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目先の君は過去の中 ~四季 大雅『ミリは猫の瞳の中に住んでいる』を読んで~

 物語には必ず題名が存在する。一部例外はあるが題名にはその物語を端的に表すものとなっている。漠然と内容を表す例も多いが中には作中で題名の単語が出てくる、所謂「タイトル回収」が行われることもある。タイトル回収のタイミングは作品によってまちまちなのだが、今回紹介する『ミリは猫の瞳の中に住んでいる』はタイトル回収が行われたであろう作品の中でもトップクラスに印象深い回収だった。一見奇妙な題名ながらも短い時間の中でタイトル回収を行い、最後まで濃厚なストーリーを魅せ続けた。その濃厚さはじっくりと語らねばなるまい。


あらすじ

 新型コロナの影響による自粛生活、その煽りを受けて想像もし得なかった大学生活を送ることになった紙透窈一かみすきよういち。そんな彼は2つの出来事に遭遇する。1つ、隣人の銃殺。1つ、飼い猫の瞳に映る少女との邂逅。

 窈一には不思議な力があった。動物の瞳を覗くとその過去を見ることができる。瞳の中にいる少女は猫の元飼い主だ。本来ならば一方通行でしか存在を知りえないはず。だが、彼女──ミリは確かに窈一に話しかけてきた。彼女には未来が見えていたのだ。

 ミリは窈一にある未来の結果を伝える。窈一のすぐそばで起きた銃殺事件。それはいずれ連続殺人事件になると。その未来を変えられるのは窈一だけだと。それを承諾した窈一が初めに受けた指示は「大学の授業が始まったら、演劇部に入る事」だった。

詳細と注目ポイント

より取り見取りの推理劇

 一見現代ファンタジーの様相をしている本作だが、その主軸は意外にもミステリだったりする。物語の中心となるのはやはり銃殺事件だ。でも1から10まで銃殺事件の話か? と言われるとそうとは言い切れないのもまた事実。

 本筋の事件と同時進行で小さな事件が起きるのがしばしばある。例えばそれは偶然出くわしたトラブルだったり、小さな挑戦状だったり。こういったミニ推理が挿入されているのもこの物語の特徴の1つといっていいだろう。だが、すぐに分かりそうで一ひねり入れないと真相解明に至らない歯ごたえの良さがそれぞれにあるのが更にいい。

 推理方法が複数回あることにも注目したい。細々とした事件もあるため推理パートを複数回に分けるのは当たり前の事かもしれない。だが、その推理パートにレパートリーがあるのは特筆すべきなのではないのだろうか?

 推理パートの基本と言えば関係者全員の前で探偵が推論、時には実証を重ねながら真相を浮き彫りにしていくのが定石だろう。当然ながら本作にもこういったシーンは存在している。

 本作ではそれに加え推理合戦を行うシーンが存在する。これについては物語終盤の出来事となるため深くは追及できないが、普段の推理パートとは違う勢いがあるこのディスカッションは非常に興味深かった。

演劇へのこだわりがとにかく凄い

 本作は確かにミステリだ。しかしミステリと括ってしまっていいのだろうかと時折疑問に感じてしまう。その理由を考えた時に真っ先に浮かび上がるのは演劇パートの濃さだろうか。キャラクターが濃いというのも勿論(部長とか本当に凄かった)、演劇そのものとそれが魅せる魔力の描写にも圧倒させられた。

 まず劇中劇の内容がこれでもかと言っていいほどに濃い。私は演劇に詳しくないため正確な判断ができないだけかもしれないが、本作のオリジナルなのか、はたまた現実にも存在する演目なのか判別できない。もし仮になかったとしても実際に見てみたいくらいに面白そうな内容だった。

 また、演劇部での練習として、部員達がエチュードと呼ばれる即興劇を行う場面があるのだが、ここで行われる駆け引きも素晴らしかった。即興だと分かっているのに何も知らずにこのシーンを見たら練りに練られた短編と勘違いしてしまいそうだ。あそこの演劇部員は全員脚本家の素質があるのではないのだろうか。

過去と今のやり取り

 今回に関してはすべて本題のような気がするが、あえて言おう。今回の本題項だ。窈一とミリの話をせずに終わることはできない。過去からのメッセージ、未来からのメッセージ自体はよくある題材だが、双方向のやり取りとなるとその珍しさは跳ね上がるのではないのだろうか。それが両者が別の原理を用いているのならば猶更。

 そんな2人が仲を深めていく過程は非常に微笑ましいのだが、物語が進むにつれて状況が変化していく中でお互いが裏ワザを使っていくのも面白さの一端になっているのかもしれない。力の使い方に関する情報開示等は是非ともそれぞれの目で味わってほしい。

さいごに

 ミステリのようで、青春もののようで、幻想文学のようで、それ以外のようで。どれか1つに絞っても物語として十分面白いはずなのに、それは絶対に『ミリは猫の瞳の中に住んでいる』じゃないと言いきれてしまう。何だろう、この奇妙な感覚は。強いて言うならば窈一の過去と今の物語だろうか。というぐらい語る部分が多すぎるこの作品、何か1つでも琴線に触れるところがあれば手に取って欲しい。

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