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小説:ゾンビ 2

登場人物のご紹介
僕(主人公):竹田 真一
妻:竹田 由美子
子供:竹田 健
会社の上司:阿部さん
警察:橘さん
万松寺の和尚:渡邉さん
万松寺の巫女:柚子ちゃん
ゾンビのお父さん:?
ゾンビの子供:?
※作中に出てくる団体名、地名などは現実のものとは一切関係ありません。

一週間一生懸命働いて、休日日曜日の朝。朝6時に由美子、健よりも一足早く起きてコーヒーを入れて一服するのがいつもの日課だ。コーヒーはケルディで購入した豆を挽くところからスタートする。コーヒースプーンにちょうど4杯を電動ミルに入れる。きっちり10秒x3回の合計30秒ミルをかける。やや荒挽き。カメックスのコーヒーミルにフィルタを用意し、そこに引いたコーヒー豆を入れる。ダルミューダで沸かしたお湯をまずはコーヒー豆を軽く湿らす程度に注ぐ。きっちり1分蒸らした後、ゆっくりと残りのお湯を注いでいく。ダルミューダの中にあるお湯をすべて注ぎきり、フィルターからお湯がすべて落ちるのを待つ。フィルターから水滴が落ちる速度が5秒以上開くようになったらそれで終了。フィルターは取ってしまいゴミ箱へ。朝のコーヒーの完成だ。
窓の外から、朝のハトが「フーフーポーポー」などと泣いているのが聞こえる。さわやかな、典型的な休日の朝だ。
リビングの窓の外に見える、のほほんと泥塗りをするゾンビの姿をのぞけば・・・

ご存じのとおり、ゾンビは強い未練を残して死んでしまった人だ。基本的に死んでしまっているので、生きている人に備わっている"新陳代謝"という機構は存在しない。では、ケガ(死んでいるのにケガというのか??)などで傷ついてしまったりした場合はどうなるか?もちろん回復しない。例えばパカッとおなかが開いてしまうような傷を負ってしまったら、ずっと開いたままになってしまう。
ところが、である。そんなゾンビたちも一応そういった傷を治す方法があり、それが"泥塗り"らしい。泥を塗ってしばらくたつと、土の中に含まれる微生物の働きで傷がふさがってしまうらしい。
今うちの庭にいるゾンビは、おなかにポコッと大きな穴が開いてしまっていたので、ああやって毎日泥塗りをして傷をふさごうとしているようだ。

って何をまじめに解説してしまっているのか・・・家の庭にゾンビが住むようになってから約一か月、庭にゾンビがいるのが普通の光景になってきてしまっている。
一体この先どうなるのか?などと考えていると、庭で泥塗りをしているゾンビがこちらを向いて目が合った。ゾンビは「ニッ」と口の端をあげたかと思うと、頭を下げてこちらに挨拶をする。隣にいた子供のゾンビも気づいたのか、こちらを向いて頭を下げる。

なぜゾンビが庭に住むようになってしまったのか?一から説明すると長くなってしまうのでざっくり振り返ってみると、
・もともとこのゾンビは、我々竹田家がここに家を建てる前にここに住もうとしていた家族
・新築完成間近というところで、不幸な事故にあってしまい、家族全員が亡くなってしまった。
・新築の家で楽しく家族団らんの食事を夢見ていたものの、その夢がかなわなかったため、強い未練とともにゾンビになってしまう。
・家族団らんの食事をとりたかったという未練を晴らすために、竹田家家族とゾンビの親子とで食事会を開いたところ、未練が晴れた。
・これで成仏かと思いきや、なぜか未練が晴れたお礼がしたいと、家に住み着いてしまった。
というところだ。人生、何があるかわかんないからタノシイ、ヤメランナイ・・・。

