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これが数学のロマンだ! ~サイモン・シン/青木 薫訳『フェルマーの最終定理』を読んで~

 私の記事の読者は恐らく文系理系で言うところの文系に相当する方が多いだろう。その中にはきっと数学が苦手な方もいるはずだ。実の所、私も現在進行形で数学に苦しめられている。講師や教科書の解説を何度見聞きしても何が起きたかサッパリでちんぷんかんぷんになってしまう。

 常人には理解しがたい理論や計算式が先行し、理系の学問ということもあって最先端のイメージが強い数学だが、その歴史は途方もなく古い。古代からの付き合いと言われるといまいちピンとこない。

 そんな数学史の中も一筋縄ではいかない。そのうちの1つを取り扱ったのが『フェルマーの最終定理』だ。この本はタイトルと同名の定理が証明されるまでの過程が描かれている。

 数学史の1エピソードなんて大したことないと考えただろう。しかし、本書は500ページにも及ぶ大作なのだ。勿論脇に逸れることもあるのだが、それを抜いてもかなりのボリュームだ。それほどにまでこの定理にはドラマが詰まっているのだ。


あらすじ

 数の仕組みは常に誰かによって証明される、そのはずだった。ある数学者によって提唱された仕組みの証明は決して本人の口からなされることは無かった。その仕組みはやがて提唱者の名をとって"フェルマーの最終定理"と呼ばれ国籍、時には性別を問わず様々な数学者を巻き込むこととなる。

 その期間、およそ3世紀。だが全てはそこには収まらない。数学史全てを巻き込んだ大問題が今紐解かれようとしている。

詳細と注目ポイント

How to フェルマーの最終定理?

 まずは本作のタイトルにあるフェルマーの最終定理とはなんぞやというお話を頭の整理がてらやっていこう。このタイトルに見覚えはあっても実際にはどんなものかピンとこない方も少なくないはずだ。第一、私もこの本のタイトルから存在を知ったクチだ。フェルマーの最終定理とは文字通り、数学者ピエール・ド・フェルマーにより17世紀に発表された。

 早速お見せしましょう。これがフェルマーの最終定理だ。

この方程式はnが2より大きいとき、整数会を持たない

 数学だからもっと複雑な式がくると身構えていたことだろう。しかし、この方程式が発表された当時周囲を納得させるための証明は存在し得なかった。代わりに以下の文章が添えられていた。

 私はこの命題の真に驚くべき証明をもっているが、余白が狭すぎるのでここに記すことはできない

本編118pより

 そしてついぞ本人からこの証明がされることは無かったのだ。答えがあるけど誰も知らない状態になってしまう。というのがフェルマーの最終定理のあらましだ。

 過去の天才が残した問いに立ち向かう者達。このシチュエーションはまるでフィクションのよう。しかし現実の、数学界において確かにあった出来事なのだ。

範囲は数学史全体に渡る⁈

 なるほどつまり300年に渡る壮大な物語なんだと早合点するのは少し待って欲しい。実はこの本はフェルマーが定理を発表した瞬間から始まらないのだ? じゃあどこから始まるかって? それよりもずっと昔。ピタゴラスが生きていた古代ギリシャからなのだ!

 フェルマーと古代ギリシャは直接的に結びつくのだろうか? そこで先ほどの式をもう一度見て欲しい。nに入る数として指定されているのは3以降。では2を入れるとどうなるのか。

 これならば見たことある方も多いだろう。世にも有名な三平方の定理だ。学校の数学の授業で絶対に習っているはず。そう、フェルマーの最終定理はこの式をステップアップさせたものなのだ。そういう背景が重なったこともあり、本作は古代から綴られはじめている。

 本題に入る前のパートも短いながら数学とはどのようにして紡がれてきたのかを知るための段階でもある。何も知らない数学についていきなり専門的な所から入るのではなく、何も知らない人でも入りやすい構図になっているのかもしれない。

MVPは1人じゃない!

 『フェルマーの最終定理』の最大の特徴は何といっても証明までに時代も場所もバラバラな複数人が深く関わっていることだろう。当然300年かかっているのだから1人の功績にはなりえない。だが、全体を通してスポットが当たった人物は実に多種多様だ。この作品ではなんと女性の方や日本が取り上げられている。

 様々な人物にスポットが当たると言われると群像劇を彷彿させるかもしれない。だが、章ごとに各人に注力して書かれている為、群像劇ではなくてシリーズ物のドキュメンタリーにずっと近い。こうした1つの歴史という土台があるからこそ可能な手法なのだろう。

さいごに

 ふと見かけて興味を抱いたはいい物の、正直なところ海外の翻訳系の小説に対してあまりいい経験が無かったこともあって、読む前は不安を覚えいた。だが、語り口も構成も非常に読みやすく、苦手分野の長い話も物語として楽しむことができた。同じ作者による別の本もいつか読んでみたいと考えている。

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