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「なり・たり・断定・推定 」を扱います。短歌を中心に用例を提示します。古文単語 その44★くどかれて あたりを見るは 承知なり★ためつ、すがめつ眺むるに、正しき上つきの、むっくり肥へし、まんじゅう形。さね高からず低からず、世にたぐひなき上開なり。

「なり・たり・断定 」を扱います。短歌を中心に用例を提示します。
古文単語 その44

★くどかれて あたりを見るは 承知なり

★ためつ、すがめつ眺むるに、正しき上つきの、むっくり肥へし、まんじゅう形。さね高からず低からず、世にたぐひなき上開なり。

○ 花さそふ 嵐の庭の 雪ならで ふりゆくものは わが身なりけり 

             新勅撰集一〇五四 

(助動詞 なり 断定)「AはBである」と物事を指定・断定する意・なりは(にあり)・たりは(とあり)助詞「に」と動詞「あり」が結合して出来た。古くは漢字で「也」と書かれる

花なり 過ぐるなり 美しきなり 散りぬるなり

○花さそふ  嵐の庭の  雪ならで  ふりゆくものは  わが身なりけり


新勅撰集 一〇五二

作者は定家のいとこです。源頼朝の妹の娘と結婚することで藤原氏でありながら鎌倉幕府の力を背景に力を持っていました。承久の乱の時には謀反を起こした貴族を幕府に密告し、手柄として太政大臣の地位と何ひとつ不自由のない生活力を得ています。
花さそふ(桜の花を誘って散らす)
嵐の庭(嵐が吹き、桜が乱れ飛び、庭一面を桜の落花が覆っている)
雪ならで(雪・花吹雪・なら断定なり未然形プラスで(ずして)・降り積もっていくのは花吹雪ではなくて)
ふりゆくものは(ふる・降る・古る・古りゆく(老いてゆく)・桜の花の鮮やかさ、生命力と年老い、衰え白髪となっていく自分のコントラスト)
我が身なりけり(わ→私・~が(~の)・わが校(私の学校)
なり断定・けり過去詠嘆・なりけり(気づくと~であったなあ)

○ 天の原 ふりさけ見れば 春日なる 三笠の山に 出でし月かも 

       
古今集四〇六
(助動詞 なり・にあり→なり存在・断定)存在する場所を示すのに用いられる「なり」(「~にある」の意)も助動詞として扱われる

遣唐使として中国に渡り玄宗皇帝に仕えているときに詠んだ歌です。帰路につくのですが難破し日本には戻れませんでした。
天の原(原・広い場所(海原)・大空)
ふりさけ見れば(ふり・振り仰いで・さけ・離く、放く・遠く離す・はるかに遠くに・見る已然形プラスば・見ると)
春日なる(春日・奈良県春日神社の西の三笠山・今は留学で中国にいるが、目の前の月は故郷の奈良の春日にある・春日に位置している・なる断定なり連体形)
出でし月かも(出づ連用形・過去き連体形・日本にいるときに三笠山の上で見た月とおなじ月・疑問か係助詞・詠嘆も終助詞・ダナア)

○ なかなかに 人とあらずは 酒壺に なりにてしかも 酒にしみなむ 

        万葉集三四三 
「にくず」の下の「なり」は動詞「為る」の連用形
(助動詞 断定 たり・とありの形の時・と→たり  にありの場合、「あり」の上の「に」は断定「なり」)

作者は貴族・豪族の権力争いに巻き込まれ、九州の大宰府に左遷されました。友人の長屋王も藤原氏に暗殺されました。中央政界には戻れない作者が九州の地で詠んだ歌です。
なかなかに(なかなか→むしろ・かえって・なまじっか)
人と(と・断定の「たり」の連用形・人である)
あらずは(ラ変あり未然形・打ち消し「ず」連用形・係助詞は・人間ではなく・人として生きているよりも)
なりにてしかも(なり四段活用「為る」の連用形・に完了ぬ連用形・てしか終助詞・願望・終助詞も詠嘆・なってしまいたいなあ)
しみなむ(四段染む連用形プラス完了ぬ未然形プラス推量む終止形・完了、推量の続く場合「ぬ」は強意と考える。きっと染みてしまうに違いない・酒に浸っていられるだろう)