結局、我が家にゾンビが住み着くようになったという事実だけが残ってしまった…などと遠い目をしながらコーヒーを楽しむ。成仏させるのに失敗したダメ坊主が「あは、あはは」とか言いながら帰っていった姿を思い出し、ため息をつく。これは、あんまり土曜日の朝から考えたいことではない気がする。
コーヒーを1杯飲み終わったころ、2階の寝室から由美子と健がどたどたと階段を下りてくる。二人で仲良く歯磨きを終え、着替えをしてしまうと、由美子は僕が作ったコーヒーをカップに注ぎ、コーヒーを飲みながら朝食の支度を始める。
由美子が3人分の目玉焼きを作り、イッタラのお皿にサラダとともに盛り付ける。駅近くの食料品やさんで購入したスコーンとジャムを出し、朝ごはんの準備が完了した。健は自分で、冷蔵庫から牛乳を持ってきて準備している。えらいぞ。

スコーンにジャムを塗り、口に運びながら、由美子が話し出した。
「そういえば、ゾンビさんたち、ゾンビさんって呼ぶのもなんだか変な気分だから、名前ってわからないのかしら?」
「うーんどうだろ?簡単な意思疎通はできるけど、苗字とか、そういったものを確認するのは難しいんじゃないかな?」
「そうよね?でも私たちがここに家を建てる前に、この土地に住んでたってことよね?もしかしたら市役所に行ったら何かわかるんじゃない?」
「市役所って言っても・・・」
と口をもごもご言わせたところでふと思い出した。名古屋には日曜開庁日という制度がある。平日市役所、区役所へ行くのが難しい人用に、月に一度日曜日に開庁し市役所手続きなんかをやる制度だ。「いつやっていたのだろう?」と思いスマートフォンで調べると、偶然にも今日である。
「あー、なんか、今日開庁日みたいだね。行ってみる?」
「どうせお買い物くらいしかすることないし、行ってみたい!」
ということで、朝食を終え、掃除など若干のToDoを終えたのち名東区役所へと行くことになった。

区役所へは徒歩で約15分。ゾンビの足だと20分強。一応、過去の情報とはいえ、住人情報とか、土地の権利者情報を調べる必要があるということで、ゾンビ本人にもついてきてもらう。少し前に足を引きずっていた気がするのだが、泥塗りで回復したのかやや遅いながらも普通の足どりになっている。一応ゾンビには区役所についてきてほしい理由を伝えたのだが、わかっているのだか、わかってないのだか・・・?親子でニコニコついてくる。今日はぽかぽか暖かいので若干臭う。

区役所についたので、ひとまず総合案内の女性に声をかける。
「あの、」
「ひゃ、ひゃい!」
声が上ずっている。僕の後ろにいるゾンビを見てドン引きしてるようだ。まぁ、当然っちゃ当然よね。
「あの、実はこちらのゾンビ、私の家に今住み着いてまして、」
「住み着いてる!?」
「ただ、生前の名前がわからなくて、ゾンビさんって呼んでるんです」
「ゾ、ゾンビさん!?」
「生前住んでいた場所はわかるので、登記情報などからこちらのゾンビのお名前など確認したいのですが。」
「あ、ひゃ、ひゃい!土地の登記情報ですね。7番の窓口でお願いします。」
ま、何はともあれ7番窓口ということがわかったので良しとするか。総合窓口から7番窓口に移動するが、来庁者たちの鋭い視線がキビシイ・・・

7番窓口につくと、すでに席で相談中の人がいる。番号的に他に待っている人はいないようなので、次が僕の番のはずだ。ソファに座って順番を待つ。隣でゾンビも神妙そうな顔をして座っている。

5分ほどして僕の番号が呼ばれた。
「3番でお待ちの方、いらっしゃいますか?」
すっと立って、番号を見せて、相談席に座る。当然ゾンビは隣に座る。席に着くと、担当者の方が若干顔を引きつらせながら声をかけてきた。
「お待たせしてしまって申し訳ございません。本日はどういったご用件でしょうか?」
「実は、かくかくしかじかでして、僕が住んでいる土地の前の所有者の情報を知りたいのです。」
伝えると、担当の方は僕が何を知りたいのか察してくれたようだ。
「そう、ですね。登記情報はたどることができると思いますが、まずは本人確認が必要です。いったん、住所をお伺いしたうえで、死亡届を確認してみます。」
とのこと。僕は住所を伝える
「名東区、本郷3丁目・・・」
「わかりました。少々お待ちください。」
そういうと担当者は席を立って何やら調べに行った。

