見出し画像

どこまでも突き進むは悪の道 ~牧瀬 竜久『悪ノ黙示録』を読んで~

 異世界転生がジャンルとして浸透して幾年か。今では異世界ファンタジーも巨大ジャンルとなって細分化もされてきた。変化球タイプの作品も少なくない。一方で、私個人としては異世界転生ものは本よりもアニメで知っているイメージが強い。そんなレベルで異世界転生を読んでなかったりする。

 先日X(旧Twitter)にてオススメいただいた『悪ノ黙示録』もジャンルでいえば異世界転生になる。しかし王道のものかといわれると少し違うような気もしなくもない。特殊なスタートから着実に積み重ねていく独自性もありつつも、転生といったらこれだよね! といった要素もあって、読んでいて興味深かった。読み終わってしばらく経った今でもまだ印象に残っている。今回は、そんな『悪ノ黙示録』について語っていく。


あらすじ

 レオ・F・ブラッド。マフィアの首領として悪の限りを尽くした男の人生は絞首台で終わりを告げた。彼は死の間際にもし生まれ変わるとしても悪の道を歩みたいと思案する。そして刑は執行された、脳内で響いた謎の声を残して。

 目が覚めると知らない世界のスラム街、更に死んだと勘違いされて持ち物を漁られている最中だった。彼は前世での名を名乗り、未知の世界の情報を収集していく。ここは魔術が存在する世界で、魔力を持たないものは神に見放されたという扱いになるという。それはいつの間にかスラムにいたレオも同じこと。

 しかしレオは折れない。寧ろ生まれ変わるとすれば希望通りのコンデション。そしていつの日かのように、はたまた昔に取り零したものをもう一度掴むために彼は再び悪道を征く。

詳細と注目ポイント

事前情報? そんなものは……

 先ほどから何度も書いている通り、この作品は異世界転生ものである。ここで言う転移と転生の違いは異世界に行ったときに同じ体のままの場合は転移、変化する場合は転生ということで何卒。年齢も若々しくなっている。

 しかし、何故彼は前世で使っていた名前を使っているのか。そもそも、その体の持ち主がどんな人物であったかを含めて、転生直後時点で何も情報が無いのである。スタート地点がスラムだからというのもあるのだろうが、いくら何でもやりすぎではないのかと突っ込みたくなってしまった。

 しかしレオは凄いことにそんなゼロの状況を前世で身に着けた技術を使って情報を収集していく。勿論、現実的には褒められたものではないのだが、その手際の鮮やかさには賞賛を贈らざるをえない。

悪とは何か、正義とは何か

 スラム街からの成り上がり物語という異世界系では(おそらく)あまり見ないタイプの枠組み。この物語のメインとなる出来事も現実では全くもって未知のモンスターが大暴れ! などはなく、純粋に人の悪意による大事件。

 それだとスケールが小さすぎるのではないのかと首をかしげたくなる方もいることだろう。だが、実際には国家権力に準ずる人間が関わってきたり、大立ち回りもあったりと飽きることが無い。

 しかし善、物語に最も深い味わいを出しているのは悪と正義の関係性だろう。特に、社会の後ろ暗い部分であるスラムが舞台となっていることや本作の主人公が勧善懲悪を嘲笑う人物というのもあって、一方的に善が良いという雰囲気ではない。更に、かつて長い一生を生きたレオの言葉の重みは段違い。それによって、良いことと悪いことの違いというのを考えさせられるというスパイスが深くなっている。

それぞれの思惑とは

 様々な身分の人間が交わりあう本作。その特性もあって本作の陣営の内訳はキッパリ2色という訳にはいかない。複雑なものとなっている。

 特に、レオとその仲間についてはその最たるものとなるだろう。なんせ、出会ったばかりで信頼しているのかどうか不安になる所から始まるのだから。そこから前世の経験を活かして人脈の無い所から引き込んでいくのだ。

 そんな風にして巻き込まれていく仲間たち。一見するとビジネスライク、はたまた薄氷を踏むような関係性。しかし行動を共にする内にそれぞれがどうして仲間になろうとしたのかが明かされていく。そういった意味合いでも登場キャラクターの行動原理がハッキリと書かれているのも本作の特徴だ。思惑が絡み合うからこそ1人1人の土台が固められているのだ。

さいごに

 異世界転生ものとしては特殊なストーリーに分類されるのかもしれない。しかしながら、それでも悪の道を進む主人公の行動はずっと予想外で読んでいてずっとハラハラしていた。また、今回の紹介では触れなかったが、異世界転生ものにおける王道要素もあったりする。だが、それが全てを押しつぶすのではなく、作品の雰囲気に合わせるという塩梅に調整されている。細部までキッチリと組み込まれていたのが好印象だった。

 王道な話が読みたいけれども、たまにはいつもと違った刺激が欲しいという方にオススメかもしれない。或いは、それこそ勧善懲悪に飽きた方にも。

この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?