていた。
耳から入ってくる音楽のような声は、アタイを励ますようにケラケラと笑った。

「そういうわけで、兄はいじめから立ち直ってその経験を活かし、子供専門の心療内科医になりました。ボクはそれを見ていて、ああ、音楽って力あるなって思って。兄からギターを譲り受けたこともあって、それがギターを始めたきっかけなんです」
優しい話し声。少し鼻にかかっていて、でも元気があって透き通っている。

「これじゃ、アタイはまた恋をしてしまうやないの」

「それでは新曲です。お聴きください。MUSIC MANT MAKERSで、
『ワンダートラベラー』」


おしまい


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