10分ほどして担当者が戻ってきた。
「見つかりました。こちら、該当の土地を所有していた方の死亡届になります。名前を、坂本 篤さんとおっしゃるようですね。」
急に出てきた名前に隣に座っているゾンビが「ビクッ」と反応している。
なるほど「坂本」さんね・・・「土に返る」ってまさにゾンビのことなんじゃ?とくだらないことを頭の片隅で処理しつつ、ゾンビの方を向いた。
「坂本さん?」
と聞いてみると、ゾンビは首が取れそうなほど「ウンウン」とうなずく。どうやらこれは、「坂本さん」で間違いなさそうだ。
「お父様が、坂本雄一さん。お子様が坂本良太さんですね。」
と下の名前も判明する。
僕は区役所の担当者の方に
「ありがとうございます。おかげさまで名前がわかりました。」
と伝えると、区役所を後にした。

ゾンビの名前もわかったことで、なんだか大きく進展した気がして、大きな仕事を終えた気分になってきた。
「ゾンビの坂本さんの名前もわかったことだし、どうだろ?お昼を食べたらモリコロパークに遊びに行かない?」
と提案してみた。モリコロパークとは、2005年に愛知県で万博が開催された際に会場となった公園だ。今は某映画のテーマに沿った建物などが建てられつつある。オープン当初より行ってみたかったのだが、ゾンビ騒動もありなかなか行けてなかった。
「いいわね、今日は土曜日で多少遅くなっても平気だし。健も大きな猫のバスとか見たいでしょ?」
「見たい見たいー」
そして「うんうん」と頭を振っているゾンビの坂本さん。
と満場一致のようなので、午後からはモリコロパークへと行くことにした。

自宅で簡単にお昼を済ませた後、隣の駅の藤が丘駅からリニモに乗って移動する。リニモとは万博開催に合わせて作られた磁気浮上式の列車である。坂道もすいすい振動もなくスムーズに進むので我が家のメンバーもみんな大好きである。
僕、由美子、健の切符を買ったのち「はて?」と思う。ゾンビの坂本さんの分は運賃が必要なのだろうか?改札横にいる駅員さんに質問してみる。
「あの、すみません。愛・地球博記念公園駅まで行きたいのですが、ゾンビの場合は運賃はどうなりますでしょうか?」
駅員さんは一瞬怪訝な顔をしたのち、窓から顔を出して確認する。そしてギョッとした顔をする。
「ゾンビですか!?ゾンビは現状では人権がありませんので・・・」
「ゾンビじゃありません、坂本さんです!」
「あ、坂本さんですか。」
僕もつい先程までは「ゾンビ」と呼んでいたのだが、名前を知ったからか「ゾンビ」と言われてムッとして言い返してしまった。しまった!
「そうですね、坂本さんはゾンビのようですので、今のところ人権がありません。ですので、リニモに乗る際は、大型荷物という扱いで乗っていただきます。一応ですが、3辺250cmは超えてなさそうですので、そのまま一緒に乗っていただいて問題ありません。」
こちらが失礼な態度を取ってしまったにも関わらず、駅員さんは丁寧に答えてくれた。
「そうですか、わかりました。では、改札通らせていただきますね。」
そういって改札を抜けた。

プラットフォームへ通りていくと、そこにはすでにリニモが止まって待っていたので、早速乗り込む。健は先頭車両の進行方向がよく見える先頭の席が好きだ。健が小走りに走っていき、先頭車両に乗り込むと、先頭の席が空いていたので、健がちょこんと座る。
「りょうくんも座る?」
と健がゾンビの良太に声を掛けると、良太くんはブンブンと頭を縦に振って、健の隣に座った。ゾンビの良太くんは喋れないので健が一方的に好きなアニメのことなどを喋っている。ゾンビの良太くんはウンウンと言いながら聞いている。

