見出し画像

織る:Weaving イヴォンヌ・クシーマ(ウガンダ)

COMPILATION of AFRICAN SHORT STORIES
アフリカ短編小説集 
もくじ

イヴォンヌ・クシーマ(Yvonne Kusiima)はカンパラ(ウガンダ)出身の作家。社会科学の学位をもつ。人間社会の複雑さに興味をもっており、物語を通して、この世界をより良くしたいと願っている。物語には現状を変える力がある(たった一つの言葉であっても)、と信じている。"Weaving"で、2023年度アフリカ文学のためのケイン賞最終候補(5人)の一人となる。(作品の後に詳細と作家のことば)

Yvonne Kusiima


「パー!」 婆(バア)の杖があたしの手指の上に降ってくる、まただ。1本は大人になったとき、もし婆の杖にやられてなかったら、結婚指輪(キラキラしたダイアモンドのはず、血に染まったやつじゃない。姉さんのジェシカは、アフリカのどこかの村でとれる血に染まったダイアモンドのことを話してた。あたしたちの村じゃないよ。聞いたことある?)をはめることになる指の上に、そしてもう1本は、あたしと姉さんがメチャキッタナイ言葉でやりあうときに使う中指の上に。そのメチャキッタナイ言葉を知ってたとしても、絶対に口に出してはダメ、わかった? もうメッチャでメッチャな言葉だからね。もし口に出してしまった場合は、7回反省して、地面にキスして、死を願う。そうすれば嫌な悪魔は体から出ていく。

婆に向かって中指を突きつけてみても、あの人には伝わらない。こう言うばかり。「キタナイ言葉を言えばいいさ。どうなるかね、ん、どうなるかね」 これを言いながら、 「カ」な(短い)人さし指をゆらゆらさせる。こんなもん怖くない。あたしの指は婆の指より長い。中指を突きつけたところで、婆は同じことを言いつづけるだろう。そんなことは1度あっただけだけど。いつもは中指は後ろに隠してる、が、あの日はもうメチャいらついてた。メッチャいらの極み。小さな体の年寄りが、こっちの頭を坊主狩りにして、まだてっぺんに少し毛が残ってるからって杖でバシバシ叩いた、ってどうよ? 婆はプラスチックのゴーグルで拡大して見てたんだよ。あれは何でも拡大するからね。婆の目を見てごらんよ。プールに潜ってるみたいだから。はーっ。とにもかくにも、キニョンジ(村で床屋はキニョンジと呼ばれてる)が残した髪の毛は、デシメートルとかヘクトメートルみたいな数字(これでも頭はいいんだ)では表せない長さだったわけ。ほんのちょびっとだよ。少林じゃなくて海兵隊だな。あたしがシンデレラ姫みたいな髪だったって信じられる? とにもかくにも、あの日を思い出すといつだって、婆が杖で頭を叩いた日だけど、「あの人は自分を何様と思ってんだ?」ってなるわけ。あたしが好きな男のそばを、坊主頭で歩けばいいってのがあの人の考え? その片思いの相手は昨日、「ちわ!」ってあたしに言ったんだよね、そういえば。黒いレギンスとクリーム色のTを着てたな、あたし。もとは白だったんだけど、村がクリーム色にした。この村は服にまで手をだす! ジェシカは自分のものを大きなメタルの箱に隠してる。ゴキブリも中に入れない。クモも中に入れない。だけどウジ虫がある日、中に入ったって想像できる? オバ、いったいどうやって? 姉さんは何を中に入れてたんだろう。

とにもかくにも、あたし、他の人じゃなくて、あたしのことを話したい。あたしのTはもとは白かった。買ってくれたとき、母さんはあたしがカンパラで着ると思ってた。母さんがモールのブティックで、一つのTを何百回も見て、小さな手に取るのを思い浮かべる。母さんは人間なのか、それとも天使なのかって思ってた。とにもかくにも、よく聞いてて、あたしはすごくスタイルがよかったの、母さんはあたしが大きくなったらモデルになれるって言う(言ってた)。母さんがいうには、あたしはルピタっていう人みたいだって言ってる(言っていた)。ルピタ、知ってる? 彼女はすごくきれいなわけ。

