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『星に願いを』 第七話          ──七つ村に関する二つの手記と一つの付記と極秘文書三一九号──

  手記 二 
  『七つ村 探索者イサキによる記述』
 

 ここから先は私が書かなければならない。

 私は七の村の探索者イサキという者。
 村の北東部、七の村と五の村の間、主に山間部を担当し、その方面の埋もれた書物の探索をしている。
 いや、していた、と言うべきか。
 この数日起こった出来事のおかげで、この先探索者としてどれほど活動できるのか、今の私には見当もつかない。
 だが私には別の使命が与えられたのだと思っている。
 その使命をこれから果たすつもりだ。

 私は書かなければならない。

 司書部に関することは司書見習いの方が詳しいと考え、カナエに書いてもらった。
 少年はよく耐えていると思う。
 彼は自分の記述をなんとか書き上げたあと、疲れ切って眠ってしまった。
 無理もない。この数日、慣れない山道を朝から晩まで歩き続けたのだ。その上彼にとって思いもよらない出来事の連続。
 少年はよく耐えている。

 さて。
 司書見習いカナエが知らない出来事の説明が要る。それに私は書かなければいけないのだ。文字を記録することは苦手なのだが仕方がない。どこから始めればいいだろう?
 やはりあの朝から?
 そうだ。そこから始めよう。


 あの日。あの朝。
 明け方まだ暗いうちに私は起こされた。

「起きてください。」
切迫した響き。幼い少女のような声。
 誰だろう。
 前夜遅く村に戻ったばかり。まだ私は微睡の中にいた。
「起きてください。局長がお呼びです。」
局長? 司書部の? 
 あの食えない爺さんが私に何の用事があるというのだ? こちらはさっき布団に入ったばかり。眠い。
 私は言葉にはせず、布団をかぶって態度で示した。が。
「七つ様のお召しです。」
その言葉に跳ね起きた。
「七つ様?」
驚いて問う私の目の前に、見知らぬ少女の顔。
 夜具の横にきちんと正座し、厳しい表情でこちらを見ている少女はまだその面差しにあどけなさを残していた。
 見習い生か? いや司書補の肩衣?
 膝に揃えた両手はまだ幼く愛らしいが、よく見ると袖に筆頭司書補の衣紋の縫い取り。
 まさか。この歳で?
「お支度は平服で構いません。なるべく早く。」
「主のお召しなのに?」
「構わないと聞いています。とにかく急ぐようにと。」
少女のただならぬ語気に気圧され、私は最小限の身支度で部屋を出た。
 何が起きたというのだろう。
 少女が先に立つ。
 背は低く、体つきも華奢だ。この年で筆頭司書補というのは前例がないだろう。キビキビとした足取りで振り返りもせず先を急ぐ少女。
 私は無言でついていった。


 「早かったな。イサキ。」
お召しの部屋にはソウマの姿。同じ探索者仲間だ。
「叩き起こされたか? 朝は苦手だろう? まだ目が開いてないんじゃないか。」
「うるさい。余計なことを言うな。」
お召しにあっても軽口を叩く。ソウマのいつものペースに私は安堵した。しかし流石に主の御前で調子を合わせることなどできない。
「イサキか。そのままそこで控えていなさい。」
ソウマのさらに向こう、部屋の奥に下がる御簾の手前に、村長と局長の顔。何やら合議の様子。
 そして御簾の向こうには、畏れ多くも七つ様の気配があった。
「とりあえず、山を避けて、八つ村、東の水辺の民のところへ急ぎなさい。」
と村長。
「でも、六つの沢は途中ですから。寄れますよ。」
とソウマ。
「いや時間が惜しいな。ムツにはこちらから使いを出すよ。」
と局長。
「2、3時間仮眠を取って行きなさい。少し体を休めなければ。」
と村長。
「いやすぐに出られます。この時間じゃ、どうせ中の谷に一泊することになる。そこで休めますから。」
とソウマ。
「無理はいけない。仮眠を取ってもお前の足なら夜までに中の谷には着くだろう?」
と村長。
 その時。
「ムラオサ。」
 低めの柔らかなよく通る御声が御簾の向こうから聞こえてきた。
 畏れ多くも、七つ様のお声だ。
 驚いた。お声かけくださることなど滅多にないのに。
 その場にいた一同は御簾の向こうに敬意を表すため膝をついた。
「すぐにソウマを行かせてください。」
 その御声。
 尊い御心が御簾のこちら側まで溢れてくるような、慈愛に満ちた穏やかな響き。だが村長は驚いて顔をあげた。
「主よ。それは。」
「ムラオサ。あなたの気持ちはよくわかります。それでも。」
御声はソウマの方へと向けられた。
「ソウマ。すぐに出発してください。中の谷に着いたら、充分体を休めるように。行けますね。」
「はい。七つ様。」
ソウマは恭しくお答えしてすぐに立ち上がった。
「御前、失礼します。」
退出するソウマの背中に局長が声をかけた。
「司書補が外に控えている。コトは伝えてあるよ。支度を手伝うように言ってある。準備が出来次第出発するように。こちらに挨拶は要らないよ。」
つまり局長はこうなることを予測していたということなのだ。相変わらず食えない人だなと思った。
「わかりました。」
 その時ソウマの外套の裾が翻って気づいた。旅装束だ。彼は今、村に着いたばかりなのだ。
 そのまま報告。すぐに出立。
 なんであれ、状況はかなり切迫しているらしい。
 一体何が起きたのだろう?
 我らの主、七つ様の御心は、常に民のことを大切にされてくださるありがたいもの。無理なオミチビキなど決してなさらない方。お優しい方。
 いつもなら、村長よりも強く、ソウマに休むよう勧めたはずなのに。
 七つ様がおそばにいらっしゃるというだけで、そこに御坐すと感じるだけで、控えの間は常に穏やかな空気に満ちているはずなのに。
 部屋を覆う切迫した空気。
「イサキ。こちらへ。」
村長が落ち着かなげに私を呼んだ。
「お前も戻ってきたばかりで悪いが時間がないのだ。すぐに五つ神の御許へ参るように。」
「何があったのです?」
「明け方ソウマが急遽戻ってきたのだ。探索を途中で切り上げてきたようだ。西の境の湿原近くで地の民の一団を見たと言っている。どうやらこちらに向かっているらしい。」
「それが? なんだというのです?」
「強者の探索者でも危険な真夜中に移動はしない。ソウマもその辺は心得ているはず。しかし彼は急ぎ戻って報告に来てくれたのだよ。」
「よほど尋常ならざる光景だったのだろうね。」
局長がニヤリとした。
「ソウマは一睡もしていないのだ。」
村長が心配そうに手を揉んだ。
 だから。何なのだ。
「どうやらムラオサは、口にするのも嫌なのだろうね。」
そう言って局長はまた笑った。
「地の民はね。戦装束にその身を包んでいたらしい。」
「まさか。」
そう言いつつも、私は内心、いよいよかと思った。

 このところずっと西の境で小競り合いが続いていたのだ。 (2,673字)



                         


[前話] 第六話 司書見習いカナエの手記⑥ (3,742字)

[次話] 第八話 探索者イサキの手記② (3,799字)


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