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学校合併と壁面装飾

 平成20年、我が家の子どもたちが通っていた小学校が合併した時のお話です。

 『平成の大合併』と言って、政府主導で、全国の小さな市町村や小中学校同士があちこちで合併を推進された時期(平成11年~22年頃)がありました。
私たちの住んでいる市町村も学校も、その波にのみこまれたのです。

 その時、見るからに大変そうだったのは、現場の学校の先生たちでした。通常の授業以外に、合併前の子どもたち同士の交流や学校の引っ越し、閉校式・開校式の準備。新学期にはどちらの学校の先生たちもごっそり半分ずつ移動になってしまい、校長先生も教頭先生も両方の学校から混ぜこぜで配置され、緊張感漂うカオスなスタートになりました。

 それは保護者も同じで、初めての全校保護者総会では、あちこちに旧学校グループごとの固まりができ、お互いに知らない顔への警戒感が露わになっていました。
役員決めの席でも、それぞれの「今までのやり方」を主張してぴりつく場面すらありました。

 子どもたちはもうすでに、学校の枠が消えて仲良くなり始めていたのですけどね。
 保護者同士は会う機会もなかったので仕方がありませんが、お互いを「知らない」という警戒心はこんなふうに人を荒立てるのかと、ヒリつく空気を目の当たりにして考えさせられてしまいました。

 そんな折、学校から図書ボランティアの募集があったので参加することにしました。
 当時まだ図書室の本が貸し出しカード式だったので、合併を機にバーコード化するのだそうで、2校分の蔵書整理のためのお手伝いに7人の申し出がありました。

 ところが約束の日に行ってみると、バーコードを作る機械が間に合わず、仕事がないというのです。

「申し訳ないけれど、代わりに多目的ホールの壁面装飾をやってもらえませんか?」

 多目的ホールとは、あの4月に殺伐とした雰囲気の保護者会が開かれた場所でした。
 皆が使うのに、誰もが忙しくて手をつけられない部屋。何の装飾もないむき出しの壁は寒々していました。そこを何とかしてほしい、というのです。 
 ずいぶんな無茶振りだなとは思いましたが、頑張っている先生たちを見るとイヤとも言えず、7人で引き受けることにしました。

 幼稚園という仕事柄、私は壁面装飾には慣れていますが、この壁をただなんとなくきれい・かわいいだけで埋めるのは違う気がしました。
 
 「どうせ作るなら、パッと気持ちが浮き立つものがいいね。」

 7人で話していて、皆も同じことを感じていたことがわかりました。
 あの保護者会で皆が暗かったのは、お互いを知らず不安だったから。
 じゃあ、せめて「この子は誰、この先生は誰」とわかるような表示があれば、少しは不安が解消するかも…。
 どうせなら全校生徒(約120人)と全職員の写真を装飾にしちゃおうか!

 そんな流れから、そのアイデアを実現化するために、先生方に子どもたちの写真を撮ってもらうことになりました。もちろん先生方も全員です。

 装飾は、空を飛ぶ6つの気球をイメージして作ることにしました。 
 学年ごとに気球の色を変え、大きな側面に子どもたち一人ひとりの写真と名前を貼り付け、担任の先生を操舵手として乗せたのです。 
 担任を持たない先生たち用には、地元の鉄道にちなんだ汽車を作り、校長先生を運転士にして皆を乗せて走らせる様子を飾りにしたのです。

 7人で手分けして家で作ってきた製作物を、別の日にホールで貼っていたところ、通りかかる子どもたちも先生たちも皆、「おおっ!」と目を見張って近寄ってきてくれました。

「こういうことだったんですね。それなら僕も花壇の前で写真を撮れば良かったなー。」
と頭をかいて笑う先生もいました。

「俺あそこにいる。」「私こっち。」「校長先生、運転手ー。」
指さしながら口々に嬉しそうに話す子どもたち。
腕組みして、うんうん肯く先生たち。
明るい雰囲気に、ボランティア皆が嬉しくなりました。

 それからまもなく、2度目の保護者会のこと。開始前、多目的ホールの壁に人だかりができました。
「あらっ、何これ。」
「うちの子、ここにいた。」
「へぇー、こんな先生いるのねー。」
 前回と違い、皆穏やかな顔で のぞいてくれているのです。

作って良かった。
人だかりを見て、本当にそう思いました。

 もちろんそれですべてが解決するわけではないけれど、こうして少しずつお互いを知っていけばいいんだ、小さいことも役に立つんだ、と実感した出来事でした。

 それから1年、いろいろありましたが、合併という大役を果たされて校長先生は定年退職されました。
 その苦労をねぎらいたくて、子どもたちや先生方に協力してもらって全員のメッセージを集め、例の壁面装飾の写真をアルバムに仕立て直しました。
 それをプレゼントされた校長先生のびっくりしたお顔が今でも忘れられません。

 喜んでもらえて良かったねーとボランティアの皆で話していたら、教務主任の先生が本気で「私も欲しいー!」と身をくねらせていたので笑ってしまいました。
 
 のんびりした時代のお話です。
 



 

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