そうこうしていると発車時刻になり、ドアが閉まった。
車体がふわっと浮き上がったかと思うと、なぜかゾンビの坂本さん、良太くんも宙に浮いていた・・・

「は?」

僕は自分が目にしている状況が飲み込めず、思わず声を出してしまった。

車体がゆっくり動き出すと、ゾンビの坂本さんたちも宙に浮いたまま進む。どうやら一応、宙に浮いているものの、車体と同じ速度で進むらしい。とぼんやり観察していると、由美子が口を開いた。
「ねぇ、ゾンビの坂本さんたち、宙に浮いてるよね?」
「そうだね、ゾンビの坂本さんも、良太くんも5cmくらい宙に浮いてるね。」
お互いに状況認識をした。
”ゾンビは磁気浮上するらしい。”
なんか、新しい真実の扉を開いてしまった気がする・・・

といっていると、ゾンビの坂本さんも自分が浮いていることに気づいたらしい。片方ずつ足を上げて宙に浮いていることを確認すると、突如ぐるぐるとアイススケートの選手のように廻りだした。笑っているので楽しんでいるらしい。10秒ほどぐるぐる回っていると、後ろの車両から車掌さんがやってきた。
「すみません、お客様。こちらは、大型荷物ということかと思いますが、大型荷物は他のお客様のご迷惑にならないようにお持ちください。」
と怒られてしまった。
「すみません。」
といって、手でゾンビの坂本さんの回転を止めた。

ゾンビの良太くんは?と目を巡らすと、宇宙飛行士がスペースシャトルの中でよくやっているように、リニモの車両の中を縦横無尽に飛んでいた。
「やば!」
と思わず声が漏れてしまった。
「すみません、すみません、」
と車両の他のお客様に声をかけながら、良太くんの回収へと向かう。飛び回る良太くんをキャッチし、連れて返ってくる。健の隣に座らせる。
「良太くん、この席に座ってなきゃだめだよ。」
そう言うと、良太くんは「ニッ」と笑顔を見せた。そのあとは目的地の駅まで大人しく乗ってくれた。

目的地の駅につき、リニモから降りると、ゾンビの坂本さん、良太くんは宙に浮かなくなり、しっかりと地面に足をつけて歩き出した。改札で駅員さんに事情を話すとすぐに理解してくれて、ゾンビの坂本さんたちと一緒に改札を抜けた。
「それにしても、ゾンビの坂本さんたち、リニモの中で浮いてたよね?これって新発見何じゃないの?」
と由美子が言った。
「多分、新発見だろうねー。そもそもゾンビをリニモに乗せるってことがなかったと思うし。乗せたいと思う人もいなかっただろうし。」
そもそも磁気浮上式の電車、乗り物自体が少ないということもある。しかしこれはなにかの役に立つものなのか・・・?

3時間ほど、映画をテーマにしたエリアで建物を眺めたり、写真を取ったりしたあと、帰路につくことにする。僕、由美子、健で遊ぶことに夢中になってしまっていたので、このタイミングになって、ゾンビの坂本さんがいないことに気づいた。
「そろそろ帰る時間だと思うんだけど、ゾンビの坂本さん、どこ行ったんだろ?いないよね?」
由美子がつぶやく。
「いないよね?ちょっとこの辺り探してみよっか?」
映画をテーマにしたエリアに来るまでは一緒にいたはずだ。
「おーい、ゾンビの坂本さーん」
と少し大きめの声を出して探す。

30分ほど探したのだが、見つからない。
「どうしよう?」
由美子が心底困ったという感じでつぶやいた。
「見つからないし、もう遅いし、一旦帰ってまた探しに来るしかないんじゃないかな?」
と僕が言う。由美子は渋々という感じで頷いた。
「ゾンビの坂本さん、僕たちの家の事気に入ってくれてるかな?」
「それは、気に入ってれてるんじゃないかな?なんだかんだずっと庭にいるし。」
「じゃぁ、効くかどうかわからないけど、お札を使って"エイヤー"ってやってから帰ろうか。」
お札。ゾンビとか死んじゃった人に何らかの効果がありそうなイメージは僕も前々から持っていた。ところが実際に使ってみると、成仏とか、悪霊退散とかそういったたぐいの効果があるのではないということがわかった。万松寺の和尚曰く「その零や、不浄のものにとって、一番居心地がいい場所へと還っていく」のがお札の効果らしいのだ。ということなので、もしゾンビの坂本さんが我が家を居心地が良いと思ってくれているなら、お札の効果で戻ってきてくれるのではないかと思うのだ。

