復習

文芸コンクールに落ちた小説です。

朝、少し悪意のある話し声が聞こえる教室に足を踏み入れる。
自分の机の上を見て、呆れながら荷物を机の上に置く。
ユリの花が刺してある花瓶を落とさないように気をつけながら鞄のチャックに手をかける。
少し、否、少しではないにおいに気がつき机の引き出しの中を覗く。
 そこには、濡れて腐った雑巾が入っていた。持っていたポケットティッシュの中身を引き抜き、それにさわる。
もはや雑巾ではなくなっているそれは強烈な匂いを発しており、状況を理解するのに十分な材料だった。
冷静に奴らを見る。
怪訝な気持ちを表情に出さないように改めて雑巾だった物を見る。
 教室内に奴らの話し声が聞こえる。
 ゴミ箱にそれを捨てて、廊下にでて奴らを見る。
 コソコソと笑い声や罵声が聞こえた。
 奴らを私が冷ややかに見ていると、奴らのうちの少女Aは一瞬戸惑いを見せてすぐに奴らを連れて何処かへと逃げていった。
 他人に直視されて戸惑うのならやらなければいいのに。
 私は重いため息をついた。
 奴らから視線を外し、水道に歩を進めて手を洗った。
 シンクにしたたり落ちる水に手を入れて前後にに両手を互いにこすりつける。
 水道のそばにある石鹸を左手に擦り付けて、その左手を右手に擦り付ける。
 その間、私は脳からわき出す危険信号を理性というストッパーで押さえつけていた。
 頭が割れるほどの憎悪や怒り、悲しみや報復心が腹の奥底から脳髄まで降り積もっていた。
 私と少女Aは『元親友』で、陰でお互いを軽蔑し合っていた。
 それだけでなく、少女Aの憧れの対象である『少年』から『話しかけられた』と言うだけで、いじめを受けるようになってしまった。
 そもそも、私と少年は双子だ。
 学校で話しかけられるのは生活をともにする家族だからであって、恋愛感情などあるはずがない。
 それを少女Aは知っているはずだ。
 そのことを問いつめてみたところ、「私より優先されるお前が憎い。」と、殴られてしまった。
 なぜ少女Aは嫌がらせをしてくるのかは、明確に把握している。
 しかし、それはどうすることもできなくて、少年にも言うか迷った。
 だが「これ以上二人ではいれない。」と、やんわりと言ってみたところ、「嫌だ。」と泣かれてしまった。
 日々頭の中で奴らの姿がちらつき、眠れなくなった。風邪薬を近くのドラッグストアでたびたび買い、それを自己嫌悪に悩まされる夜に飲んでいく毎日だ。
 私は降り積る黒い感情を勉学に励むという形で発散させてきた。
 そのお陰か、学校では成績上位に立つことができている。
 二年生に進級したら大学進学に特化したカリキュラムのコースに進むことが家族会議と保護者懇談で決定しているので、後は進級を待つだけだった。

