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アニメや漫画にドラマなど、私たちの批評・感想は何に繋がっているのか? 「高校・大学から始める批評入門」

「自分が書く文章は何に繋がっているのだろう?」

少し青臭いかもしれないが、作品の感想や批評文をnoteに投稿する人はこんなことを一度は考えたことがあるだろう。

0から1を生み出せる人、つまり物語を書ける人は他者を感動させることが出来るが、その物語を批評することには何の意義があるのだろうか?

そんな疑問に答えてくれるのが、高校・大学から始める批評入門「感想文」から「文学批評」へ(著:小林真大)である。

結論から言ってしまうと、私たちの感想・批評文は「人々の価値に不可逆的な価値観を植え付けること」に繋がっていると本作では説明している。

その理由に関して本書では文学批評の歴史と共に説明されているが、ここではイメージしやすいように漫画作品を例に出しながら解説していこう。

例えばあなたがある漫画を読んだとする。そしてあなたはこの漫画を読んだ後深く感動し「ストーリーが素晴らしく、とても感動的な漫画だった」と評価を下したとしよう。さて、あなたのこの評価は「同じ漫画を読んだ誰が聞いても納得できる絶対的な評価」だと思うだろうか?

おそらく答えは No だろう。

全ての人にその人の価値基準がある以上、一個人がある作品に対して絶対的な評価を下せないのは当然であり、あくまであなたの評価はその作品に対する相対的な評価でしかない。

つまり、作品に対する明確な価値基準というのは本来存在しないものなのだ。

ならば人間が創作物に対して評価を下し批評することは無意味であり、ひいては不可能な営みなのだろうか?

批評文化の先駆者ともいえる、文学批評界はこの問題に20世紀ごろまで悩まされていた。

だが、そんな文学批評界に待ったをかける男が現れた。アメリカの哲学者 マーゴリスである。

彼は「絶対的な価値基準が無くても、作品に評価を下すことは可能だ」と主張したのだ。

まず彼は、人間は作品の価値判断をする際に「個人的なセンス」と「支配的なセンス」を用いている説明した。

「個人的なセンス」とは当然先ほどの映画に対するあなたの評価のような、極めて個人的で主観的な好き嫌いだ。

それに対して「支配的なセンス」は個人的なセンスを超え、社会的に承認されている支配的な価値判断の事を指す。

例えばここに、島耕作シリーズをあまり面白くないと感じるAさんがいるとする。だがそんなAさんも友達から「なぜ島耕作シリーズは評価されているのか?」と聞かれれば「島耕作シリーズは当時バブル期にあった日本でのサラリーマンの価値観や生き方を、当時の時代背景と共にリアルに描いたから」と説明し、評価できるだろう。

この説明には、社会に定着し承認された「社会的なセンス」が理由付けとして深く関わっている。

島耕作シリーズが「バブル期サラリーマン漫画の金字塔」と社会的に承認されているからこそ、Aさん自身はあまり好んでいなくても、多数の人にこそのように評価されていると説明したのだ。

言い換えるなら、社会の多数派が下し、社会的に認められた価値判断こそが「支配的なセンス」だという事になる。

だが注意しなければいけないのは「支配的なセンスによってもたらされた評価は、決して絶対的な評価ではない」ということだ。

現代の価値観では島耕作シリーズを好きという人は多くはないと推察されるが、当時は島耕作シリーズを好きな人が圧倒的多数を占めていたはずだ。

このように作品の価値とは決して普遍的なものではなく、社会の変化と共に変わり続ける、どこまでも相対的なものだ。

だが作品の価値が普遍的なものではないとしても、大多数の持つ「支配的なセンス」によって評価された作品は後世にまで多大な影響力を与える。

「バブルのサラリーマンと言えば島耕作のようなサラリーマン」という認識を持った人は現代でも少なからずいるだろうし、そこまで島耕作を象徴的にしなくても「島耕作シリーズを読めばバブルのサラリーマンの価値観を理解できる」とする人はむしろ多数派になるはずだ。

そしてこの島耕作に対する支配的なセンスは、当時から一人一人の人間が個人的なセンスで島耕作を「これぞバブル期のサラリーマンだ」と評価し続けたからこそ定着したものなのである。

長くなったが、私たちのような一個人が「個人的なセンス」で下した評価も数と時間を重ねれば、やがては社会的に承認された「支配的なセンス」になりうる。

そしてその支配的なセンスは、未来の人々の常識やイデオロギーになっているかもしれない。

自分の批評がこれからの人々の価値に不可逆的な価値観を植え付けるかもしれない

そう考えるとこれまであなたがしてきた作品への評価も、これからあなたの書く感想文や批評文も少しワクワクして見えるのではないだろうか?


今回取り扱った、高校・大学から始める批評入門「感想文」から「文学批評」へ は文学批評の歴史から、そのテクニックや種類まで幅広く取り扱った名書です。

この記事を読んで興味を持った方が一度でも読んでくださればとても嬉しいです。


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