とにもかくにも、あたしは片思いの人にこう返事した。「ああ、、、ちわ、どうも」 風船ガムを噛んでなかったのは残念。こう言ったあとでブーンと大きく膨らませたかった。コトが起きる前は、ジェシカとあたしは青リンゴ味で色も緑のグーなバブルガムをいつも噛んでた。ハブって名前だったかな、、、よく覚えてないけど。知ってる、このガム? ママ・キンボウの店で最近買うみたいなやつじゃないよ。ママ・キンボウってのは子どもの名前がキンボウってわけじゃなくて、売ってるものがキンボウと小さな丸いバブルガムだから。まあ、マッチ箱とか腐ったゆで卵も店にあるかもだけど。これは岩かという半ケーキをつくることもある、チャパ・マンダシを入れないからそういうことになる。柔らかい半ケーキが食べたければ、ママ・インジクルの向かいの店に行けばいい。あたしはそこに行かない。ママ・インジクルがいつもあたしにこう言うから。「あんたの着てるものは何なの?」 チビのインジクルを見てごらん。チャンピオンにちなんで名づけられたんだ。いい? でもママ・インジクルのところのインジクルはチャンピオンになんかなれない。あの子の頭越しにあたしはそう言ったし、実際そうなる。あの子があたしに何したと思う? あたしがあの子を抱いてたら、プープーをあたしにした、オムツをしてなかったんだ。キョカ・ママ・インジクル、なんでや! 自分の子にパンパースしないで、それを人に売れるのか? で、いい? ママ・インジクルはチビのインジクルを叩くことになる。

とにもかくにも、ママ・キンボウの話がしたい。あたしがあの人の店で買うのは半ケーキだけ、ドーナッツの味を思い出したいからなんだ。前はドーナッツを朝ごはん、昼ごはん、晩ごはんと食べてた、だけどその味を忘れかけてる。この村ってのは、人の舌を殺す。とにもかくにも、これはママ・キンボウのことでも、あの人のカな(小さな)店のことでもない。あの人のところのバブルガムの話。ママ・キンボウは銀色だったはずの赤ちゃんスプーンに乗せて差し出すんだけど、それ空気にヤラレて錆びてんだ。ママ・キンボウが店にいるところを見てほしい。大声で誰にでも叫びまくって、まるでスーパーの店主みたいなんだ。あるときママ・キンボウはあたしにこう言った。人生悪いことばかりじゃない、大人になったら、あたしみたいな店をあんたも持てるかもよ。神さま、それは勘弁!

ええっと、ママ・キンボウのバブルガムの話に戻る。あたしは話をあちこちに飛ばすからね。婆があたしにこう言うことがある。「あたしがabcのことを尋ねたのに、なんであんたは話をすっ飛ばすの」 話のポイントは、ママ・キンボウのバブルガムは、潰して小さな玉にした太い指みたいで、鉛筆の頭についてる消しゴムを経口補水塩に浸したみたいな味だということ。ディオスに苦しんでるときもらうやつ。あたしはディオスになったことはない。それが何か知ってるだけ。おっきな胸をした大きな女の子がいて、いつもママ・キンボウの店の外のベンチにすわってるんだ。その子はいつも半ケーキか腐ったゆで卵か、アイスビンボを舐めてる(ママ・キンボウは大きな箱入りのアイスビンボを売ってる)。その子が言うには、誰もがディオスに苦しんでると。誰もがだと。あたしもそうだと言うみたいに。あたしのパンティを調べたんだろか。前にあたしがこの子にアイスビンボを買ってやったら(オバ、あたし何考えてたんだろう)ディオスになりかけたのを知ってる? 大きな胸の女の子たちにとってこれが問題になるのか、知らないけど。あの子たち あれこれ言いすぎ。
*ディオス(DIOS):遠位腸閉塞症候群

