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金曜日の夕方 背中を丸めていらっしゃったお客さま

とある金曜日の5時前でした。
40前後くらいの印象のワイシャツの男性が、うつむき加減にご来店されました。

初めてお会いするお顔でした。
わたしはレジでお客さまにご挨拶しました。
「うーん…ラテ…。アイス…。」
お客さまは顔を上げないままご注文されます。
目元にはうっすらくまができているように見えました。
「お疲れですか?」
そっとお尋ねすると、驚いたようにこちらを見て、それから少し恥ずかしそうに
「はい…」とお客さまは苦笑いされました。
「お疲れでしたら、ラテを甘くすることもできますよ?フレーバーシロップは有料ですが
無料で上からキャラメルソースやチョコレートソースをかけることなんかもできます」
「へぇ…そうなんですか…!じゃあ疲れてるから…ソースかけてもらってもいいですか…」
「それでは、たっぷりかけておきますね」
「ありがとうございます」
お客さまは優しそうな笑顔を見せてくださいました。

あふれた涙

「土日はお休みのお仕事ですか?」
お会計をしながらわたしが尋ねると
「はい、土日は休みです」
とお客さま。
「じゃあ、あと数時間ですね!そしたら休日です。1週間お疲れさまでした」
わたしがほほ笑むと、お客さまは口をポカンと開けて、わたしのことを見ていました。
そしてすぐ、片手で顔を覆ってしまいました。
わたしはどうされたのかと驚いて、大丈夫ですか??と声をかけると
お客さまの目からは、涙があふれていました。

「いやぁ…そんなこと…誰かに言ってもらったの初めてで…
ありがとうございます…」
お客さまの涙を見てわたしも驚いてしまい
「ごめんなさい!ごめんなさい!差し出がましいことを言いまして…!」
と、何度も頭を下げました。
お客さまの心の、プライベートゾーンにまで首を突っ込みすぎたと思ったのです。
しかし、お客さまはハンカチで涙を拭いて、わたしの目をしっかり見て言ってくださいました。
「いや、うれしかったんです。この1週間ほんときつくて。でも、誰か見てるわけじゃないし。私がどんな気持ちで仕事してるかなんて、気に留めてる人もいないと…だから…」
わたしも思わず涙ぐんでしまいました。

お話をしている間に、ドリンクが出来上がってレジまで運ばれてきました。
わたしはカップにつけるカバーを取り、幸せな週末を、とマジックで書きました。
「あなたは土日もお仕事ですよね」
お客さまがわたしにたずねました。
「そうですね、土曜日は勤務です」
「あなたも、がんばって」
なぜだか涙が浮かんできてしまいました。

キャラメルソースをたっぷりかけたラテにメッセージカバーを付けて、お渡ししました。
「ありがとう」
しっかりとした、心のこもった、強いありがとうでした。
何かお役に立てたのだ、と感じました。
お客さまの気持ちが伝わってくるので、それがありがたくて、お客さまの優しさまで伝わってきて
わたしも胸がいっぱいになり、レジで涙をこぼしてしまいました。
「こちらこそ、わたしのつたない言葉にこんなに温かい言葉を返してくださって、ありがとうございました。
あと数時間、がんばってくださいね」

小さなともしび程度でも

お客さまは、ありがとう、ありがとうと何度も口を動かしながら
手をふりつつ退店されました。
わたしも大きな声でありがとうございましたとご挨拶しました。
疲れたお顔でご来店されたので、少し糖分を加えてみるのはどうかな?と思った、ほんの些細なことがきっかけだったのですが
正直あんなに喜んでくださるとは、涙を流してくださるとは、予想もしていないことでした。

金曜日に、お客さまの週末のお休み予定をお聞きして
1週間お疲れさまでしたと積極的にお声をかけるようになったのは
あの方との出会い以降です。
土日は仕事ですとお答えになる方には
「同じですね、お互いがんばりましょう!」お声をかけます。

こんにちは
ご来店ありがとうございます
お元気ですか
ありがとうございます
またお待ちしています

当たり前に発する言葉が、その日のお客さまにとってはただの挨拶ではなくなることがある
だからこそ、本気で心を込めて口にしなければならないのだ
ということを、強く印象づけてくださったお客さま。
わたしたちの小さな言葉が、小さなともしび程度でも、心の中にポッと明るい光を灯せたなら
そんな幸せなことはないです。

明日は、どんなお客さまと出会えるでしょうか。
ほんのわずかな時間でも、出会った方を笑顔にできますように。

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