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BORN TO BE 野良猫ブルース   第10話 最終回 『三途の川へようこそ』


おばちゃんに連れられてわては隣家の老夫婦の元を訪ねました。
「おはよー、今えーかなー?」
おばちゃんは遠慮なく隣家のばーさんに声を掛けた。
「おはよー、どうしたん?あれ、その猫どこの子?」
ばーさんはおばちゃんに抱きかかえられてスカしているわての顔をしげしげと覗き込んでしわくちゃの手でわての頭をなでなでしています。
「ジローが連れて来たんよ。何か大阪からのトラックに乗って来とったらしいけどなあー。」
「へー!大阪からぁ?よーそんな遠くから来たのぉ。」
ばーさんが物珍しそうにわてを見ている傍らにいつの間にかじーさんも加わってきました。
「ほー、可愛い猫じゃのー。」
おばちゃんは老夫婦にいよいよ本題を切り出しました。
「どうじゃろ?おたくんとこでこの子飼うてみーよ。」
じーさんもばーさんもまんざらでもない表情で頷いていました。
ばーさんはおばちゃんからわてを渡されてわてを抱きかかえました。
「そーじゃのー。うちで飼おうか。のう、じーさんよー。」
「おおー、ありがてーのー。また猫と一緒に暮らせるけー嬉しーわ。」
わては思いのほか老夫婦に気に入られたのでこの家で飼われる事となりました。まあ、昼間は運動がてら適当に外をふらふら出歩くので、ジローや他の家の猫とも交流を持ちながらのんびり田舎暮らしを満喫します。

ー5年後ー

そんなこんなで倉敷の田舎で飼い猫となって早や5年の月日が流れました。
わては生後7年が経過し、すっかり熟年のおっさん猫になりました。
大阪で野良暮らしをしていた若い頃に比べると明らかに肥満体型になりました。年齢的なもんもあるやろけど、運動量が減ったのと食事量が増えたのが原因やと思います。
ここで飼われてから繁殖期にどこぞのメスと交尾をしましたので、そのメスがどこぞでわての子を産んだようだす。
先だっても見知らぬ子猫がいきなりわてを訪ねて来て「お父さん!」と呼ぶので余りに驚いて腰を抜かしそうになりました。
よう見たらその子猫にはわての若い頃の特徴が見受けられました。ジローもわての子で間違いないと太鼓判を押してました。
結局その子猫はジローの家のトシオの小学校の友達に引き取られていきました。トシオヨシオ兄弟も小学校の高学年になって体も大きく成長しましたが、ヨシオは相変わらずわての尻尾を掴もうとします。こいつには学習能力が無いんか?とほとほと呆れます。

そんな毎日を過ごしていても今だに時々夢の中でミーさんや師匠が現れます。彼らはわてをあの世から呼んでいるんでしょうか?
7年も生きたらさすがにわても疲れてきました。若い頃に野良としてハードな毎日を過ごしてきたツケでしょうか?肉体的にガタがきているのは一目瞭然だす。
もうそろそろ天国への階段を上がっていってもええかな?なぜか最近そんなことばかり考えてしまいます。せっかく心優しい老夫婦や集落の住人たちや猫たち犬たち、みんな親切で友好的で大層良くしてくれてるにも関わらず今のわては生きる事に疲れ果ててしまってます。

あなたはすっかり疲れてしまい、生きてる事さえ嫌やと泣いた。
壊れたピアノで思い出の歌、片手でひいてはため息ついた。
時の過ぎゆくままにこの身をまかせ、オスとメスが漂いながら
堕ちていくのも幸せやでと、二匹冷たい身体あわせる。

ある日、ジローが集落の猫を集めて忘年会をしようと言いだしました。
なんでもジローは自宅の蔵の奥に古い酒樽が保管されているのを偶然見つけたらしいだす。
「な、おめーも酒飲むじゃろ。たまにはえかろー。」
相変わらずジローは能天気だす。
「せやけど、そない古い酒飲んで大丈夫か?」
わては素朴な疑問をジローにぶつけました。
「おめー、なんも知らんのー。古いほど熟成されてうめーんじゃ。」
それってワインの事やろ?と思いましたがジローは一度言いだしたら聞かんので、しゃあないなぁとしぶしぶ従う事にしました。