ということで、財布の中からお札を取り出し、おもむろに天に掲げ、お祈りをしてみた。
「迷子になってしまったゾンビの坂本さん、良太くんが我が家に還ってきてくれますように。エイヤー」
と心のなかで願うと、お札から"ビカー"っと光が溢れ出てきた気がした。多分これで大丈夫だろう。
「今、御札でお祈りしたから、きっとゾンビの坂本さんは我が家に帰ってきてくれるよ。」
と由美子と健に言い聞かせ、帰路についた。

その晩、ゾンビの坂本さんと良太くんは我が家には還ってこなかった・・・

「お札、効果なかったのかな?」
次の日の日曜日の朝、健がひとりごちった。
「どうだろ?ゾンビは結構歩くの遅いから、モリコロパークから歩いて返ってくると時間がかかるのかもねー」
と由美子。
ゾンビの歩く速度はおよそ人の7割程度。時速3km程度というところだ。一晩経っているので、30km程は移動できる計算だ。無論、ゾンビなので疲れるということはなく、夜通し歩き続けることが前提の計算だ。
朝になっても還ってこない。ということについて、いくつか理由を考察してみる。

1. 御札の効果がなかった。ゾンビの坂本さんは未だモリコロパーク辺りをうろついている。
2. 御札の効果はあった。ただ、還るべき方向がわからず、違う方向へ還ってしまった。
3. 御札の効果はあった。ただ、我が家ではなく、前お札を使ったときに還っていった先である、明徳池の方へ還ってしまった。

1はあり得る。お札の効果範囲がどの程度か?がわからない以上、お札が確実に効果があったとは言えないのだ。
2はどうなのだろうか?リニモの中で浮いてしまっていたことを考えると、ゾンビは体質的に地磁気などの影響を受けやすい気がする。なので、方向を間違える可能性は低い。気がする。
3は残念ながら、最も有り得そうだ。お札を使って我が家に還ってくることを試したことはこれまで一度もない。

「そう、だね・・・一番簡単に確認できるところとして、明徳池に還ってしまっていないか?をとりあえず確認してみようか。」
と由美子と健に提案してみる。提案してみると同時に、先程考えたいくつかの理由を由美子と健にも共有する。
「そうか、そう言われてみると確かに、明徳池を探してみるのが一番手っ取り早いかもしれないわね。」
と由美子は賛成の模様。健はこのあたりのことはまだ難しくてわからないようだ。ということで、由美子の賛成も得られたので、今日の午前中は明徳池にゾンビの坂本さんが還ってないか?を確認しに行くことにした。

明徳池までは自転車で約15分。由美子は電動式自転車に乗っており、健は後ろの子供用の席に乗っている。自転車を漕ぎ出すと、あっという間に明徳池に到着した。自転車を降りて早速ゾンビの坂本さんを探し出す。
「おーい、ゾンビの坂本さーん、還ってませんかー?」
釣りをしている釣人がこちらのことが気になるのか、チラチラとこちらを見てくる。だがそんなことにはかまっていられない。こちらは大事な迷いゾンビを探しているところなのだ。
「おーい、おーい」
と30分ほども探し続けた。だが、ゾンビの坂本さんがいる気配はない。
「どうやら明徳池には還ってきてないみたいだね。」
と由美子と健に伝える。
「念の為、お札をここでも使ってみてから帰ろうか?」
と提案してみた。
「そうね、近くにいたらそれがきっかけで家の方へ還ってきてくれるかもしれないし。」
ということで、財布からお札を取り出してお祈りをする。
「エイヤー」
いつもの通り、お札を天に掲げてお祈りをしてみた。

