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# カバー小説 「大空に包まれて」 ( アサさん 「虹のある部屋」より )

高齢の母が窓の外を見ている。
「残念。今日はこんなに綺麗に晴れ渡って」
遠い目でじっと空を見上げる母の背中を私はそっと優しく撫ででいた。

*****

目覚ましが鳴った。
「何だ、夢か」
なぜこんな夢を見たのだろう。母が亡くなって15年。もうとっくに忘れていた光景だ。

重たい体を無理矢理起こして顔を洗いに行く。
数年前に妻に先立たれて以来、自分で料理をするようになったが、ここ数ヶ月は朝食をとる食欲も元気もない。

立ち上げた会社の経営状況が急速に悪化したのは3年前。利益の大半を占めていた大口契約を突如、切られたことがきっかけだった。
「今まで任せていた業務を機械化することになりまして」というのが解除理由だった。

どんな会社であろうが時代の波には逆らえない。
体力のない私の会社はみるみる赤字が積もり、「倒産」という2文字がちらつくようになった。

そして今月ついに、従業員への給料が払えなくなった。がんばってくれている従業員に給料を渡してやれないことほど、辛いものはない。

「もう給料を出してやれない···」
そんなこと言えるわけがない。でもどの道この会社は倒産し、従業員は路頭を彷徨うことになる。
私は覚悟を決めた。

その日は雨が降っていた。
出勤し、従業員から見えない裏口の空き地に回った。これでいいんだ、そう自分に言い聞かせ鞄からロープを取り出した。

無責任なのは痛いほど分かっている。
でも今の自分にはこの方法しかないのだ。
ロープを木に強く縛り付け、ゆっくりと首にかける。そして···

苦しみとともにゆっくりと意識が遠のいていく。
薄れていく意識の中で一人の面影が近づいてくる。
「母さん···」

真っ暗な静寂の中で母さんの声がする。

「あんた、私がなぜいつも空を見ていたか知ってたかい ? 」
そう言えば面と向かって聞いたことはなかった。

「実はあんたの父さんは本当の父さんじゃないんだよ」

「え ? ··· 」

「本当の父さんは戦争で死んだのさ」

「終戦間際に学徒動員で特攻隊に選ばれてね。表向きはお国のためとか言ってたけど、母さん本当に悔しかったさ。何でこんなに愛してる人が命を落とさなならんのかってな。見送る時の胸がちぎれそうになる感覚は今でも忘れられんよ」

「翌日は雨やった。母さん、朝からずっと空を見ててな。あの人はどこ飛んどんか思てな。しばらく見てたら急に空が晴れて綺麗な虹が見えたんや。母さんそん時、思った。『あの人、今逝ったんやな』って。俺の分まで懸命に生きるんやぞって言ってくれてるような気がして涙が止まらんかった。あの人のおった大空が母さんを包んでくれてる気がしてね。それ以来、毎日、空を見て虹を探してたんよ」

ボキッという大きな音とともに目の前がふっと明るくなった。仰向けの姿勢で地面に叩きつけられた衝撃で視界がぼやける。
目の前にはいつの間に雨がやんだのか、雲一つない真っ青な空に一筋の虹が出ていた。

「本当の父さんは生きたくても生きれなかったんだ。自分は何て浅はかだったんだろう」

自分がとてつもなくちっぽけに思えた。

*****

結局、会社は倒産した。
自分の家を売り払い、ある程度のお金は従業員に返せたが、充分な金額ではなかったし、次の就職先が決まらなかった人も多かった。私はこの十字架を背負って一生、生きていかなければならない。

今は雇われの身として新たな会社で働き、少しずつ借金を返している。金銭的には厳しい状況が続くが、今は生きているありがたみを実感できている。

感謝の気持ちも持つことができるようになった。
会社を経営していた頃はよく従業員に厳しくあたり、「ワンマン社長」などとよく言われたが、今は気持ちに余裕ができ、日常の些細なことにも幸せを感じる。まるで心に虹がかかったように。

これまでは苦難の連続、生きていくのに精一杯で、楽しいことやうれしいことに出会うことは滅多にないものだと思って生きてきた。
でも、もしかしたらそうした幸運はあったにも関わらず目に入れないようにしていたのではないだろうか。そして幸運はすぐに虹のように消えてしまう。

あの時、母さんが見せてくれた虹。
「あんたの人生、まだまだ捨てたもんじゃないよ」、そんなことを伝えたかったのかな。
「幸せは自分で見つけて感じていくものだよ」なんて言いたかったんだったりして。
がらにもなくいいこと言ってくれるじゃん。

これまでの人生を振り返りながら窓の外を見る。
小さなアパートの一室の小さな窓から見える空には一本の真っ直ぐな飛行機雲が走っていた。 ( 完 )

*****


● 企画に参加させていただきました。


【 原作 】



アサさん、ありがとうございました😊

椎名さん、素敵な企画をありがとうございました😊


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