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【映画感想】映画『Perfect Days』主人公と公共トイレの関係


先日、映画『PERFECT DAYS』をみた。
図書館にDVDがあったらしい。少し待ったが、昨日取りに行ってきた。

アメリカの数少ないい長所の一つは、公共図書館のシステムが充実していることだ。ここ15年くらいはほとんど雑誌を含めて本、CD、DVDを買ったことがない。

とりあえず映画の感想を書き留めておこう。
役所広司、柄本時生の演技は素晴らしい。基本的にはよい作品だと思う。

キラキラ人生をアピールしたい承認欲求であふれた現代社会。役所広司演じる主人公の平山はその真逆を生きている。ひっそり、声という音さえもほとんど出さず、なるべく目立たず、邪魔にならず、公共トイレの清掃という仕事に誇りをもっているようだ。

彼には都会の片隅で忘れられた存在として生きる孤独な男という印象はない。行きつけの銭湯、古本屋、写真屋、居酒屋、で会う人々は顔見知りで大した会話こそないが、皆,
彼に暖かく接している。厄介な後輩にも振り回されるという
人情味にもあふれている。

下町の老朽化した昭和感溢れるアパートにはテレビはなく、文学と洋楽と植木が彼の生活を豊かにしている。

週末に通うスナックのママにひそかに恋をしているようだ。

彼は毎日のルーティンの一つ一つを楽しんでいる。彼は生き生きとしている。彼を見ていると、なんだかこちらまで楽しくなってくる。

1つよくわからないことは、平山を公共トイレの清掃員として見せるとき、なぜ、近代的できれいな公共トイレを使ったのだろうか? 世間一般がイメージする公共トイレではだめだったのか?

例えば、映画『東京ソナタ』。職を失った父親が、清掃員のバイトをこっそりはじめ、朝、家族にばれないように、スーツを着て出かける。ショッピングモールの片隅で掃除用の制服に着替えて、公共トイレを掃除をしようと見たら、トイレの中身が詰まってうんざりしたというシーンを思い出した。これこそ公共トイレ掃除の現実ではないかな。

なぜ、近代化したトイレなんだろう。きっと何か意図があるのだろうと悶々とした。

よくよく調べてみると、オリンピックに先駆けて始まった”The Tokyo Toilet”というプロジェクトの一環として、有名建築家などがデザインした近代的なトイレのPromortional Decumentaryの制作というのがこの映画の発端だったらしい。

そういう事だったのか。Promotional Decumentaryを作ろうとおもったら、何かいいこと思いついちゃってフィクション映画にして小津風に撮影したら結構エモくなるかも、という感じで始まったようだ。

公共トイレ清掃員の現実性とかはそもそも関係なく、もっと違う視点から平山という男と公共トイレの関わりをみせたかったようだ。

設計者のこだわりにこたえるようにそれぞれの特徴に合わせて平山は掃除道具を作りこだわりを持って丁寧に掃除する。
だから平山の車には掃除道具でいっぱいなのか。平山はトイレ掃除職人なのだ。

こだわりのあるトイレを綺麗に保つこだわりをもつ掃除職人の静かで穏やかな充実した日々は確かにPerfectだ。 









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