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つまるところ、あなたは何者? ~伏見 七尾『獄門撫子此処ニ在リ』を読んで~

 読書経験にも色々ある。その中でも自分の直感でこれは絶対に面白い、自分好みの作品だと確信して実際に読んだら予想をはるかに超える読み応えだった時以上の爽快感はそうないだろう。私が最近このような経験ができたのは『獄門撫子此処ニ在リ』だろうか。実は第17回小学館ライトノベル大賞の受賞作の中でも事前情報が出た段階で最も気になっていたのである。シンプルに見えて近代風のカタカナ混じりのタイトルと伝奇ものらしい雰囲気が琴線に触れたからだろう。それからというものの実際に本編を初見で楽しみたいという一心で、なるべく事前情報を仕入れないようにしていた。そのため読んだときはここまで自分好みの物語だったとは! と息を呑んでしまった。今回は好きなところを読んだ時のリアクションも含めてまとめていこうと思う。


あらすじ

 獄卒の血を引く獄門ごくもん家。人からも怪異からも恐れられる詳細がハッキリとしない一族。その少女が公に現れた。
 獄門撫子なでしこは自身の食糧である化物の肉を求め、日々を過ごしていた。ある家からの招待に応じた彼女はある人物と出会う。普通の人間を名乗る大学生無花果いちじくアマナは自身の興味のため怪異の蒐集を行っていた。ある一件を機に撫子に目を付けたアマナは、共に化物の住処へ赴く。

詳細と注目ポイント

京都×怪異=超王道⁈

 舞台となる土地がハッキリと明言されていない。或いは実際に存在しない、いわゆる架空都市のを設けることも近年では珍しくなくなってきた。個人的にライトノベルで地方が舞台くることは頻繁ではないと思っている。そんな中、『獄門撫子』では舞台が京都であるとハッキリと明言されている。建物などの固有名詞こそは架空のものだが、四条など、細かい地名が出てくる。京都市内だけではなく少し離れた宇治にも触れられているのは珍しくも感じた。

 私は読んだときに初めて知った。なんとなく地方都市なのかぁという漠然としたイメージだったのため具体的な地名が出てくるとは思いもよらなかった。だがなぜ京都なのだろう? パッと浮かぶのは、鬼や怪異をテーマにしているからだろうか。個人的に怪異系の話は平安時代のイメージがある。また、『獄門撫子』では現実にも存在する伝承に触れられる事が多い。違う視点から見ると、伝奇は怪異と人の交流をジャンルの定義としている。こういったものを結び付けた結果、京都が舞台になったのかもしれない。リアルな日常と空想が絡み合う世界観にも注目してほしい。 

闇ある世界と噂の手法

 舞台設定もそうだが、組織や人の設定も伝奇ものらしさが色濃く出ていたように感じた。俗に言う「表の世界」にフォーカスが当たる事がほとんどなく、徹頭徹尾「裏の世界」を描いていたのもあるのかもしれない。裏の世界で無耶師むやしと呼ばれる霊能力者がいるのだが、その家系の内外の噂の話は必見だ。昔の日本のおどろおどろしさが巧みに表現されている。特に、獄門家周辺の噂の描き方は独特の怖さがあったようにも思える。また『獄門撫子』では噂のレパートリーが多かったのも印象深い。時には真実、時には誰かの妄想、時にはそうかもしれないと思わせられるが根拠のない物。これらの混ざり合いは現実のそれと変わりないかもしれない。

ほっこりする一面とゼロから始まるコンビ譚

 世界観としては暗い印象が強く残る。その反面、登場キャラクターに関してはどこかほっこりさせられる場面が多い。先ほどの項目にもあった通りこの物語は常に裏の世界を書いている。ファンタジーの王道な表の世界へ足を踏み入れるという導入もない。つまり、裏の世界の日常を描いていることとなる。第三者から見たら怪奇的なものかもしれないが、彼ら・彼女らはそれを普通として捉えている。だからこそ、一周回って親近感を生むキャラクター造形になっているのかもしれない。
 そういった場面は会話の一部分に現れるのは勿論の事、途中に挟まるキャラクター紹介のコーナーにも注目してほしい。どういった立場でどういう人物かの整理にもなるだけではなく、何が好きで何が嫌いなのか、本文では拾いきれないような細かい趣味まで載っている。

 このように、暗い雰囲気、明るい雰囲気の両側面からキャラクターを楽しむことができる。私も全員好きなのだが強いて焦点を絞って語るとするならば撫子とアマナの2人だろうか。(因みに情報をあまり仕入れず読んだせいでアマナさんの事を最初は男性だと思ってました。大変申し訳ありません)特に注目したいのは戦闘でのバランスの良さもあるが、何よりは関係性の形成だろうか。物語の序盤の時点で完全な初対面にも関わらずいきなり全てを明かさずに物語が進行していく。その中で少しずつ生い立ちや内面を知ることになっていく。無論、お互いが、だ。このゼロから始まる関係にどう結論をつけていくか。これが私がこの2人を気にしてしまう要因かもしれない。

さいごに

 古き良き伝奇小説。それでいてどこか爽やかなところもある。それでいて熱い。一見バラバラな3つが奇妙なバランスで融合している。『獄門撫子』を短く説明するとこうなるのかもしれない。物語の構成上1クールのオリジナルアニメのような気分で楽しめるが、個人的には気になる要素が多かったのと、キャラクターの日常がもっと見たいから続編を読んでみたいという気持ちもある(マジで待ってます)。目にする機会があればぜひ足を踏み入れてほしい。

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