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『デジタルとAIの未来を語る』

オードリー・タンさんのファンになった。
読む前に想像していたのは、デジタルオタク。しかし読んでわかったのは「愛のひと」だということ。
もし今後、来日して直接お話を聞く機会があれば、参加してその人柄に触れてみたい。

今回読んだ本は『オードリー・タン デジタルとAIの未来を語る』(オードリー・タン  著)

読書のきっかけ

2020年、台湾のコロナの封じ込めで話題になったころから何となく気になっていた。その書籍が、偶然オーディオブックで配信されていたため。

何について書いてある本?

台湾でのコロナ封じ込め策や、本人の生い立ちから始まり、台湾における政治と市民との関係性、AIの未来、社会思想へと話は展開していく。
オードリータンさんが重要だという3つの価値観。「インクルージョン=誰ひとり取り残さない」「イノベーション」「持続可能性」。これらは世界市民として地球上の一人ひとりがこれからの社会で大事にしたい思想だ。
これは、単にテクノロジーの未来を考察する本ではなく、デジタル社会における人々の生き方を考えさせられる思想書だった。

ハイライト

デジタル技術は社会の方向性を変えるものではない。
技術が進歩しても、感染予防に石鹸で手を洗うのが大切であることは変わらない。技術はそれをを広めるために使われる。

「技術で社会が変わる」というメッセージをよく目にするが、著者はデジタル技術が社会の様式を変えることはあっても、方向性を導くものではない、どの方向へ向かうかを決めるのは人間であると説く。
考えてみれば確かにそうだ。僕は無意識に技術に対して受動的な姿勢をとっていた。「技術が進歩したら僕たちの生活はどうなってしまうのだろう」と。
しかし、この社会をどうしたいか、決めるのは人間であり、そのハンドルは僕たち一人ひとりの目の前にある。

社会の方向性に無関心でいることは、社会へのかかわりを放棄することだ。テクノロジーが自動運転で新しい社会へと導くというのは幻想で、本当はハンドルを握り続けている一部の人間に奪われかけているだけなのだ。
社会のかじ取りに参加するためのハンドルは本来誰の手にもある。そのハンドルを自ら放棄してはいけないし、他人のハンドルを奪ってもいけない。
これが誰一人取り残さない、全員参加のデジタル民主主義社会の基本姿勢だ。

インクルージョン・イノベーション・持続可能性

「誰一人取り残さない社会を目指す」という著者の考えには完全に共感する。
その実現には、つねに「誰かを取り残していないか」と人間の目で確認し、人間の手で調整する必要がある。
全ての人にとって万能な技術はない。

本文に「優しいまちの基準は、軽度認知症の人が参加しやすいまち。高齢者に使いやすいように開発する。当事者に直接聴き、反映する」という記述があった。
軽度認知症の人を基準にまちを設計すれば、多くの人にとって暮らしやすい社会になる。重度の認知症の人など、それでも不自由する一部の人には、人間の手で支援して、誰一人取り残さない社会を目指そうというわけだ。
1か0かの思考をしていたら、何も進まない。

以前、介護施設に電子記録システムを導入しようとしたとき、スマホを使い慣れていない高齢の職員はどうするのか?という意見があがった。「誰一人取り残さない”システム”」という考えなら、「導入しない」が正解だろう。しかし、目指しているのは万能なシステムではない。多くの人にとって快適になり、逆に不便になる人には別の支えを用意することで、”誰も取り残さない”を目指せばいいのだ。
ちなみに電子記録システムについては、記録の電子化によって記録にかかる時間を減らした若手職員が、デジタル機器に不慣れな職員に使い方をゆっくり教えることで解決した。やがて不慣れな職員も自分で操作できるようになり、全体の生産性があがり、介護を必要とするお年寄りと接する時間が増えた。

イノベーションによって時代に取り残される人が生まれることを著者は全く望んでいない。むしろその逆で、イノベーションによって今まで取り残されていた人をインクルージョンしようと考えている。
その象徴例として、5Gの通信回線の導入を都市ではなく地方から行ったことを紹介している。まずは地方のインフラを整備してから都市部へ拡大することで、イノベーションを地方から起こし、都市部との格差を生まないようにしたという。
規模は違うが、組織運営の面でも非常に参考になる話だ。

持続可能性。
僕たちは「今さえよければいい」とは考えず、子や孫さらにはその先の世代へ、この地球や社会を残したいと考えている。
AIの進歩によって、先まで見通せることが増えてきた。では、その未来に対してどんな手を打つのか。決めるのは今を生きる僕たちだ。
著者は、人間はAIに試されていると表現している。まさにその通りだと思う。
AIを活用しながら持続可能性についても検討するのが、僕たちの責任だろう。

AIの命令通り動く世界にならないためには、説明責任を果たさせる。無条件に信頼するのではなく、目的を果たすために動く。

AIはディープラーニング(自己学習)によって、ひとりの人間が一生かかっても学習できない量を短時間で学習できるようになった。囲碁やチェスではもはや人間は太刀打ちできないとさえ言われている。
しかし、AIは最適手を示すことができても、なぜこの手が最適なのかは説明できない。あまりに複雑で大量の学習結果から答えを出すからだ。
ゲーム上の話ならばそれでも良いが、医療や社会課題の解決にAIを用いる場合には、「AIがそう言ったから」で人間が盲目的に行動するわけにはいかない。AIが必ずしも人間の進みたい道を示すとは限らないからだ。
したがって、AIのサポートを受けながら、最後は人間が説明責任を果たし、意思決定をしなければならない。
介護現場では数年前からAIによるケアプラン作成の可能性が話題にあがっている。しかしケアプランを決定するのは最終的に本人であることには変わらない。そのためにはAIが作成したプランを誰かが説明し、本人が選択、意思決定する過程が必要である。

相互理解とは立場や人生経験違う私たちが、いかにして共通の価値を見つけ出して、それを共有できるか。
問題に直面したとき、直視して解決しようとする姿勢が自発性。
問題解決において自分と異なる考えの人との接触を恐れない姿勢が相互理解。

「共通の価値の発見」という言葉が本書には何度も登場する。
一人ひとり違いはあるが、突き詰めればどこかに共通の価値が見いだせるはずだという考えに共感した。
そして、違いから共通の価値を見出すアプローチこそ、対話なのだと考える。


この本をどう活かす?

誰もが”しあわせに暮らしましたとさ”と生ききれる社会の実現を目指す僕は、「誰一人取り残さない社会」の考え方はには、大きな共感をもった。
しかも、ただ標榜するだけでなく、実際に台湾で実行・実現している点が参考になる。
オープンデータ⇒市民参加⇒説明責任⇒インクルージョンのプロセスは、今後のあらゆる活動に活かせそうだ。
オードリー・タンさんの今後の動向に注目しながら、考え方や実行過程などを、僕たちの活動にも活かしていきたい。


こういう人におすすめ

政治に関わる人が読んだら、政治と市民とのかかわりに価値観の転換が起きるのではないか。
普段政治とかかわりの薄い人が読んでも、政治とは本来市民のためにあることを思い出し、参加意欲がわくきっかけになるだろう。
また、チームの意思決定をするリーダーとっても、たくさんの気づき要素がある本だ。場当たり的な意思決定ではなく、深い人間観と理念に基づく意思決定をするための思考を学ぶのに適している。


めでたしめでたし

立崎直樹


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