先生、あのね、··· ( 10/8 加筆修正版 ) # 虎吉の交流部屋プチ企画
唯一、嫌いな先生がいた。
去年、植えたいちごの花が実をつける頃、僕は小学校2年生に上がった。新しく担任になったまだ20代の若い女性の先生はいちごの花や実が大好きで、よく校庭に下りては、まるで会話でもしているかのように優しい眼差しで植木鉢を見つめていた。
新しい先生は優しかった1年生の時の先生とは違い、授業になると厳しい人で、僕はことあるごとに叱られた。特に記憶に残っているのは、ある作文の授業だった。「先生、あのね、」の書き出しの後に自分なりに感じたことや気持ちを書くというテーマ。
当時の僕にはその題材が難しく、何を書いたらいいのか分からず手を止めていると、
「ちゃんと書いて早く先生の所に持ってきなさい ! 」
と叱られた。また叱られるのが怖くて必死に頭をひねって書いた文章を先生に差し出すと、今度は、
「さっきよりあかん、書き直しなさい ! 」
と突き返された。
そうしたやり取りを何度か繰り返すうち、ついに僕はクラスみんなの前で大声で泣いてしまった。
何事かとざわめく教室の中で先生が慌てて僕に駆け寄ってくる。涙を拭おうとした先生の手を振り払い、僕はクラス全員が聞いている中でとっさにこう言い放ったのだった。
「先生なんか大嫌いや。1年生の時の先生が担任の先生やったらよかった ! ! 」
静まり返るクラスの中でただ1人、「そう」とだけ言って茫然と立ち尽くしている先生の姿があった。
そしてその目にはなぜか大粒の涙があふれていた。
自分は悪くない、悪いのは先生の方だと自分に言い聞かせ、先生とは口を聞かないことに決めた。
しかし月日が経つにつれ、先生への罪悪感のようなものが子どもなりに胸に込み上げてきた。
自分は何か良くないことを言ってしまったらしい。それが何なのかは分からなかったが、先生を傷つけてしまったことは確かだ。いよいよ先生とさよならする春休みになったら先生に謝ろう、そう心に誓った。
そんなある日、家で兄と喧嘩になったことがあった。兄は一般的な小学生男子が好みそうなスポーツやゲームではなくピアノが好きだった。
家でもよく部屋にこもってピアノを弾いていて、ゲームに誘ってもいっこうに話に乗ってこない。
そんな兄を僕がからかってしまったのだ。
お互いに掴み合いの喧嘩が始まり、収集のつかなくなったところでちょうど母が帰ってきた。
事情を聞いた母は僕たちにこう言った。
「よう聞くんやで。自分と自分以外の兄弟や友達が違う考え方やったり、好きなことが違ったりしたら不思議に思うかもしれん。でも、その兄弟や友達のことを自分と比べて変やとか嫌いやとか、そういうことは思ったらあかん。それはその子の個性やし、他の人と比べられるって本当に辛いことやからね。大人でも同じくらい辛いんやで」
それを聞いた時、僕ははっとした。
頭の中に、先生を泣かせてしまったあの日の光景が鮮明に蘇ってくる。あの時、僕は確かこう言った。「1年生の時の先生の方がよかった」と。
先生が本当に辛かったのは単に「大嫌い」と言われたことではなく、他の先生と比べられ、その上で「大嫌い」と言われたことだったんじゃないだろうか。
あの時、先生が涙を流した理由が子どもながらにようやく理解できた気がした。1年生の時の先生と2年生の時の先生は違う。どっちがいいとか好きとかではなく、それぞれの先生に大好きなところがあった。
自分だって勉強やスポーツで兄と比べられると悔しい気持ちになる。それと同じことなのだろう。
なぜそのことに気がつけなかったのだろう。
もはや今さら謝ったところで先生の心の傷が癒えることはないかもしれない。この時初めて本当の意味で自分がしたことと言葉の重みと責任を知った。
春休みの学校は児童の賑やかな声もなく、静寂に包まれていた。今日は自分の思いを先生にしっかり伝える。素直に「あの時は本当にごめんなさい」と言おう。それを聞いた先生がどんな反応をするのか、それは今考えることではない。
職員室のドアをノックする。
「◯年◯組の虎吉です。◯◯先生はいますか ? 」
すぐ近くにいた教師が急いで近づいてきた。
「◯◯先生に何か用事があるの ? 」
「ちょっと話したいことがあって」
と言うと、その教師は少し考える様子を見せた後、人の目を気にしながら僕の肩を抱いて廊下の隅に連れていき、目線を僕と同じ高さに合わせてこう言った。
「あの先生はもう学校の先生を辞めることになったの。だからもうここの学校にはおらへんのよ」
僕はとっさに聞いた。
「じゃあもう会われへんってこと !? 」
「そうやね、寂しいけどもう会えないなぁ···」
その言葉を聞いた瞬間、一瞬茫然とした。あれほど会うことを願っていた先生に会えないなんて。
こんなに残酷なことがあるだろうか。
「転校」ではなく「退職」だった。
ふいに先生が涙を浮かべた日のことが昨日のことのように蘇ってくる。思えば先生はこの数年、心身ともにどれほど疲れ切っていたことだろう。
他校から赴任してきて1年目、20代とまだ教師歴も長くない中、僕たちとの接し方を模索し、試行錯誤していた最中に僕に言われた言葉。日々、頭をいっぱいいっぱいにしながら必死に走り回っていたに違いない。若い先生にとって、それは過酷すぎただろう。
教師を辞めたいと思ったのはもしかすると、そういった経緯かもしれない。もちろん結婚だとか他にやりたいことが見つかったとか、もっとポジティブな理由かもしれないけど、どうしても僕には前者のような気がしてならなかった。もしそうだとしたらと思うと、胸が張り裂けそうな気持ちをどうすることもできなかった。
結局、僕は先生に謝ることができなかった。
たった一言、「あの時、本当にごめんなさい」と言えたならどんなに先生の心は軽くなっていたことだろう。あの時先生が目に浮かべた大粒の涙が津波のように心に押し寄せる。
決して言ってはいけなかったその言葉は先生の心をもう戻ることのできないほど遠くへ追いやってしまった。もう届かない「ごめんなさい」の言葉を僕は一人心の中で何度も何度も繰り返した。
···あれからもう随分と長い歳月が経った今、先生はどこで何をしていることだろう。幸せに日々を過ごすことができているだろうか。心の痛みを少しずつ癒やすことができただろうか。あの時、何度も書き直しをさせられた「先生、あのね、」の続きが今なら素直に言葉にできる気がする。
「先生。今日まで素直に謝ることができなくてごめんなさい。僕はすっかり大人になりました。楽しいことも辛いこともたくさんあったけれど、少しは人の痛みを分かろうとする大人になれたつもりです。先生から教わったことは今も僕の人生の教訓です。本当にありがとうございました。どうかいつまでも幸せでいてくださいますように···」
今日もいつものように職場へと向かう。ふと足元に目をとめると、可愛らしい小さないちごの花がまだ肌寒い風に揺られながらひっそりと実を結んでいる。一瞬、幼かった頃の酸っぱい記憶が脳裏に蘇った。「先生···」。その花言葉のように、たくさんの愛をくれた先生の穏やかな笑顔は今日も、寒さで少し冷えた僕の体を温かく包み込んでくれているようだ。
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