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エッセイ「病室革命の歌」

 クリーム色の薄い布のカーテンは、光を透かす子宮の壁だ。病室の大部屋。テレビの置かれた戸棚には、手術の痛み止めの薬が置いてある。ベッドの白いシーツに、胸の傷口から出るドレーンから落ちた、赤い薄い体液のしみがひとつ。

 そのベッドに腰掛け、私はイヤホンで古いロックを聞いている。軽快なリズムで、音が踊る。人には愛と希望がいるのだと、女性の歌手が歌っている。

 夕方の五時に白いマスクを付けた、五十代の男性の主治医が回診にきた。私の胸帯を開けて、傷の塞がりを確認する。

「左胸の術後の傷も、退院前に見た方がいいですね。何か傷に異常が起きたときに、分かりやすいですから。明日に手術の担当の先生が一緒に回診に来ますから、その時がいいでしょう」

 主治医が灰色の太い胸帯をしっかりとしめた。

「胸のドレーンは土曜日に抜きましょう」

 ドレーンが抜ければ、退院はすぐだ。がんで左胸を失ったはずなのに、喜びの方が強い。身体の奥底から、明快に力強いリズムが湧き上がってくる。熱を持った塊が、腹の奥底にあって、エネルギーが尽きない。

 この病室は光を透かす子宮だ。私はもう一度産まれるんだ。産まれたての赤子が目をつぶって、全身で泣くように、私の心も叫んでいる。力強い心臓のリズム。
 
 ステージでロック歌手が歌い、民衆がパリで革命の歌を叫んだように、私もここで生きている。右手の拳を突き上げて、強く激しいシュプレヒコールを上げるのは、勝利の旗だ。民衆の、革命の、生命の賛歌だ。

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