もう一人胸の大きな女の子がいて、あたしがカンパラから来たばかりのときはすごくきれいだったって、いつも言ってくるんだ。その子がママ・キンボウの店のまわりを歩きまわってるのを知ってる。ママ・キンボウのだんなさんが目的じゃないかって。お昼どきには、その人が店にいつもいる。女の子が歩きまるのは、ちょうどその頃なんだ。ある日、ママ・キンボウのだんなが、その子にカヴェーラのジュースをただであげてるのを見た。ママ・キンボウが無糖のパッションフルーツ・ジュースを売ってること、言ったかな。とにもかくにも、あたしは見たことをママ・キンボウには言わなかった。だけどママ・キンボウは自分の結婚式の写真を、みんなに見せてまわってる、それってどうよ? 二人はボーダボーダ(バイク・タクシー)で教会に行ったんだよ。ママ・キンボウのだんなが運転してた。はぁ! ちょっと、ママ・キンボウのバブルガムの話をしてたのに、いつの間にかだんなの話か? とにもかくにも、色は口に入れたとたん消える。好きな男の子の前で気取ってみせるには全く向かない。とはいえ、緊急の場合には役にたつ。片思いの相手が「ちわ!」って声をかけてきたときとか。とにもかくにも、この話はまた別の話。

婆の話をしてたんだ。婆は虐待という言葉を知らない。あの人が「シチケ」といってる言葉と混同してる。「あたしがちゃんとしたシチケをしてやって、助かってるだろ?」というのがお決まりのせりふ。先月、婆がカンパラに膝の具合を見てもらいに出かけたとき、キバンダ(村でやってる映画)に行って映画を見た。膝のことは、あたしから同情を引き出すとき使う。一日中、こう言ってる。「あー、あたしの、アイ、アイママ、ウォウォウォ、年とったわ」 やっている映画の中に、子供の虐待を扱ったものがあった。実際には、子どもの危機と言っていた。あたしはキケンにさらされてるんだよ! 哀れなサイを思い起こさせる。カンパラで生まれた人は、サイのことをすごく気づかう。あたしたちの血なんだ。いつだって動物園に行ってサイを見たい。角が欲しくてサイを殺そうとする悪人がいるって、信じられる? 密猟者って呼ばれてる人たち。もしそういう人を知ってたら、ウガンダ野生動物管理局に報告してほしい、自分が密猟者でない場合だけど。お願いだから、もし密猟しようとしてるなら、やめて、やめて、やめて。ハハハ! ウガンダ野生動物管理局の人みたいな口ぶりだね。もののわかった人がどんな風に話すか、あたしも少しは知ってる。

とにもかくにも、さっきの映画の登場人物の中で、子どもを虐待してたのは、年老いた女の人だった。婆とは肌の色も違えば、話してる英語も違ったけど、同じ仕立て屋を使ってるのかというくらい似てた。貧しい女と金持ちの女が、同じスカートやブラウスを着るだろうか? 人生とは奇妙なものだ。映画の中で年老いた女は逮捕された。つまり、婆も監獄行きということ。一日中織っているマットの上で寝ることになる。だけど実生活では、ソーシャルワーカーの人があたしを救えないのはわかってる。あの人たちは衆人の目の前で子どもの権利について唱えるのは好きだけど、そこで終わる。彼らの中に勇気をもって、家までやって来て子どもの権利を唱える人がいたとしても、婆を見れば逃げて帰る。婆の髪の毛はカミナリ雲みたいに頭の上で恐ろしげに逆立ってる。昔キックボクサーだったという伝説もあるくらいなんだ。婆の膝をだめにしたのは何だと思う? タンペコから雑穀粥をすする婆を、それが熱くて涙をためているのを見たってわからない。だけど婆の顔をとばして足に目をやれば、ジャガイモが飛び出てるのがわかる。で、ソーシャルワーカーはあたしのために何ができるか。何ができる? あたしをどこに連れていく? どこ? 親戚はみんな問題をたくさん抱えてて、子どもがいっぱいいて、またはその両方で。家政婦として働くためにカンパラに送られて、夜な夜な家の主人や奥さんから危険な目にあわされるより、今の生活の方がまだまし。