教室に戻ると部活から帰ってきた生徒や登校してきた生徒、そして担任がいた。
「あ、いたいた。」
少年、将太が私に話しかける。
将太は美術部に所属しており、『イケメン』と言うレッテルが貼られていた。
「今日も置かれてるね。」
「うん、教壇に置いてきて。持ってても使い道ないし。」
「分かった。」
 机の横に鞄をつり下げて、中からスマホを出して机の写真を撮る。
 そのスマホを鞄の中にしまい、今度はノートと筆記用具をだして日付とユリの花瓶のこと、机の中の雑巾のことと廊下で陰口を言われたことを書いた。
 この教室内に奴らはいない。
 奴らは授業をよくサボるので教室ではなく、風通しが良い屋上にいる。
 最近では彼氏を連れ込んで屋上でよろしくやっているらしい。
 椅子に座り、机にチョークで書かれた悪口をなぞる。
 奴らは生活指導という指導を全て食らっていた。
 学校のブラックリスト入りを果たしており、それでもなお悪さをしている。
 それではなぜ、退学処分にならないのか。
 私にもこの問題は分からなかった。なぜだか奴ら以外の皆もこれだけは分からないのである。
「ティッシュで机拭くか。」
「そうだね。」
 将太がブレザーのポケットからポケットティッシュをだし、ティッシュでチョークで書かれた机を拭く。
私は将太からもらったティッシュで机の中を拭いた。
「おいおい、またあいつらがやったのか。」
 担任が近寄ってきて少女の机を見る。
 この担任は停職から復帰したばかりで、前科は生徒に対する暴力だと聞いた。
 学校も人手不足で、こうするしかなかったのだろう。
 ビタ一文の同情もない。
「あいつらの母親、言うとすげー話が長くなるんだよな…。」
 首を振り、持っているノートを開きながら職員室へかけるために内線電話がある壁へと向かう。
 自分が通っている高校には黒板の横に電話機があり、指定の番号を打つとそこへ掛られる構造だ。
 最も、壊れてなければの話だが。
「あー。」
 黒板の方から悲鳴が響きわたる。
 悲鳴が聞こえた方を見ると同時に、電話機のカバーが床に落ちる音が教室に響きわたる。
 どうやら少女Aは電話機の中身をくりぬき、転売をして自分の懐へと納めているようだった。
 転売をして手に入れた金の使い道は、ブランド品か、整形か、化粧品か、香水かだろう。
 そのことを知っている私と少年はとても良い子なので本人には話さないようにしている。
「まったく、この学校にはまともに反省する奴はいないのかよ。」
 担任はブツクサ言いながら、電話のカバーを持って職員室へと行った。
 担任が持っていた電話機のカバーを見てみると、中身を開けるためにこじ開けて形が変形していて、カバーはドライバーで傷を付けたのか、黒い線が異常なほどにカバーに付いていた。
 今回のことのような学校の部品が無くなるのはこれで五回目だった。
 主に基盤や半導体端子が無くなることが多いが、今回のような丸ごと無くなるときは少女Aの考えが私達でも薄々見えた。
 それは貢ぐ金が無くなったからだ。
 警察の介入も入ったが、転売ルートが海外のルートなため証拠が不十分で釈放されてしまう。
 この街の治安は主に学校と生徒が悪化させている。
 だから皆が近づくことができない。
 もし、近づいてしまったら強制的に奴らの仲間にされてしまう。
 教室内に香る煙草の匂い。
 あまり好きではないとみんな思っている。
 しかし、皆どうすることもできなかった。
 
 元々少女Aは入学当初からブランドの鞄を学校に持ってきたり、高級ブランドの香水を纏ったりしない『元気でかわいい子』と言うイメージに沿った外見だった。
 もちろん、取り巻きが直ぐにできて『奴ら』を作った。
しかし、私達双子は少女Aの外見にそぐわない本性を知っていた。
 私達双子は少女Aと同じ小学校で、同じ中学校だ。
 少女Aは、一口でも口を開けば陰口のオンパレードで本人はこれを『愚痴』と認識していたが、少女Aと同じクラスメートは『愚痴』の領域を越えた『陰口』だと猿でも認識ができた。
 当時、某学園アイドルアニメが流行っており、そのアニメがゲーム化し、そのゲームに使う専用のトレーディングカードが必要だった。
 そのゲーム専用のトレーディングカードを持っていた私は、少女Aの標的になった。
 少女Aは私がいない間の我が家に家族が知らないうちに侵入し、母親が席を外している間に私の部屋に入りトレーディングカードを盗んで帰ってしまった。
 盗まれたカードの中には少年と共用で使っていたカードもあり、私と少年が帰ってきて盗まれたことに気が付いたとき、お互いの顔を見合わせて、顔の血が引いた。
 流石に私達双子は幼いながらに少女Aを怖がり、家族に話し少女Aと距離を置いたことを覚えていた。
 この前、久し振りに当時クラスメートだった子と会い、昔話で花を咲かせていた。
 当時流行っていたゲームの話で、ふとカードのことを思い出して、そのことを話した。
 そしたら、驚きの返答があった。
「あ~、懐かしいね。私も同じことあったわ。」
 どうやら少女Aは、他のクラスメートの家にも訪問し窃盗を繰り返していたみたいだ。
 しかも、手口は私の家に来たときと同じ方法だった。
「それに、警察を巻き込んでもあいつの親、ウンともスンとも言わなかったらしいよ。「金払えばいいんでしょ。」って言われたってうちの親が言ってたよ。」
 そういえば、小学校でこの問題が発覚してから被害者だけ集められ、被害内容を確認されたことがある。
 その事があった一週間後ぐらいだろうか、盗まれたカードが返ってきて少年と泣いて喜んだことを思い出した。
「やばいよね。あのゴミ。」
 皆からゴミと言われるほど、少女Aは皆に嫌われていた。