だが、いつものように「ビカー」っと光ることはなかった・・・


お札の効果がなさそうだったので、その後も30分ほど声を出して探し続けた後、僕たちは帰宅した。
家の庭にもゾンビの坂本さんと良太くんは還ってきていない。
「還ってきていない。となると、まだモリコロパークの周りをうろついているのかもね?」
「お昼ご飯を食べたあと、もう一回モリコロパークに行ってみよっか?」
「行くー、良くん、探しに行きたい!」
と健が珍しく自分の意見を主張する。
そういうわけで、今日も午後からモリコロパークへと行き、ゾンビの坂本さんと良太くんを探すことにしたのだった。

愛・地球博公園駅に到着し、モリコロパークに入ると、まずは案内所の人にゾンビを見かけなかったか?を聞いてみることにした。
「すみません」
「はい、どうされました?」
「実は昨日、ゾンビの坂本さんと一緒にモリコロパークへ来たのですが、はぐれてしまって。」
「はぁ? ゾンビの方と??」
「えぇ、それで一晩経っても還ってきてないので、また探しに来たんです。どなかた公園の関係者様の中で、ゾンビを見かけたという方はいらっしゃいませんでしょうか?」
「そう、ですね、ちょっと確認してみますね。」
というと、案内所のおねーさんはどこかしらへと電話を始めた。聞き耳を立てて聞いていると、「ゾンビが」「はい、はい、」「あぁ、そうですか。」などといったやりところが断片的に聞こえてくる。
「そうですね、今確認してみました。昨日の夕方頃にゾンビを見かけた。と清掃係の環さんからの報告があったようです。ただ、それ以降、例えば今日の朝の清掃のときなどは、ゾンビを見かけたという報告はなかったようです。」
「そうですか。。。 環さんという方は、いつ頃、どのあたりでゾンビを見かけたのかわかりますでしょうか?」
「夕方6時頃、公園西駅の方の出口付近で見かけたそうです。」
「観覧車とかある方ですか?」
「そうですそうです。」
なるほど。時間的には僕がお札を使ったのよりも後の時間だ。しかも方向的にも僕の家の方である。ということは、一応お札の効果はあって、僕の家の方へ帰ろうとしていたようである。
「わかりました。もう少し探しています。ありがとうございました。」
と案内所のおねーさんにお礼をいい、案内所を後にした。

観覧車の方、という話があったので、確認がてらブラブラと歩いていく。観覧車のところまでたどり着くと「高いところから見ればもしかしたら見つかるかも?」と思い、家族で観覧車に乗ってみる。一番上まで行くと、長久手のイオンや、アピタの方まで見通すことができる。とはいえ、やはりゾンビが2人、航空写真から人を探すようなもの。なんのヒントも見つからない。やはり見つけるのは難しいのか・・・?
観覧車を降りると、そのまま公園西口駅の方へと歩き、リニモに乗った。

「結局見つからなかったね。」
と健。その言葉はなんだか寂しそうだ。
「そうだね。でも一生懸命、健のおうちに戻ってこようとしてるかもしれないから、もう少しだけ待ってみようか?」
「ゾンビの坂本さん、いないと寂しいな。健が園から帰ってくると、坂本さんと良くんが手を振ってくれるんだよ。健はたまにおやつを一緒に食べてるんだ。モレックも一緒にするし。良くんいないと寂しいよ。」
と目に涙を溜めながらつぶやく。
「このままでは健がかわいそうだ。絶対にゾンビの坂本さんを見つけねば。」と改めて心に誓う。
藤が丘の駅からゾンビの坂本さんがいないか気にしながら家へと帰宅する。
家に到着したが、やはりそこにはゾンビの坂本さんの姿はなかった・・・

