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だから私はあなたの傍に ~顎木 あくみ『わたしの幸せな結婚』を読んで~

 2024年3月上旬現在シリーズ最新刊である『わたしの幸せな結婚』7巻、そこの帯には「ついに結婚!」と大々的に書かれていた。1巻から読み始め、アニメを経て追いついた身からすると、日常にもありふれているかもしれないさりげない文言のはずなのだろうが、とてつもない高揚感があった。

 近いうちに続刊が出るらしいのだが、個人的には7巻で大きな区切りがついたと思ってるので、あえてこのタイミングで紹介していこうと思う。


あらすじ

 この国では古くから異形に対抗できる異能者が帝に重宝されてきた。ある名家に生まれた斉森美世さいもりみよ。彼女の両親は政略結婚であった。美世幼い頃に母親が亡くなり、父親はかつて愛していた女性と念願の婚姻を果たす。まるでかつての不幸せを象徴するような美世。更に異能を持つ家の者なのに異能を持たないという自身の境遇も重なりやがて家族の一員とみなされず、使用人にも等しい生活を送る事となった。

 義母と義妹からの厳しい扱いを受ける生活が何年も続いたある日、美世の下に縁談の話が入る。相手は随一の名家の当主、久堂清霞くどうきよか。しかし彼は幾人もの婚約者候補を追い出しているという。

 異能も才能も教養も持たされなかった少女は黄泉地を歩むかのように誰も想像しえない縁談に挑むのだった。

詳細と注目ポイント

政略結婚で幸せになれるのか⁈

 それでは詳しい紹介に移っていこう。今回はあらすじをできるだけ端的にまとめた故の取りこぼしがそれなりにある。だがそのどれもが煌びやかで、そのまま捨て置くにはもったいないのだ。

 さて早速で申し訳ないが時代設定の話をここでしよう。ファンタジー作品であるため必ずしも史実とイコールという訳ではないのだが、この作品では日本史で言うところの明治・大正時代となっている。これは特に服装や街並みに大きく反映されているが、物語の根幹となる婚姻事情についても例外ではない。

 史実においては当時はまだ家の存在が大きく、政略結婚が当たり前だった。当然ながら『わた婚』内でも清霞と美世をはじめ、親同士で決まった縁談が数多く存在する。

 強制的に相手を決められてしまう政略結婚に良いイメージを持つ方も少なくないかもしれない。だが、それだけに留まらないのが『わた婚』の魅力だと私は考える。政略結婚はあくまでもきっかけ、そこから出会った2人がどのように考え、相手の事を想っていくのかが、全巻を通してこれでもかという程濃密に書かれているのだ。その為、普通の恋愛ものが好きな方でも楽しめることだろう。

異能ファンタジーにもご注目

 実の話、私は恋愛要素目当てに『わた婚』を読んだ訳ではなかった。明治・大正が舞台なことに加えて異能ものだという話を小耳に挟んだのがきっかけだ。だってどっちも好きなんだもん……。その後実際に読んでみて、恋愛を中心とした人間関係にやられたのだがそれは一旦置いておくとしよう。

 そう、『わた婚』はただの恋愛ものではない。異形と異能を中心に据えたファンタジー作品でもあるのだ。特に、美世の縁談相手でもある清霞は軍人、その中でも異形に関連する部隊の隊長だ。劇中では異能や異形にまつわる事件も多く取り扱われる。

 和風ファンタジーなのに異能? 陰陽道とかじゃなくて? と思われた方も多いかもしれない。確かに異能が中心となっている世界観ではあるが、それだけではないことも事実だ。お守りや式といった和風ファンタジーな存在も度々確認されている。

 色々な物がありすぎてとっ散らかっているようにも思われるかもしれないが、案外そうでもない。異能周りの詳しい情報はかなり小出しにされている。必要な場所で説明されるため、設定が覚えられないということはそこまで無い。寧ろ私個人としては想像が広がる。

家族のかたちを探して

 あとこれは個人的な意見になるのだが、『わた婚』は恋愛だけではなく、家族等、様々な人間関係にフォーカスが当たっているように感じられる。美世は幼い頃の境遇故、縁談の話が来るまでは人間関係がごく限られたものだった。そこから家族や友人といったありふれたような関係性が生まれ、時には私達に疑問を持たせる。時には家という枷が働き、それが転じて生じた良い例も悪い例も知りながら、最善の関係を見つけていく話でもあるかのように、時々、感じてしまうのだ。

さいごに

 『わた婚』は、しばしば「和風シンデレラストーリー」と称されている。その謂れもあって全体を通して辛い描写が多い。だが、これはタイトル通り幸せになる物語だ。時には考え、時には動いた先に辿り着いた時のカタルシスと充足感は比ではない。それだけに留まらずそれぞれの家を取り巻く異能にまつわるやり取りも非常に味わい深い。どちらもあっての『わた婚』だと私は考える。

 恋愛としても、ファンタジーとしても楽しむことのできる1作。是非ともあり得たかもしれない過去に思いを馳せながら手に取って欲しい。

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