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ジョン・アーヴィング『ガープの世界』 その6(完結)

その6 失われたエピローグ──映画化に伴って②。

※ 物語の決定的な部分はなるべく言及しないように気をつけていますが、説明上どうしても、多少のネタバレをしてしまうと思います。少しでもダメな方はご遠慮ください。


 ようやく最後になりました。
 私が『ガープの世界』を何度も読むほど好きな理由の五つ目。
 そして映画から失われたものの中で私が一番残念だと思うところ。

 もしかしたら私がこの小説の中で一番好きなところ



 それはエピローグ

 下巻410ページから始まる章「19 ガープ亡きあと」

 「ガープは「ペンション・グリルパルツアー」に見るごとく、エピローグが大好きである。「エピローグとは」と彼は書いている。「決算以上のものである。エピローグは、過去を包み込むかに見えて、その実、未来に関し我々に警告を与える一つの方法である」

『ガープの世界』 新潮文庫 下巻 p.410

 この文章から始まるエピローグはこのあと下巻474ページまで、文庫本にして64ページも続くのですが、この部分が私は本当に大好きなのです。

 描かれるのはガープの亡くなる一日と、彼亡き後の、その他の登場人物のその後。
 主人公ガープとその母ジェニー以外の、さまざまな人物のその後が丁寧に描かれます。

 以下。その人物一覧。

 ヘレンの元同僚フレッチャー夫妻。
 
(最初から読んでいても、一瞬、誰? となるかもしれません。)
 
 その娘。
 
(エピローグで初登場かも。)

 妻ヘレン・ホーム。
 
(彼女は中心的人物の一人ですが。)

 ボジャー補導部長。
 
(愛すべき素敵なキャラクターで、ガープの子供の頃と物語の終わりの方に少しずつ登場します。)

 ドナルド・ウイットコム。
 
(ガープの伝記作家で、物語の終わりの方に登場します。)

 エレン・ジェイムズ。
 
(その5で取り上げましたが、小説の後半でガープとかなり関わってきます。)

 ラルフ夫人。
 
(この人こそ誰? となるかも。)

 ベインブリッジ・パーシイ。
 
(ガープの幼馴染の妹なのですが、ここまで読んでいると、ああ、この人がこんなふうになるんだと驚かされます。)

 ジョン・ウルフ。
 
(その5でもお話ししました。善良で有能な編集長。)

 ロバータ・マルドゥーン。
 
(その5で少し触れました。数少ないガープの友人。)

 ガープの子供達。
 
(子供達の成長した後も描かれます。)


 以上。
 かなりの人数です。

 これをその2でお話しした、あの連想ゲームのような書き方で、たくさんのエピソードで埋め尽くして描いていきます。
 しかも全ての登場人物の人生の終わりの方まで描いていくため、視点は俯瞰的で、時間を行ったり来たりします。


 この流れ。
 この描き方。

 
これが私は大好きで。

 私はエピローグだけ何度も何度も読み返しました。



 特にロバータのエピローグ

 ロバータ・マルドゥーン、もとフィラデルフィア・イーグルス九〇番ロバート・マルドゥーンはジョン・ウルフよりも──そして大部分の愛人達よりも、長生きをした。

同上 p.449

 ロバータのエピローグは下巻p449からp466まで文庫本で15ページほども続くのですが、これがとにかく素晴らしい
 私は何度も何度も読み返しました。大好きなセリフもたくさんあります。ここで書くとネタバレになってしまうので書きませんが。

 本当は書きたい。全文載せたいくらいです。

 本当に素晴らしいので、とにかくたくさんの人に読んでほしい。
 長い物語を読み通し、ぜひエピローグまで読んでいただけると嬉しいです。


 物語の終わりにガープの言葉が記されます。

「・・・誰も彼もを永遠に生かしておこうと努めることさ。最後には死んでしまう者すら、ね。そういう人間こそ、生かしておいてやりたい一番重要な人間だんだ。」

同上 p.474

 この言葉は、ガープの、小説の中の登場人物に対する考え方なのですが。
 これはやはりジョン・アーヴィングの考え方なのだと思います。

 その5でお話ししましたが、『ガープの世界』という作品には

 どんな脇役的人物でも深く複雑に丁寧に描こうとする作家の意思

 のようなものを感じないではいられません。

 まさにこの、言葉通りのエピローグ
 最高に面白く、魅力的なエピローグです。


 映画でもガープの亡くなる場面は描かれますがそこまで。映画としてはその方がすっきりとしていていいのかもしれません。でもエピローグに当たる部分は全く描かれなくて。

 残念です。

 映画で『ガープ』を知り、原作を未読の方。
 ぜひ小説も読んでいただけたら。


 小説『ガープの世界』は。
 たくさんのエピソードがあってたくさんの登場人物が描かれ、それを読む人たちの中にもたくさんの読み方がある。
 だからこそたくさんの人に愛されている作品なのだと思います。

 色々な読み方があっていい。
 その一つとして私の「好きな理由」も知っていただければと思って。

 本当はまだまだ好きな場面好きなセリフ好きな登場人物がありますが、それはまた機会があったら書きたいと思います。


 ここからは別のお話なのですが。
 先日。その3に関して、最近『ガープの世界』を読み始めた方からご指摘が。



 「のちに彼はこう書いている。」という表現。

 ガープが作家だと知らずに読んだ場合。

 どうして「言った」じゃなくて「書いた」なんだろう? 
 ガープってどういう人なんだろう? 

 と、興味が湧いて先を読み進めたいと感じる。そういう初読の人に対する効果があるのでは? と。



 確かに。小説としてはまず、そちらの方が重要かもしれません。

 気づかせてくれた人に感謝と、思い至らなかった自分に反省です。

 


 私は同じ本を何度も何度も読んでしまうので、再読したくなる魅力のお話をしてしまいましたが。
 初読の面白さも大切ですよね。
 好きな本を紹介する難しさを感じました。


 全6回にわたって少しずつ『ガープの世界』という作品についてお話しさせていただきました。
 最後まで読んでくださった方に感謝の気持ちを。
 ありがとうございました。



 来週は一週お休みして。
 再開は8月から。
 8月6日から、再び毎週火曜日に更新する予定です。(2024年7月現在)

 次回からはまた私が再読する本のお話。
 ドストエフスキー『カラマーゾフの兄弟』について。です。(予定)

 そういえば『カラマーゾフの兄弟』にも素晴らしいエピローグがありましたね。
 
                                      <終>



前回 その5 失われた登場人物──映画化に伴って①

その1 『狂気と悲哀。だけでなく』はこちらから



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