NHKニュースの中の奇妙な会話:これが国語の試験だったら?
不整合(論理的に矛盾があること)というのは日常生活の中でときどき起きているものですが、案外気づかずにスルーしていることも多い。というか事象に対してそこまで関心がなければ、矛盾が含まれていても疑問をもつことなく「そうなんだー」と納得してしまいます。わたしも多くのことに関してそうだと思います。たいていスルー。
が、たまたまある朝、ポッドキャストでNHKニュース(NHKジャーナル)を聞いていて、えっ、ちょっと待って、ということがありました。最初、自分の認知能力が落ちた、ヤバイ!と思ったのです。2者の会話のつながりが見えない、理解できなかったから。相手は日本の公共放送。あちらが間違うわけがない。聞き間違えたとしたらこちらです。
で、もう一度その部分を聞いてみました。う〜ん、まだわからん。これはそうとう認知力に問題があるのか。。。
そこで会話のつながりが見えなかった部分を、文字化してみることにしました。このニュースは2022年2月28日午後10時に放送されたもので、わたしは翌朝これを聞きました。ロシアがウクライナに侵攻した後のインタビューで、NHKのニュースデスクの岩本氏が、ロシア外交安全保障政策専門家の笹川平和財団のあびる(畔蒜)氏に話を聞いています。題材はウクライナ情勢ですが、ここで書こうとしているのは、そのことではありません。会話の不整合についてです。
(「侵攻」という用語の使用についての最新情報はこの記事末を参照)
NHKが質問したのは「ロシアの侵攻の理由」でした。あびる氏のそれに対する答えは「NATOの不拡大(特にウクライナでの)というプーチンの要望が受け入れられないという不満の爆発」でした。それが理由でしょう、とあびる氏は答えています。ここまでの会話は成り立っています。質問 → 答え。
ところそれに対するNHKの答え(あいづち)は、「アメリカが予測していたロシアの侵攻が当たってしまったことになる」です。会話としてちぐはぐです。そもそも尋ねていたのは「理由」でした。あびる氏によってその理由は説明されたにも関わらず、NHK側はそれには無反応。
えええっ、ここでまず、わたしの頭は混乱しました。
さらにそのNHKのあいづちに対して、あびる氏の方も「そうですね、アメリカの情報能力の正確さを確認したことになる」と調子を合わせています。
あれれっ、侵攻の予測とか、アメリカの情報能力の話をしてたんだっけ、とここでわたしは思いました。いや、そうじゃなくて、なぜロシアがウクライナに侵攻したのか、って話じゃなかったんですか、と。
ニュースデスクの岩本氏がうっかりあびる氏の回答を聞きそびれてしまったのか、それとも聞きたかったことじゃない答えが返ってきたので、話を違う方に持っていったのか。そもそも「侵攻の原因」はどうでもよくて(もう起きちゃったんだから)、一応形式上、質問しただけ、「侵攻したという事実」こそが今、世界にとって大事なわけだからそこで話を打ち切った、ということなのか。
公開放送で、成り立たない会話をしてしまった理由はわかりませんが、岩本氏はNHKでニュースデスクを務めるほどの人なのですから、優秀な人に違いありません。でもこのとき質問に対して、相手がちゃんと答えているのに、それには無反応で違う話をするって、いったいどういうことなのか、いくら考えてもわかりません。ここからさらに話を深めていくのが「ジャーナル」ってもんではないのか、と。そう名づけているのだから。
確かに、このニュースを聞いていた人の中には、えっ、何も疑問は感じなかったですけどぉー。という人はいると思います。(そっちが普通だよ!?)
ここで一歩進んで、あびる氏の回答に対して、どんな返答、あるいはあいづちがあり得たのか、考えてみることにしました。
返答例A:ああ、なるほど。でも欧米もしくはNATOがロシアの話を受け入れない、というのは事実なんでしょうか?
返答例B:もしその話が本当であるなら、欧米・NATO側はなぜ、受け入れないのでしょうか?
返答例C:プーチン大統領は、なぜそこまでNATOの不拡大にこだわるのですか?
返答例D:積もりに積もったとおっしゃいましたが、それはどれくらいの期間だったり、機会なんでしょう?
返答例E:ではNATOの(東方への)拡大がなければ、ロシアの侵攻は起きなかったとお考えですか?
あるいは、
返答例F:おっしゃることはわかりました。話は変わりますが、、、(略)
まあ、他にもいろいろあるでしょうけど、たとえばということで。小学校の国語の試験かなにかで、あびる氏の回答に対しての返答例を考えなさい、といったらどんな答えが出てくるでしょう。
そこにNHKの実際の返答を交えて(返答例Gとして)、
返答例G:本当に(侵攻が)起きる、というアメリカの予測が、当たってしまったということになるわけですもんね。
「この中から対話として成り立っていないものを選びなさい」としたとします。
いかがでしょう。これは社会科ではなくて、国語の試験です。
返答例Gは、明らかに質問→回答のあとに予測される返答(あいづち)として、トピックの文脈から外れています。
なぜこんなことが起きるのか。天下のNHKのニュース番組で。
うっかりか。それとも意図的なものなのか。神のみぞ知るです。
このニュースを聞いて、どこが発信したものであれ、情報は気をつけて受け取らないといけないな、と思いました。基礎的な国語力、つまり文章を読んだり、人の話を聞いたりしたときの理解力は、常日頃から養っておかなくてはいけないな、と改めて感じた次第。
あと、耳で聞く情報は、脳内の処理の手続きが文章を読むときと違うため、すべての情報を受けとめられず、スルーしやすいということがあるかもしれません。また文字で書かれた情報の場合も、そこに写真などのビジュアルがある場合は、その絵が意味するものに理解が寄っていくということもあり得ます。これは新聞などで情報を見ているとき、よく感じることです。文章の内容とビジュアルが必ずしも合っていない、適切な絵が選ばれていない、ということはしばしばあります。そこに発信者の意図が見えたりもします。昔(1990年代初頭のバブル崩壊以前)、広告業界に「イメージ広告」というものが主流としてありましたが、それに近い手法でしょうか。ジャーナリズムの方法論としては、適切とは言えないと思いますが。
これで話は終わりです。
一つだけ付け加えるとすると、笹川平和財団・あびる氏について。ロシア外交安全保障政策専門家とのことですが、NHKのニュースを聞いたあと、たまたま読んでいた東洋経済オンラインで、あびる氏がインタビューを受けている記事と出会いました。そこでのあびる氏の受け答えは、NHKでの受け答えとは違って、適当に話を合わせているという感じではありませんでした。
*本記事の中の侵攻という言葉について:3月8日のロイター通信やDaily Mail紙によると、国連は職員に対して、ウクライナ情勢に関して公平性を保つため、「侵攻」や「戦争」という言葉を使うことを禁止したそうです。代わりに「conflict(紛争、衝突)」あるいは「military offensive(軍事攻撃)」と呼ぶようにと。
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