参考 父 父たらずと言ふとも 子 以て 子たらずんば あるべからず

        (和歌では「たり」は用例少ない・平家物語)
父たらずと言ふとも(たら断定たり未然形・打ち消し「ず」終止形・とも(仮に~としても)父としての価値がない)
以て(そのことによって)
子たらずんば(たら断定たり未然形・打ち消し「ず」連用形プラスは係助詞→ずは→ずんば(んが入ったので「は」が「ば」になった。接続助詞の「ば」ではない・子ではない状態では・子供としての生き方を守らないようであっては)
あるべからず(ラ変あり連体形プラス当然べしの未然形プラス打ち消し「ず」終止形・べしは終止形接続ですがラ変型には連体形接続)父親が父親の役目を果たさなくても、子どもは子どもとしての役目を果たさなければならない

○君たれども臣たれども、互ひにこころざし深く隔つる思ひのなきは


十訓抄五
たり(何々は何々であると物事を指定する意)
格助詞「と」にラ変動詞「あり」の付いた「とあり」から生じたと言われる。
人たり 人たる者 人たれ

 (君主であるけれども、家臣であるけれども、お互いに志が深く隔たりを感じないものであれば)

○ み吉野の 山の秋風 さ夜更けて ふるさと寒く 衣打つなり

   
    新古今集四八三 

(伝聞推定なり)視覚に基づいた判断をあらわす「めり」に対し、視覚以外の感覚に基づいた判断をあらわすのが「なり」である。はじめは聴覚に関する事柄に限られたが、のち、触覚・嗅覚・第六感など、視覚以外の感覚に関する事柄へと用途を広げたようだ。「~すると聞く」「~するのが聞こえる」「(聞くところによると)~するようだ」

作者は鎌倉時代の三人の天皇に仕えました。歌の才能が認められ新古今の選者になっていますが、けまりの技術が天才的で飛鳥井流という蹴鞠の流派を創始しています。
み吉野の山の秋風(み接頭辞・畏怖・美称・賛美・敬意・奈良県にある吉野山から吹く秋風・吉野は桜の名所)
さ夜更けて(さ接頭辞・下二段更く連用形プラス接続助詞て・夜が更けて)
ふるさと寒く(ふるさと→古い都・なじみの土地・故郷・吉野には応神天皇・雄略天皇の離宮(別荘)があった。また持統、文武、元正、聖武天皇などが訪れている・形容詞寒し連用形・古い宮殿のあったこの地に秋風が寒々とした感じで吹いている)
衣打つなり(李白の詩の「長安一片月 万戸擣(打)衣声 秋風吹不尽 総是玉関情…」という詩では「擣衣(とうい)」は、砧(きぬた)という丸太に柄のついたような棒で衣を叩いて布を柔らかくするとともに光沢を出す作業で、静かな秋の夜にそれぞれの家庭からこの音が聞こえてくる。遠征に辺境の地にいる夫を思う妻の情が描かれています。衣を打つ砧の音が寒々と聞こえてくる。伝聞で音が聞こえている場合はヨウダと訳さず聞こえてくると訳せば良いでしょう。)

○ わが庵(いお)は 都のたつみ しかぞ住む 世をうぢ山と 人は言ふなり

       古今集九八三 

(伝聞推定なりヨウダ)伝聞(人の噂など)によって推量判断していることをあらわす。「~らしい」「~しているそうだ」

六歌仙に選ばれている僧ですが、わからないことが多く、ある日、突然、雲の上に飛び去ったという伝説まで残っています。
わが庵は(私の住んでいる粗末な庵(いほり)は)
都のたつみ(子→北 丑寅 卯→東 辰巳 午→南 未申 酉→西 戌亥 と方角を十二支で表すと「たつみ」は東南にあたる・都の東南に位置していて)
しかぞ住む(鹿が住む・しかり(そのよう)係助詞ぞプラス四段住む連体形・ぞの結び・このように住んでいる)
世をうぢ山と(宇治山・京都府宇治市の喜撰山・世を憂し・世の中をつらいと考えて)
人は言ふなり(人は・係助詞は取り立て・私はのんびり過ごしているのに私と違って世間の人は・伝聞推定なり終止形・世間の人たちは(私が世の中から隠れ)この宇治の山に住んでいるのだと噂しているようだ。)

断定か伝聞か(四段言ふは終止形・連体形は同じ→歌の意味から考えると、作者は都から離れた庵に住んでおり、世間の人々が噂しているのを聞いたと考えるのが自然なので、断定ではなく伝聞の助動詞と考える。(昔からの定説で伝聞推定となっている)


 十訓抄

 「たり」何々は何々であると物事を指定する意をあらわす。「~だ」「~である」

君主であるけれども、家臣であるけれども、お互いに志が深く隔たりを感じないものであれば)

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