ホームルームが始まっても奴らは来くて、妙な静けさが漂っていた。
 大体、出席の時に奴らの目撃情報がでて居場所が分かる。
 しかし、今日だけは誰も見てなかったのだ。
 廊下側の席が気持ち悪いほど集団で空席になっていた。
 机の上や席の横に、荷物だけがぶら下がってたり机の上に荷物が置いてある。
 教室でざわめきが走る。
 隣の席にいる将太と小さい声で話した。
「ねえ、見た?」
「私も見てないよ。あんたは?」
「僕も見てない。やっぱり、屋上かな。」
「でも、屋上だったら誰か見てるはずでしょう。」
「そうだよね。」
 流石に『イケメン』でも奴らのことを見ていなかったみたいだ。
「まあ、でも。」
 前を向きながら将太は呟く。
「静かになるから良かったんじゃない。」
 時々、双子の兄である少年、将太の思考回路を理解できないことがある。
 特に今、将太の考えていることが分からない。
 昔はお互いなにを考えているのか分かってたのに。
 大したことではない。
 しかし、将太に抱き続ける『恐怖』と言う名の『違和感』が拭えなかった。
「さ、ロッカーに教科書を取りに行こう。大丈夫、きっと全てうまく行くはずだよ。」
 少年が話す途中、ホームルームが終わる鐘が鳴ったが、それも聞こえなかった。

三時間目、『生物』。
 生物は嫌いだ。
 人の秘密を覗いているようで、あまりいい気分ではない。
 そう廊下を歩きながら思う。
 今日の生物は実験を行うので、移動せねばならなかった。
 しかし、その移動先が凄く苦手だった。
 『生物室』という非常にシンプルな名前をしているが、教室の中はシンプルではなかった。
 目玉のホルマリン漬けがあったり、鳥の模型と言う名の綿詰めがあったり、まるで人体実験のような部屋だからだ。
 一歩、また一歩。
 近づいていくにつれて、違和感を覚える。
「においが違う。」
 いつもは実験器具の古くさい臭いしかしないが、今日の生物室の臭いはかなり違った。
 何というか、生ゴミの臭いと汗くさい臭いが入り交じっていてとてつもなく臭い。
しかも、その臭いは近づくに連れて強烈な臭いになっていった。
 直ぐに踵を職員室の方へ続く階段へと走り、階段を駆け下りた。
 夏なのに冷や汗が伝い、呼吸が荒くなる。
 職員室へと駆け込み、
「生物室から異臭がする。」
 丁度いた先生を連れだして生物室の前に行った。
 この強烈な臭いにさすがの先生も危機感を覚えたのか、応援の先生を呼び、先生達だけで生物室へと入室した。
 キイィィ、と横開きのドアが開かれる。
 階段から後から来た双子の少年と友達の話し声が聞こえた。
「これは…」
 先生達が絶句した顔でお互いの顔を見合わせる。
「山田先生、救急に電話をお願いします。」
 先生の必死の顔の向こうが見えてしまい、私はやっとその状況を理解してしまった。
 持ち物を落としてしまったが、そんなことより目の前の光景が絶望に包まれていた。
「うわあああ」
 その場で尻餅を付いてしまい、動けなくなった。
「何!?どうしたの?!」
 兄が私に駆けより、私が見ている方向を見る。
 友達も駆けよって、兄と同じ方向を見た。
「え、なにあれ!?」
「ちょ、救急車!!」
「え…きゃああ」
 叫ぶのも無理はない。
 なぜなら目の前の光景が、皆でさえ信じられない光景だからだ。
 生物室の中に、奴らが転がっていたのだ。
 そしてなぜか口から泡を吹いて転がっている。
 しかも、肌がいつもファンデーション越しでも分かる健康な肌ではなく、気持ちが悪いほど青白い。
 私はあまりにも衝撃的な光景を最後に、記憶が無かった。

