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ようこそ"本格的"ミステリの世界へ ~夜方 宵『探偵に推理をさせないでください。最悪の場合、世界が滅びる可能性がございますので。』を読んで~

 正直な話を、私はタイトルは短い方が好き派だ。だがその意見が本質からややズレていたということに気が付く機会があった。それが今回紹介する『探偵に推理をさせないでください。最悪の場合、世界が滅びる可能性がございますので。』(以下『すいほろ』)だった。実際に数えてみると句読点も含めてぴったり40字。背表紙のみっちり具合も他に追随を許さない。

 普段ならそこまで気にならない文字数なのにどうしてこうも興味を持ってしまったのだろう? 振り返って考えるに全てを説明しない、一度その意味を読者に想像させるタイトルだったからだろう。すぐに分かるタイプでも引っ張るタイプでも、どうやら私はタイトル回収が好みらしい。言われてみれば『すいほろ』は文字数が長くとも不思議さを出してくるタイトルだ。それ以外にも興味深い要素が非常に多い。今回はそんな『すいほろ』について紹介していこう。

あらすじ

 ミステリ好きな高校生、福寄幸太ふくよせこうたはある日本格ミステリに多大なこだわりを持つ本格的名探偵推川理耶おしかわりやに助手として大抜擢される。拠点を確保し複数人の助手も集まりいざ本格的に始動! という時に事件じけんが発生する。理耶が滅茶苦茶な推理をしたのだ! 本来ならば存在しない架空生物、しかし幸太はそれを見てしまうことになる。

 実はこれにはカラクリがあった。理耶は自身の推理を世界に反映させる異能『名探偵は間違えないルールブック』の持ち主で他の助手たちは理耶の監視等で派遣された組織の人間だったのだ!

 理耶が変えた世界を戻す方法はただ1つ。正しい推理を行うこと。幸太はミステリ知識を買われ正しい推理を行うことに。こうして探偵チーム『本格の研究スタディ・イン・パズラー』の活動は幕を開けたのだった。

詳細と注目ポイント

旧き良き学園もの基盤

 まず読んでいて最も予想外だったことがある。それはぶっ飛んだように見えてベース自体は王道寄りでかっちりしている。これはあらすじや事前情報では中々掴めなかった。

 これだけだとあまりにも抽象性がないので少し例を挙げよう。1番に出すならやはり理耶のハチャメチャ具合だろうか。彼女は第1章で幸太及び我々をミステリ読者という立ち居ちから非日常へと勢いよく引きずり込んでいく。個人的にこういった風に皆をいきなり非日常へ迷い込ませる存在は最近縁遠かったこともあってかどこか新鮮味を感じた。

 また彼女が立ち上げた『本格の研究』(SIP)も王道らしさの演出を手助けしているのかもしれない。唐突に立ち上げられた謎の組織(?)も最近そう見ていなかったような気がする。

設定が濃い! まるでクロスオーバー

 『すいほろ』でも数多い最大の特徴としてミステリでありつつも異能等が登場していることがあげられる。最近はミステリでも異能出てるし馴れてきたな……と思案していた所斜め上の発想をブッ込まれてしまった。確かに異能と一纏めにできない訳でもないが魔法少女だったり異形が出てきたりもするし、何しろそれぞれの設定というかバックボーンが全然違う路線なのだ。

 方向性が全く違うのにも関わらずそれぞれかなり詳細な設定が組み込まれている。ものによったら1つの設定だけでも別の作品が作れてしまいそうなぐらいだ。まさかここまでバラバラだとは知らず最初読み進めた時は恥ずかしながら少々混乱してしまったほどだ。1つの作品ではなく夢のクロスオーバー作品なのかもしれないと錯覚させられてしまう。

勿論本格には敬意を払って

 闇鍋のような気がある『すいほろ』。その最大の魅力というのは読む方それぞれが違う答えを抱えていることだろう。私はそれが「本格ミステリへの敬意」だと考えている。

 序盤の理耶と幸太の本格ミステリ談義から始まり現場の見取り図や参考人の聞き取り調査。更に、理耶が本筋から大きく逸れた推理を披露したとしてもその陰に隠れてしまった真実が蔑ろにされる訳でもない。あらすじにも書いたように、理耶のハチャメチャな推理とは別に真実を明かさねばいけないのだ。1つの事件につき空想チックに解釈されたものと現実基準で推理されたもの、2つの真相が用意されている。これは他では見られないのではないのだろうか?

 また、ミステリとしてはタブーとされがちな異能の使用は理耶の改変により発生するアクションがメイン。ストーリークラッシャーとなり得るものも推理を妨げないように調整されている。これらのきっかけは理耶の推理による能力発動のため、事件自体は通常のそれと大差ない。

 このように、『すいほろ』では本格ミステリへの敬意が払われておりそのギャップが強い独自性を出しているようにも思われる。

さいごに

 実際の所、『すいほろ』の世界観は異能力をはじめとしてフィクション要素が多すぎて完全に本格とは言い難い。それでも形式などはできる限り本格に近づけようというギャップが確認できる。こういった近似の関係があるから"本格的"という言い回しがスパイスの効いたものになったのかもしれない。中々に興味深い世界観だった。

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