ジロー主催の猫の忘年会は予定どおり開催されました。
わてらの集落に住む家猫、野良猫、総勢20匹がジローの自宅の蔵に集まって、各々が捕まえてきた虫や鼠や蛇などを酒の肴に樽酒を美味しく頂戴しました。蔵の中は酩酊してゴキゲンな猫の鳴き声が終始にゃごにゃごとうるさいだす。
「ボン、おめーも倉敷に来てからなげーのー。もう何年じゃ?」
「ああ、5年になるで。大阪におった時より長いわ。」
「そうか。田舎もえかろー?のう。」
「そやな。メシも美味いし、のんびりしとってええとこやで。」
「そーじゃろそーじゃろ。まあ、飲め飲め!」
ジローや仲間の猫に勧められて、わてはアホほど飲みました。飲み過ぎました。挙句、わては珍しく泥酔しました。不思議な物で泥酔するまで体内にアルコールが注入されると何だか非常に愉快な気分になります。手足の自由がまるで効かなくなり思いのほかフラついて往生します。バカ話やエロ話に華が咲きます。やがてテンションが下がったかと思ったら、急激に気分が悪くなりダッシュで表に出てゲロを吐き散らしました。ほんまにどうしようもなく酔い潰れて前後不覚に陥ってます。
諸君、お判りかな?わてら猫族も人間同様に酒でも飲んで憂さを晴らしたい時があるんだす。傍から見ると非常に非生産的で愚かしい行為だすが、こういう馬鹿げた所業も長らく生きていく上では必要不可欠だす。と改めて認識しました。
「宴もたけなわではございますが、この辺でそろそろお開きとさせて頂きますわー」
ジローの呼び掛けで忘年会は終焉を迎え、最後は全員揃っての一本締めでお開きとなり各々解散の運びとなりました。
「良いお年をー」「来年もよろしゅーたのまー」「あばよー」「いい夢見ろよー」

賑やかな宴の後は誰もいなくなり急に寂しくなりました。
わては酔いを醒ます為、しばらく外を徘徊しました。帰ったら暖かい布団に潜り込んでぬくぬくと寝れるんだすが、あまりにも泥酔し過ぎて吐き気で熟睡でけへんやろなぁと思うたので、ある程度酔いを醒ましてから帰る事にしました。
真冬の夜風は体の芯まで冷えますが、酔うてるせいかそこまで寒さは感じないだす。
しばらくの間、足元の悪い河川敷の土手をフラフラと千鳥足でさまよっていたところ、「あー!?」とバランスを崩して土手の斜面を滑り落ちてしまいました。
わては必死で前足をバタつかせて抵抗を試みましたが泥酔しているせいか全身に力が入らないので、抵抗虚しくそのまま河川に落水しました。
その様子はまるでスキージャンプ競技の如く土手の斜面を滑っていき、斜面と絶壁の境界線で勢いよく滑空し見事に水面へとダイブしました。
じゃぼーん!「ふぎゃあああー!」
わては断末魔の雄たけびを上げてもがきながらも、若い頃に地獄の特訓で淀川を泳いでいた過去を思い出していました。
はて?たしかあの時分は泳げた筈やけどなあ?なぜに今こないに溺れかけてるんやろ?しかしダメだす。野良生活を辞めて5年以上経過しており著しく体がなまっている上に泥酔している故、全身の細胞と脳と遺伝子が完璧に泳ぐと言う概念を喪失しています。
もがけばもがく程に、わての体は川底に沈没していきます。もはや無駄な抵抗かもしれまへん。
周囲に建物がない河川敷で尚且つ人通りのない深夜の出来事故に、一匹の酔いどれ猫が河川に落水して溺れて死にかけている状況を誰かしらに発見される事もなく第三者によって救済されるといった奇跡も期待出来ないので、わてはこの時ついに胸の内である覚悟を決めました。
無駄なあがきはやめて今世と決別しよう。これが潮時なのだ。未練はないだす。そう決めた途端にすっと何かから解き放たれたような楽な心持ちになりました。
わては脳内で念仏を唱えています。
「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、南無妙法蓮華異教、南無妙法蓮華異教。」
わては自分自身の本質と申しますかいわゆる魂と称するわて自身が、川底に沈みゆく猫の姿をした肉体からふわ~と抜け出しました。
完全に肉体から抜け出したわては、水面より上の位置から沈みゆくわてを呆然と見届けていました。
やがて魂のわては上空高くへと、何かに導かれるように上昇していきます。
どこまでもどこまでも天界へと上昇します。
するとまたもや河川が見えました。三途の川だす。向こう岸にミーさんと師匠の姿が見えました。
「ボンちゃん、待ってたよ。会いたかったわぁ。」
「ボン、よう来たな。はよ渡ってきいや。」
やはりいつぞや見た夢は、夢の中に現れたミーさんと師匠は、早よこっちへおいでや云うて手招きしてたんだすわ。ええ、わて来ましたで。役目を終えて来ましたで。またこの次に何かに生まれ変わらなあかん時が来るまでは、しばらくは天界でのんびりさせてもらいますわ。そやさかいお待ち下され。今から三途の川を泳いでそっちの岸に行きますさかいにどうかお待ち下され。あれぇ?わて泳げるかなぁ?まあええか、どないかなるやろ。


                   おわり




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