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これから語るは文字の先 ~道草 家守『帝都コトガミ浪漫譚』を読んで~

 私は「どのジャンルが1番好き?」と尋ねられると答えに行き詰ってしまう。何せ王道なものに食指が動くこともあればマニアックなジャンルに手を出すこともしばしば。フラフラした末には「作者様の好きな物が詰め込まれた作品」が答えなのかと思うようになった。製作経緯が明言されない作品も多いため、主観的な部分が抜けきれないのだが。

 先日SNSにて存在を知った『帝都コトガミ浪漫譚』もそのタイプだという。これに関してはあとがきにて明記されている。とはいっても最初はそんなことも悟ることなくこの世界に浸り込んでいた。純粋に大正ロマンと本が中心に据えられているという私好みの設定が目白押しだったからう。趣味が合うと嬉しくなって更に楽しさが倍増するのもこの手の作品の特徴なのかもしれない。

 前置きが長くなたが、それ以外にも魅力の詰まった『帝都コトガミ浪漫譚』、今回はこの作品について語っていく。


あらすじ

 この世界では古来より神魔と呼ばれる人ならざる存在を本に封じ「言神コトガミ」として奉られてきた。そして、言神を奉り、時には従わせる弁士と共に人々に慕われていた。

 時は近代、帝都にて職業婦人の御作 朱莉みつくりあかりは架空の物語が苦手で、それらと関わらない生活を営んでいた。そんなある日、神魔が暴れ、彼女の寮は燃やされてしまう。

 現場に駆け付けた言神により騒動は落ち着いた。しかし朱莉は家財道具を全て失い、会社もまともに取り合ってもらえない状態。今日の寝床すら怪しい朱莉の元に現れた先の言神、夜行 智人やぎょうともひとが現れ「主になってほしい」と頼まれる。

 それは流石に重すぎたため断った朱莉。しかし、次に来た提案は「言神の住まう館にて住み込みで管理をしてほしい」というもの。しかもあまりにも好条件。そんなわけで、物語嫌いな朱莉は一癖も二癖もある言神を知ることになるのだった。

詳細と注目ポイント

華やかに、でも分かりやすく

 あらすじにも書いた通り、この物語は架空の近代を舞台としている。細かい時代区分で言うと、明治大正あたりだ。架空といえど、街の描写や世情の説明もしっかりとなされており、1つの風景でも奥深く、鮮やかに色付いて見える。

 現代とは勝手が異なる時代と聞いてこの本に馴染めるのか、はたまた主人公に没入できるのかと疑問に思った方も少なくないかもしれない。だが、主人公である朱莉は男尊女卑という時代の性こそあれど、自立して働いていたり、生活方面でちゃっかりしていたりする所を見ると、現代人のような思考に近いのかな? と感じてしまうこともある。勿論、彼女はその時代に生まれた人間なのだが。

 彼女以外の登場人物も時代背景を取り入れつつ、どこか現代人と共通認識を持ち合わせたかのような描写があったから、時代もの特有のギャップ差を濃く感じさせなかったのかもしれない。

あやかしもの×ビブリオ系⁈

 価値観を共有できる人間がいるからこそ、言神様達の人ならざるもの感がこれでもかという程鮮烈だったのかもしれない。それではここからは物語の中心となる言神様達についてのお話に移ろう。

 あらすじにも大方書いたのではあるがもう一度。この作品においては魑魅魍魎(作中では神魔と呼ばれている)が普通に存在し、時には人間に対して被害をもたらす。そんな神魔を本に封じて奉り、鎮めさせたのが言神様だ。

 説明をざっくりしてみると本が関わってくる話としてはかなり独自性が強いようにも思われる(私が無知なだけかもしれない)。だが、形が違うとはいえ悪しきものを神として奉る風習も、奇妙な伝承が物語として語り継がれているのも現在進行形で行われる風習だ。

 ジャンル論でいえばライト文芸の王道であるあやかしものに独自性が足されたように感じるが、もっと広い視野でみると伝統文化の掛け合わせという観点で見ることもできる。だからこそ、突飛ながらも斬新な発想としてすんなりと受け入れられたのかもしれない。

空想嫌いと物語

 それでは1度人間側の話題に戻そう。この話をビブリオ系と捉えるにあたり、最も注目すべき点は主人公である朱莉が物語を嫌っているという点で間違いないだろう。活字そのものにを嫌悪しているという訳でもなく、本当に架空の物語だけが嫌いなのだ。実際、それをハッキリと思い出させる描写が幾度となく挟まれる。

 こうした彼女の姿勢は私生活だけではなく言神様との交流にも色濃く表れる。ここであらすじで少しだけ触れた弁士について軽く説明する。弁士の役割として言神様に記された物語を自身の表現で語って言神様の力を増幅させるというものがある。この設定が色々と重要なのだが詳しい所はこの記事の文字数上やむなく省くとして、こうした語りという朱莉が苦手とするところを自分のスタンスで行っていく場面がかなり熱いのだ。エピソードの秒矢もとてつもなく深いので、じっくりと堪能して欲しい。

さいごに

 最初に長々と書きすぎてしまったのでまとめは短めにいこう。会話で感じ取れる距離感やささやかながらも後で大きく意味を持っていたことが分かる伏線など、メタ的な視点でも文字を大切にしている本作。興味があれば是非手に取って欲しい。

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