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旅を続けて、思い出を重ねて ~瀧浪 酒利『マスカレード・コンフィデンス』を読んで~

 あくまでも個人的な意見だ、話半分に聞いてほしい。ここ最近、ライトノベルでは今まで見向きもしなかったジャンルがあちこちで目立ち始めている。私の趣味というのもあるが、今までの本紹介でもいくつか取り上げている。新人賞・プロ作家の新作どちらにも見られるこの風潮はもうしばらく続くだろうと考えている。というか続いてほしい。

 先月、そういった時期の中で新たに世に出た受賞作がある。それが『マスカレード・コンフィデンス』だ。この作品もどちらかというならばラノベにおける特殊ジャンル系に分類しても良いのかもしれない。中世ファンタジーが王道とされるこの業界で近代風の表紙だったのもインパクトが大きいが、旅或いはロードムービーを前面に押し出されるのはかなり珍しいのではないのだろうか? 今回は、そんな額に入った絵画を鑑賞するような世界観に浸るひと時としよう。

あらすじ

 金持ちを騙し、金を稼ぐ。俗に言う詐欺師と呼ばれるライナス=クルーガーはその日も詐欺の相手を求めて列車の1等座席に乗り込んでいた。相手も見つかり取引成立まであと少し──その日常は通りすがりの1人の少女によって崩される。人の記憶や思考に干渉できる瞳を持つ少女・クロニカによって場を滅茶苦茶にされた挙句彼が何よりも大切にしている銀行口座達を人質(?)に取られてしまう。口座を自由にするための条件としてクロニカが提案したのは彼女の旅に同伴すること。

 かつて王国を支配した〈王〉に唯一繋がるクロニカ。彼女との旅は一筋縄ではいかない。時に彼女を狙う組織がその道を阻む中、2人は海を目指して旅を続けるのだった。

詳細と注目ポイント

ここがすごいよ近代ファンタジー

 まずは世界観から触れていこう。ロードムービーとかも勿論凄いのだが、世界観のワクワク感もたまらないのだ。これは『マスコン』の舞台となる国が変化の名残を残しているからだろう。革命が起きて貴族が減り平民達におるよる新たな国造りが始まる。歴史の転換期の端の方に位置している。これがファンタジー要素を濃く含む前時代といい具合に絡み合っている。

 創作上の貴族が特殊な力を持っていることが多い。それはこの世界でも例外ではない。というか吹っ切れたレベルだと思う。貴血因子レガリアと呼ばれる遺伝要素によって行使可能な異能があるのだが、その火力が凄いこと凄いこと。他の異能バトルだったら過剰火力過ぎない? と思われるものが序盤から出てきたりする(あくまでも個人の感想です)。私は案の定近代ロードムービーとしか情報を知らなかったものだから余計に驚いていただっかもしれない。

 前時代にいた〈王〉の存在をはじめとして、表面上は現実的な世界観を装いながらも、その裏にはスケールの大きいファンタジーが影を潜めているのだ。

旅は道連れ世は情け?

 それでは今度は旅の方へ。サブタイトルにも「旅」という単語があっただけあって旅に対する描写の力の入れ方が半端ではない。目的地はあれど詳細が詰められていなかったりと端々の描写でこれが旅行ではないことを思い知らされる。

 まず大前提としてこの旅では「世界の真相を知る」ことの何十倍も「純粋に旅をすることが」目的となっている。必死に手がかりを探るというよりも巻き込まれたことによって偶然知りえた情報を手立てにするというニュアンスの方がよく似合う。要するに、物語の進行条件が他作品と同じように見えて決定的に違うのだ。だから、読んでいた時に異能バトルでもファンタジーでも体験し難い展開という肌感触があったのだろう。

 そういうこともあってか私のお気に入りシーンは中盤の飲食店エピソードだったりする。派手なバトルや詐欺シーンも勿論好きだが、こうした旅先ならではな小話が良いアクセントになっていると思う。

モノローグと真相判明

 先ほどから展開が特殊に感じると再三言ってきたが、これは終盤に渡っても一貫している。旅を前面に押し出しているからこそドミノ倒しのように明かされる真相。すこし唐突にも思えるけれどそういうものを考える暇も無く旅を楽しんでいたのかと考えると少し微笑ましいかもしれない。

 おっと話がそれてしまった。だが、少し無理を通すと理屈をつけることも可能ではないかもしれない。理由は本作のモノローグにある。

 この作品はライナスの一人称視点によって進行している。おいおい詐欺師の語りなんて信頼できるか? 読者が騙されてるんじゃないだろうな。と疑問に思った方もいるでしょう。これ以上は私の口からは何も言えないのでこれもまた隠し味とだけ伝えておきましょう。

 こうした独特の語りや怒涛の真相判明は、後々に思えばミステリの手法のようだなと感じた。ややこしくなるが本格的なトリックがあるわけではないし、そもそもミステリではない。何なら私の勝手な憶測にすぎないのだが、手短に言うと工夫を凝らしたラストだったということだ。

 全体を通してオーソドックスな構造と見せかけてこだわり抜いた細部が散りばめられている。これが本作最大の特徴かもしれない。

さいごに

 本来ならば面白い女性陣やバトル方面にももっと目を向けるべきだったが今回は見逃してほしい。この本は私が思っていた以上に読者に愛されているのでその方々の感想を参考にするのもいいかもしれない。どうも特殊なジャンルを目にすると私の視界は妙なところに偏りがちになってしまうから。だが、この変な感想が誰かの旅の行先の道しるべとなってくれたら嬉しく思う。

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