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未知なるジャンルをご照覧あれ! ~古河 絶水『かくて謀反の冬は去り』を読んで~

 いきなりだがライトノベルのジャンルといえば、皆さんは何を思い浮かべるのだろうか。王道のファンタジーや異世界もの? それともラブコメ? ライトノベルと一口に言ってもそのジャンルは様々だ。だが実際は、ジャンルの偏りがあることは否定できない。だからこそ、稀に表れる突飛な発想の世界観を押し出した新作に興味を持ってしまうのかもしれない。特に新人賞受賞作は独自の発想と1冊にまとめ上げられる構成力で評価が決まることから、密度の濃さが特徴的な作品が多い。そんな新人賞受賞作特有の独自性も一筋縄ではいかない。「王道から少し脇をそれた」作品や「普段ライトノベルではなじみの薄いジャンルだがところどころにラノベらしさが散りばめられている」作品が想像つくだろうか。そう考えると『かくて謀反の冬は去り』は「そもそも完全に予想の範疇になかった」という極めて異例の分類に属するのかもしれない。


あらすじ

 王国の王子である奇智彦尊くしひこのみことは生まれつき左足と左手が不自由で"足曲がりの王子"と揶揄されていた。ある日、帝国から王国に献上品が贈られる。それは帝国で神を名乗り反乱を起こした末、捕まり奴隷となった女だった。紆余曲折あって奇智彦は彼女を奴隷から解放し、荒良女あらめと名付けた。それから三週間後奇智彦の兄であり国王が死んだ。しかし奇智彦は自分が王の地につかなければ殺される状況に置かれる。まだ若く、体が不自由な奇智彦は最も不利な立場から王位継承の争いに身を投じる。

詳細と注目ポイント

唯一無二の世界観

 本編の要素からややそれてしまうが、これに関しては数ある作品の中でも突出しているため、どうしても触れざるをえない。私は最初あらすじは読まずに表紙のイラストとキャッチコピーだけで「産業革命の手が届いていない地域の民族の話なのかなぁ」と想像していた。もっと具体的に言うならば元ネタは邪馬台国なのかなぁとも考えたりもした。よくよく考えてみれば現代か中世ヨーロッパ風の世界観が主流なライトノベルではこれだけでもめったに見ないだろう特異性がなくもないが、蓋を開けてみるとこんなもんじゃなかった。

 登場人物の名前こそ日本由来だが、服装や町並みは西洋風で、どちらかといえば文明開化から第二次世界大戦辺りの大日本帝国を連想させる。この世界観に表紙のイラストのような和服を吹っ飛ばした古代風の衣装の人間が混じっているのが非常に興味深い。また、名前も王室がメインの話なのだろうか、かなり人物名も貴族というよりかは神話のような雰囲気があるし、貴族にあたるであろう身分も豪族や氏族と呼ばれている。そのため、先に挙げたような時代のイメージに近いが、まるきりそれではないという奇妙な感覚にとらわれる。大正ロマンにありがちな和洋折衷の和の部分を古代に置き換えた感じだろうか。この世界観の構築を1から行うことはそう簡単にできることではないだろう。

熊の巫女の人間性

 この物語の登場人物は誰もかれもが一癖も二癖もあるのだがやはり誰か1人に焦点を絞るのならばやはり堂々と表紙を飾る荒良女になるだろうか。立ち位置的にヒロインになるのだろうが、言動のおかげもあってか、ヒロインというより独自の枠組みにいるような気がしてならない。あらすじにも合った通り彼女は奴隷として王国にやってきた。解放はされたが、彼女が独自の理論で動くため、常に騒ぎの中心にいる。常に熊の皮をかぶっていて一見野性的に見える彼女だが、ときに非常に賢い一面を見せることもある。反乱を率いていたのだから根っからでの馬鹿ではないのは確かなのだが、こう、舞台となる王室では明らかに浮いているはずなのに、王室を理解していないわけではない。この珍妙なバランスが彼女の印象を底上げしているのかもしれない。

誰が言ったか「大河宮廷ロマン」

 誰が言ったもなにも、公式の新人賞サイトのものを引っ張ってきたのだが、個人的にこれが1番しっくりくる宣伝文句だと考えている。架空国家の上流階級同士のやり取りぐらいならば、ファンタジーもののライトノベルではよく見る。しかしそれは物語を進めるためのものであり主題ではない。しかしながらこの作品では、見慣れてはいるがわざわざピックアップはしないであろうそれを主題に大抜擢している。宮廷劇というジャンルは灯台下暗しな立ち位置にいたからこそ、新ジャンルとして日の目をみることになったのかもしれない。

 また、時代の特徴以外にも国の名前にも特徴がある。舞台となる王国とそこと大きく関わりを持つ帝国には固有の国名が無いのだが、インドやペルシャなど、実在する国家名が1部登場する。これにより、フィクションの世界でありながら、現実でもありえたのかもしれないと思わされる。

さいごに

 時折、近代文学を読んでいるかのような錯覚を受けた本作なのだが、著者の古河先生によれば、ある古典演劇や歴史上の出来事などの要素もあるそうだ。そのためライトノベル以外にもドラマや劇を嗜む人にとっても貴重な読書体験になるかもしれない。ライトノベルだけに留まらず小説としても独自性の強い部類に当てはまるだろう。

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