翌朝は月曜日。会社へ行く支度をしていると、突然電話が鳴った。
「もしもし、竹田さんですか?名東警察署のものですが。」
「はい、竹田ですが。警察の方がどうされました?」
特に警察から連絡をいただくようなことはしていないよな?と軽く頭の中を整理する。うん、ない。ないはずだ。
「あー、竹田さん、私、名東警察署の橘です。以前お宅にゾンビがいたかと思いますが、たぶん同じゾンビがいましてね。」
「え?そうなんですか?どこにいるかわかりますか?」
「竹田さんのお宅から少し南に行ったところに、グリーンロードと高速の陸橋がクロスしてるところあるでしょ?そこの横断歩道のところにゾンビがいるって通報が何件かあって。竹田さん、ゾンビの追い払い方も知ってると思うし、もし時間があったら見てきてくれないかな?って思って。」
「そうなんですか!すぐに見てきます!」

「坂本さんだ、坂本さんだ!やっぱり帰ってきてたんだ!」
とうれしい気持ちで心を満たしながら、走って教えてもらった場所へ移動する。と、交差点の向こうに困り果てた顔で突っ立っているゾンビの坂本さんと良太君を発見した。
「いた!」
うれしさのあまり、思わず声が出る。
ゾンビの坂本さんと目が合ったので、左手を大きくブンブンと振ると、ゾンビの坂本さんがただでさえ腐り落ちそうな口を大きく開けて、同じように左手をブンブン振り回してくれた。嬉しさのあまり勢いよく手を振りすぎたからか、左手がもげ落ちている。ゾンビの坂本さんは落ちてしまった左手を右手でもってまたもやブンブンと手を振ってくれている。
そうか、こんなところまで歩いて帰ってきてくれてたんだ。「最後の最後でグリーンロードの4車線道路が越えられずに困ってたんだ。」と理解が追いつく。
横断歩道を渡って、ゾンビの坂本さんのもとに到着する。坂本さんもうれしいのか、再開のハグをしてくる。丸一日ほど外で雨風にさらされたゾンビの坂本さんは、正直臭い。いや、かなり臭い。でも今はゾンビの坂本さんと再会できた喜びでそんなことは気にならなかった。

「坂本さん、グリーンロードが横断できなかったんだね?」
と声をかけると、ブンブンと頭を縦に振る。
「そうかそうか、でもよかった。」
そういってゾンビの坂本さんの背中をトントンする。
「確かに、ゾンビは4車線以上の横断歩道は渡れなかったんだね。でも裏技を知ってるから、その裏技を使って渡っちゃおう。」
というと、僕は歩行者用の横断歩道ボタンを押した。
まもなく車用の信号が赤になり、歩行者用横断歩道の信号が青になった。
「ほら、坂本さん、横断歩道を渡って。」
というと、坂本さんは若干不安そうに横断歩道を渡り始める。
はっきり言ってゾンビの歩く速度は遅い。
横断歩道の半分ほどまで行ったところで、歩行者用信号が点滅を始めた。
不安そうにゾンビの坂本さんが振り返る。
「大丈夫だよ」
僕はそういうと、歩行者用横断歩道の押しボタンを5秒間、長押しした。
「ピーピッピ」
という音とともに歩行者用信号の点滅が止まり、点灯に戻る。
「秘技、カウンタキャンセル」
誰に言うわけでもなくつぶやくと、僕は走ってゾンビの坂本さんを追って横断歩道を渡った。

うちの会社では組み込みソフトの開発をしているが、時に大規模プロジェクトの部分的な開発を請け負うこともある。実は過去に信号機の制御ソフトウェアを開発していたのだ。そしてその時にデバッグ用に埋め込んだのが今の挙動だ。まさか、こんなところで役立つとは!
こうしてゾンビの坂本さんと良太くんは無事に横断歩道を渡り終え、我が家へと帰り着いたのだった。

ゾンビの坂本さん、良太君と家へ戻ると、庭では由美子と健が待っていた。
「良くん!」
健が叫んでゾンビの良太君に抱き着く。園服が汚れてしまうがお構いなしだ。健のうれしそうな顔を見ると僕までうれしくなる。
こうして、ゾンビの坂本さんと良太君がいる日常が戻ってきたのであった。

ただし、ゾンビの坂本さんはどういったところを歩いて帰ってきたのかわからないが、背中に刀が刺さっていたり、その刀に数珠が引っかかっていたりした。
またなにか、新しい事件が起こる気がしてならない・・・


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