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ヒルトップ・カフェでコーヒーを マーティン・エグブレウォグベ(ガーナ) 

COMPILATION of AFRICAN SHORT STORIES
アフリカ短編小説集 
もくじ
[ Summer break essays and more … ]  no.1 no.2 no.3

マーティン・エグブレウォグベ(Martin Egblewogbe)は、短編小説集『The Waiting』(lubin & kleyner、2020年)、『Mr Happy and The Hammer of God and other Stories』(Ayebia, 2012年)の著者。多くの短編小説アンソロジーに作品が掲載されている。(作品のあとに詳細)

Martin Egblewogbe


二人はカフェの窓際にすわり、彼女は楽しそうに相手の男と話している。わたしの席から、大きな窓ガラスをとおして二人はよく見える。彼女は男の冗談に笑い崩れている。彼女の愛すべき心からの笑い。それがいま、くちびるからこぼれる宝石のような笑い声が、わたしの耳に聞こえはしまいか、、、

わたしはカフェの外、野外に設置された席にすわっている。絵のように美しい、心洗われる風景を楽しみたい人のための席だ。そのカフェは丘の頂上近くにあった。

わたしはその女性をあまり見ないようにして、自分のコーヒーと風景に集中する。コーヒーは美味で、深い味わいがある。そこは素晴らしい伝統あるカフェだった。

わたしの席は通りからほんの1メートルばかり入った ところ。カフェの真向かいには宝石店があり、その隣には美容室が、その隣にはテイラーがある。通りに立ち並ぶ店や家々の壁は、落ち着いた色あいのオレンジ、グリーン、ホワイトで彩られている。午後遅い太陽が窓ガラスに反射し、どの入り口も魅力的に見える。ここはショッピング通りだが、日曜の午後遅い時間には、静かでひと気もない。

遥か遠方には、ゆっくりと暮れなずんでいく空を背景に、山々の頂上が見える。

毎週日曜の午後4時半に家を出て、丘を登っていく。5時にはヒルトップ・カフェに着いて、コーヒーを1杯注文する。そこから15分間、わたしはコーヒーと美しい景色を堪能する。コーヒーを飲み終えると、カフェを出て、丘の反対側へと降りていく。そこから15分で教会に到着し、夕べの祈りの時間にちょうど間に合う。

今日は、最初のひとすすりを口にしたとき、カフェの中のカップルを見て、わたしは悲しみに襲われた。わたしの日曜の午後は、台無しになりかけた。が、わたしは静かにコーヒーを飲み、午後の愉しみを邪魔されまいとした。

で、通りとカフェの中を交互に見るうち、すぐにどちらも同じになった。彼女がそこにいようと、いまいと。わたしはコーヒーをいつもそうしているのとほぼ変わりなく、楽しんだ。

わたしの15分が終わり、コーヒーを飲みほして席をたつ。カフェの中では彼女が男の話に熱心に耳を傾けている。男の目をじっと見つめている。カフェの中の二人がわたしに気づいたか、どうとも言えない。でも気づいたようには見えなかった。

わたしは丘の頂上に着き、ちょうど日没を眺めることができた。

この日の夕べの光景は特別に輝かしいものだった。西の山ぎわ全体が、徐々に熟して紫色に染めあげられ、パープルゴールド*の球体(太陽)が木々におおわれた山の向こうに静々と姿を消していく。町は穏やかな光を浴び、美しい影に覆われる。完璧な静けさがあり、西の空を横切っていくカモメたちさえ羽ばたきすることなく、黒さを増す空を優美に渡っていく。

わたしは歩をとめ、その美しさにめまいを感じる。わたしは立ちつくしてじっと目を凝らすが、素晴らしい光景はすぐに消え去り、太陽が山の向こうに沈んで見えなくなると闇があたりを覆いはじめる。

わたしはまた歩きはじめる。教会の夜の礼拝に間に合うだろう。通りの灯りがつき、幻想的な光を道に投げかける。カフェの女のことを考える。わたしの日曜の午後は台無しにされたように思える。わたしはもう二度と日曜の散歩をすることはないだろう、ヒルトップ・カフェで一杯のコーヒーを飲むことはないだろう。

暗さを増していく残りの道を、楽しんで歩こうと思う。わたしの脇を人がときどき通りぬけていき、わたしは静かにうなずいて挨拶を返す。

礼拝堂に到着した。今夜はよその町からやって来た伝道師が、礼拝の指揮をとることになっており、信徒たちは祈りを捧げるようにその開始を待っている。オルガンが静かに演奏され、その背後で音楽がやわらかに広がる。

席につくと、わたしはさっき見た美しい日没を心に蘇らせる。それは日曜の午後の散歩と一杯のコーヒーという、わたしの長年の習慣のエピローグとしてふさわしいものだった。そこには何か、笑みを誘うものが少しだけある。

わたしは聖書を開くが、読むことはしない。目をとじて、音楽に耳を傾ける。美しいと思う。

*パープルゴールド:純金にアルミニウムを加えた貴金属の名称。紫を帯びた金色と言われる。

だいこくかずえ訳
原典:『Mr Happy And The Hammer of God & Other Stories
by Egblewogbe, Martin(2012, Ayebia Clarke Publishing Ltd)

マーティン・エグブレウォグベ
作品が以下の短編集に収録されている。『The Gonjon Pin』 (Caine Prize anthology、2014 年), 『PEN America’s Passages Africa』 (2015年)、『All The Good Things Around Us』(Ayebia、2016年)、『Litro #162: Literary Highlife』(2017年)、『Between The Generations』(2020年)、『Shimmering At Sunset』(2021年)、『Voices That Sing Behind The Veil』(2022年)。
マーティンは委任編集者として、アンソロジー『Resilience: A Collection』(2021年)を、共同編集者として短編小説アンソロジー『The Sea Has Drowned the Fish』(2018年)を出版。またアンソロジー詩集『Look where you have gone to sit』(Woeli、2010年)、『According to Sources』(Woeli、2015年)の編集にも携わった。
「ライターズ・プロジェクト・オブ・ガーナ」の共同創立者、ディレクターを務め、また「Pa Gya! A Literary Festival in Accra」のディレクターでもある。ほかにラジオ番組「Writers Project on Citi FM」のホストとしても活動。
マーティンは幅広いジャンルにわたる音楽の趣味があり、ボン・ジョヴィやメタリカなどのクラシック・ロック、E・T・メンサー、ブラック・ビーツ・バンドなどのハイラフ(ガーナなど西アフリカの英語圏に広まったギター、ジャズ、ブラスバンドなどのポピュラー音楽)、ピーター・トッシュ、UB 40といったレゲエから、ベートーヴェンやロッシーになどのクラシック音楽、グローヴァー・ワシントンやマイルス・デイヴィスなどのジャズに至るまで楽しんでいる。

Title photo by Tim Reckmann (CC BY 2.0)


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