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その魔法は"うそ"か"まこと"か ~三田 誠『魔女推理』を読んで~

 唐突だが、皆さんはお気に入りの作家の新作は無条件で購入する、所謂「作家買い」をしたことがあるだろうか? 私は興味のある内容かどうかで判断するためほとんどない。興味のある内容だなと思ったら偶々以前読んだ本と同じ作家先生が書いていたというニュアンスの方が多いかもしれない。この人だからという理由のみが動機になる事はあまりない。

 という思考回路なせいか、『魔女推理』はかなり特殊な動機だったのかもしれないと今更ながら思う。そう、柄にもなく「作家買い」をしたのだ。実は前々から同作者先生のシリーズを読み進めているのだ。そんな最中での『魔女推理』の存在を知った時はまさしく晴天の霹靂だった。好きなシリーズの作者先生による全く新しい物語。しかも私が好きなシリーズと同系統の作品ときた。一体どのようなものなのだろう? という知的好奇心からこの本を手に取ったのだ。


あらすじ

 地元の田舎・久城市に帰ってきた薊拓海あざみたくみ。そんな彼の元にクラスメイトがある噂を持ちかける。かの地に古くからいるという久城の魔女の噂。最初は知らないふりをしようとした拓海だったがあえなく見透かされてしまう。魔女に興味を示すクラスメイトにある異変が生じる。この一件により、拓海は"彼女"から逃げることを諦め、再開することを決意する。

 彼女の名は檻杖おりづえくのり。彼女は拓海の幼馴染にして久城の魔女なのだ。魔女は死を食べて、その死にまつわる記憶を再生する。故に彼女は死を求める。その力によって死にまつわる嘘が暴かれようとも……。

詳細と注目ポイント

現代なのに"らしい"雰囲気

 思った以上にあらすじが上手く纏められなかった。おかしい、再読したはずなのに……。

 とまぁタイトルで分かる通り本作はミステリものとなっている。非常に端的で分かりやすいタイトルだ。とその前に『魔女推理』の『魔女』部分について少しだけお話を。

 皆さんは魔女にどういったイメージを抱いているだろうか。鍋で怪しいものを煮込んでる? それとも箒で空を飛ぶ? それも王道かもしれない。だが本作における魔女はどこか現実的だ。

 本作における魔女、とりわけ久城の魔女については作中でも様々な伝承を引き出しつつ推測されている。時には科学理論のようなものも出てくる。そうした観点の話を聞いていると人々が魔法だと信じてきたものは案外大したものではなかったのかもしれないと錯覚させられる。それでも人外の域に片足突っ込んでるような気もしなくもない。この本で「高度に発達した科学は魔法と区別がつかない」の一端が分かったような気がした。

 また、くのりの容姿や閉塞的な地域のお屋敷に住んでいたりというところから、古の魔女のイメージを丁寧に現代に落とし込む。この作品の魔女からはそういったものを感じ取れる。

 多種多様な魔法や伝承にかんする知識をふんだんに取り込んでいくのは三田先生の過去作を彷彿とさせる。だが、私が読んだことのある過去作はファンタジーの方が強かった。ラノベとライト文芸のフォーマットの差も一因だろうが、新たな色合いの世界が構築されているのは本当に凄いことだと私は考える。

推理の形、どう見るか

 それでは今度は『推理』の方に少々。この作品で行われる推理の形について私なりの視点で見ていきたい。

 推理の言葉はそのままの意味で受け取っても大丈夫だろう。この物語のカギはくのりが死を食べることだ。逆説的にこの物語には死が不可欠となる。本作は死の謎に迫るミステリものである。

 本来ならもっと別の事に焦点を当てるべきなのだろうが、今回はどうしても脇道に逸れたくなってしまった私を許してほしい。今回は『魔女推理』がライト文芸ミステリと断言できるかに焦点を絞っていきたい。

 ライト文芸ではミステリが主流ジャンルとなっている。これはほとんどの読書人は知っているだろう。だが、ライト文芸におけるミステリはテレビドラマで流れるそれとは些か違う。

 ライト文芸におけるミステリは専門的な言葉で言うと「コージーミステリ」に分類される。砕けた言い方にすると「日常の謎」になる。詳しい話は割愛するとして、ここで最も注目すべきなのは「コージーミステリでは事件で人が死なない」ということだ。

 もしかするとここで1つの疑問が浮かんだであろう。『魔女推理』のレーベルは新潮文庫nex。ライト文芸のレーベルだ。そして、くのりは死を食べるということ。この物語はライト文芸のミステリには珍しい類いのものなのではないか? と。

 だが、この物語には非日常というよりかは日常という言葉の方が似合う気がする。それは死の書かれ方が特殊だからだろうか。ネタバレになるので詳細には言えないが、この物語における死は決して直接的ではないように感じられる。水平線の少し先にあって、それを"魔法"で一気に引き寄せているかのような、そういった感覚だ。そういうこともあってか個人的に分類を断言するのは少し難しいような気がするのだ。

エピローグは衝撃のラスト⁈

 ライト文芸ミステリの方式でもう1つ。それは「連作短編」であることが多いとされている。『魔女推理』もその例に漏れない。だが、私はこの本の真骨頂はラストにあると考えている。ざっくりいうと最後の最後に伏線回収を行っているということだろうか。エピローグだからと油断していたものだから途中で背中がゾワリとしたのをよく覚えている。拓海とくのりの関係性の重要な総まとめにもなるので、気を抜かずに読んで欲しい。

さいごに

 『魔女推理』は魔法に焦点をあててもミステリに焦点をあてても型にはまりきらない。単純な二元論では決めつけられない黄昏時のような作品だとこの記事を書くための再読中に考えた。もっとも私は時折変な考え方をするから今回もその類だと思うのだが。

 それでもフィクションとしてはお馴染みのモチーフでもここまで新鮮味があるものなのかという思いは真っ当な感性だと思いたい。

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