知らない天井で知らない照明。
 側には私の大好きなモクローのぬいぐるみと、ヤドンのぬいぐるみ。
 そして将太の姿。
「目覚めた?」
 私はこくりと頷いた。
「そっか、良かった。」
 ほっとした様子で、制服姿の将太をぼーっと、眺める。
 眠気でまだ判断も付かぬ頭で、ふと、奴らのことが気になった。
「どうなったの。」
 起き上がり、モクローのぬいぐるみを抱える。
「大丈夫。倒れただけだよ。」
 テーブルの上には少年が買ってきたドリンクが置いてあった。
「どうかした?」
「えっと、紅茶ってある。」
「うん、あるよ。はい。」
 少年がコンビニの袋を開け、暖かい紅茶を少女に渡す。
 少女は末端冷え性を元から持っており、暖かい物じゃなければ腹を壊してしまう体質だ。
 なので、袋の中の飲み物は全て暖かかった。
 ふと、飲み物が渡されたときに少年の爪の間の赤い物体が気になり、少年に尋ねる。
「その…赤いのどうしたの。」
「え、どこどこ。」
「親指の爪の間。」
「あー。」
 すぐさま、少年はもう一つの指の爪で親指の間にある赤い『何か』をはがして、足の側にあるゴミ箱に入れた。
「何でもないよ。」
 その言葉と同時に、少年の目がとても怖く見えてしまった。
 背筋に冷や汗が伝った気がした。

退院してから、私は少年を避けるように行動をした。
 部屋で一人、ヤドンのぬいぐるみを抱いて、SNSをチェックしていた。
 学校に復帰するのに一週間、休みが有り余っていたので一人の時間を過ごす時間を確保した。
 少年のことや奴らのこと、そして少女Aのこと。
 全てのことについて整理をしたかったので、SNSを閲覧している。
 まず、少女Aのこと。
 後ほど警察から聞いた話だが、少女Aは薬物中毒で倒れただけだった。
 他の奴らも、同じ原因だった。
 ネットニュースやら何やらで、奴らの家は相当な被害を受けたみたいだ。
 これなら、奴らの財産から搾り取れそうだ。
 次に少年だ。
 少年は、私が倒れた後に警察の事情聴取や、現場検証などもやってくれたらしい。
 だが、あの表情とあの目。
 他の人からしたら大したことはないんだと思うが、私は物凄く少年に対して引っかかりを感じていた。
 いつもニコニコしていて、穏やかで、頼りない彼だった。
 あのときの笑みは、どんな意味だったのか。
 考えるのはやめにした。

学校に復帰する為の一週間をポケモンのゲームやなんやらに費やし、復帰した久しぶりの登校日。
 もちろん、マスコミで校門はあふれていた。
「この前起きた薬物中毒事件、どう思っていますか?」
 マスコミがマイクをつきだし、私に聞いてきた。
「そうですね。彼女らはいつも、その、違う意味で注目されるグループでしたから。何となく、ついにか~って感じです。」
「そうですか。有り難うございます。」
 次に聞く相手を探そうとするマスコミに声をかけた。
「あの、これ。」
 私にされたいじめのデータがたっぷり詰まった、USBをマスコミに渡そうとする。
「私が今までされたことです。お役に立つか分かりませんが、」
「ありがとうございます!!これ、使った後はちゃんと返しますね!」
 私が話し終わる前に、USBをひったくるように取り、さっさと帰ってしまった。
 マスコミほど欲がある奴はいない。
 その後さっさと教室に行き、久しぶりに嫌がらせを受けていない机と対面をする。
「久しぶりに見たわ~。このぴかぴかな机。」
「確かに、久々だよね。」
 既に教室に来ていた少年と話す。
 席に座り、奴らが座っていた席の固まりを見る。
 暗く、絶望に落ちたような表情をして集まってスマホを各々見ている。
 いい気味だ。
 ふと、少女Aと目が合った。
 目があった途端、奴らを集団で連れて此方に来た。
「ねえ、あのさ。」
 プライドがあるのか、引きつった笑顔をしながら少女Aは手を合わせて上目使いで此方に話しかけてくる。
 清純派を纏った化けの皮に吐き気がしてくる。
 黒いストレートでアホ毛をワックスでぺたぺたした髪に、萌え袖のためにサイズをでかくしたベージュのカーディガン。
 丸い目でパチッとした二重瞼に、薄くナチュラルメイクをしているけだものの顔。
 黒タイツをしているが、その中は浮気相手のキスマにあふれている足。
 一見して可愛く見えるが、全く可愛くない姿に笑いがこみ上げてくる。
「そ、外にいるマスコミにさ、私達のことでヤクなんてやってないですって言ってきてくれない?」
 睨みと気味が悪い愛想笑いの目で、気味が悪くなる顔に段々と優越感を覚える。
「なんで?」
 にっこりと、少女Aに笑いかける。
「えっと、それはぁ…」
 声が段々と小さくなる少女Aに、もう一度聞く。
「なんで?」
 顔が見る見るうちに歪んでいき、最終的に怖い顔になってこちらに顔を向けた。
「なんでって!!お前が一番知ってるだろ?!このクズ!!クソビッチ!!」
 おもしろいことに、少女Aは本性を簡単に現してくれた。
「怖いよ。希ちゃん。」
 口にしたくない名前だ。
 少女A、希は正気に戻り、猫なで声で私に話しかける。
「ごめんね。とにかくね、マスコミに言って欲しいの!それに、将太君にも言って欲しいんだ!」
 少年、兄、将太は驚いた顔で希を見る。
「え、なんで僕も?」
 将太から聞かれた途端に、瞳を潤して将太にワケを話す。
「えっとね、将太君がいたら説得力も増すし、それに、いらないことも言わないから。だから、ね?!」
 一瞬、私の方を見て将太に話す。
「本当に!お願い!!私達、小学校も同じだし、中学も同じだし、親友だよね!!」
 親友、おもしろいワードを発してくれた。

確かに、私達は親友だった。
 しかし、友情なんてない。
 彼女は私のことを道具としてしか扱ってなかった。
 小学二年生の時、心療内科に通い始めた。
 おかげで小学四年生の時、希のマインドコントロールからやっと解放された。
 学校を変えたわけではないので、彼女の友達を私から奪う癖は抜けてなかった。
 しかし、新しく親友もできたし、友人もできたから友人はいなくならなかった。
 本当に笑いがこみ上げてくる。
「ねえ、あのさ。」
 ゴミに話しかける。
「あの時、お前は言ったよな。」
 希と目を合わせて、小学校の頃に言われたことを言う。
「お前は道具でしか存在価値はないから。」
 静かに席からたち、彼女に一歩一歩近づく。
「能無しのクズ。」
 また一歩。近づく。
「お前はブスなんだから生きている価値はない。」
 希の顎を手で持ち、強制的に目を合わせる。
「あの時私は弱かったけど、あんたより強くなったよ。」
 カタカタと震える希に、顔を近づけて静かに囁く。
「どうせ、マスコミに言ったところで貴方はヤクをまたやるんでしょう。」
 ゴミが泣き出した。
「それに、まだ不倫もしてるんでしょう。」
 ゴミの鳴き声が一瞬止まり、顔が青くなり、震えているが声が大きくなる。
「なんで、お前が知ってるんだよ。」
 手を振りはわれ、突き倒される。
 立ち上がり、スマホを出す。
 このままでは埒があかないので、ある人に頼んだ。
「今の聞いた?令。」
 ずっと繋いでいた通話で、従兄弟の令に話しかけた。
「うん、ちゃんと聞いてたよ。」
 スピーカーにしたスマホから従兄弟の令の声が教室内に響きわたる。
「な、え、ち、ちがうの。令君。これは、そう、あいつの嘘で、。」
「もういいよ、希。興信所を使って君の素行調査をしたよ。」
 希の言葉に被さり、真実を告げる。
「後で話し合おう。」
 電話がここで切れ、後に残ったのが希が吐いた汚物だけだった。

結局、彼女はそのまま教室から逃げ出し、掃除は残った人たちと保健室の先生がやることになった。
「びっくりしたよ。まさか令に電話を繋いでたなんて。」
「そうかな?将太は気付いてたでしょう。」
「あはは、バレちゃってたか。」
 カラカラと笑う将太に、安心を覚える。
 
翌日、希は自殺した。
聞いた途端、めまいがした。
どおして。
どおしてあっけなく死んでしまったのか。
翌朝、案の定クラスは希の自殺のことで持ちきりだった。
「ねえ、将太。なにか知っている。」
唇が震えながらも、将太に聞く。
「知らないなあ。」
そう口を開く将太の顔は、優雅に弧を描いていた。
「だよね。私も何がなんだかわからないし。」
あわてて濁し、帰ろうとする。
「久々に手つないで帰ろうか。」
呼び止められて、足が固まる。
「え、恥ずかしいからやだ。」
防衛本能で出た言葉。
「まあまあ、そう言わずに。」
それを知っているのにもなお、その顔は弧を描き続け決して私を見続けている。
「えっ、ちょっと。」
そう将太を見ていた時、腕を突然掴まれ走り出される。
走り続け、玄関についたときやっととまり、咳き込む。
「ちょっと、いったいどうしたの。」
咳き込みながら、将太に聞く。
「なんとなく。」
その笑顔は今まで見た笑顔よりもとても綺麗で、とても歪だった。
私は誰の復讐をしたのか。誰に復讐をしたのか。
もうわからない。
ただ、私は将太にただ笑顔を向けることしかできなかった。

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