前に誰かが婆に電話してきたとき、耳が遠くなってきた婆は拡声器で話してたんだけど、電話の向こうの人がこう訊いてきた。「子どもが生まれたばかりの友だちを手助けしてくれる10歳から12歳くらいのカな(小さい)女の子を知らない?」 婆は、長い沈黙のあと、あたしの方をじっと見て感謝しなさい、と言って、それからいないと言った。いまの暮らしに感謝せよ、トマシーナ。これはマットや手提げ袋を編んでいるときに、何回も婆が言う言葉。これを言うとき、婆はすごく小さな声で言う。あたしが間違いを犯したときライオンみたいな声で吠えたてる人と同一人物とは思えない声で。婆に手提げ袋を編むというアイディアを与えた人を呪ってる。その人に悪いことが起きるようにではない。その人に教訓を与えるためだ。どうして他の人にあれこれアイディアを与える必要がある? マットだけでうんざり。で、感謝って、感謝? カンパラの五つ星の家から、村の二部屋しかない家に移るのが、たいしたことじゃないみたいに。ところで、そう、トマシーナはあたしの名前。母さんはそれがシェイクスピアが娘につける名前みたいだと思ったんだ。シェイクスピアのこと、聞いたことある? ジェシカはその人の本をもってたけど、婆が取り上げた。自分のために毒を飲んでくれる男の子のことばかり言ってたから。とにもかくにも、シェイクスピアは文章が書ける! まあ、彼の作品は読んだことないけど、母さんがいつも言ってたのはそれ。あたしもまともな話し方ができるって、言ったよね。自分の名前は、シェイクスピアが娘につける名前みたいだって信じてた。自分の目と耳で、トマト売りの女の人が、ぷっくりしたお腹に紐を巻いた裸んぼうの娘にこう言ってるのを目撃するまでのことだけど。「しゃがんで、プープーしなさい、トマシーナ。そう、そのおまるにね」 オバ、もう一人のトマシーナはいったい何を食べたんだ。ところで、カンパラではおまるは小さなトイレのことだけど、村のは土のやつ。とにもかくにも、そのトマト売りは、あたしに会ったことがなかったから、名前を真似したわけじゃない。それに一方のトマシーナがちゃんとした小型のトイレでプープーをして、もう一方のトマシーナが土のおまるでしていたとして、特に問題はない。どっちも、みんなトマシーナってこと! わかったよ、怒ってるわけじゃない、だけど土の上のおまるを使ってる自分と同じ名前の赤ん坊に会ったことあるかって話。

「なんで編んでる手を止めるの?」 婆が訊く。

「ごめん、ジャジャ」 そう言ったものの、あたしは考え続けてる。拷問(「命の危険」に代わる別の言い方)を手に受けて、ニコニコしていられる人っているのかな。ポリプロピレンからちょっと手を休めたっていいでしょ。マットの素材がそれなんだけど。いい、あたしたちが織ってるマットに使われてるストローは、ポリプロピレンからできてる。この名前が頭にこびりついてる。これをあたしの脳内に注入したジェシカに感謝してる。ジェシカはあたしより丸8歳年上だけど、マットを織らない。婆があたしたちにマット織りをさせようとした初日から、ジェシカにはさせてないんだ。それはジェシカがあたしはポリプロピレンでものを作るために生まれてきたんじゃない、と大声で泣いたから。ジェシカの指は赤ん坊みたいになめらかで、苦労というものを知らない。こっちの手は燃料缶を運ぶは、カッサバを引き抜くは、マットを織るはだからね。婆は誰かから使用済みの汚れたストローを買ってきて、それをあたしがきれいに洗って、指で押しつぶして平らにするわけよ。あたしは前はソーダを、水みたいな感じで飲んでたけど、いまは汚いストローを洗ってる。たまにビールみたいな臭いがすると、ストローをなめてみることがある。

とにもかくにも、わぉわぉわぉ! あたしと違って、ジェシカは小説を読んだり、ポリプロピレンみたいなシャレた言葉を学ぶことにたっぷり時間をつかってる。「スイート・ヴァレー・ハイ」を愛読してる。主人公の一人が自分と同じジェシカだからっていうのも理由の一つ。この本が、あたしたちがここでイナカモノになる前、ジェシカが手にした最後の本だからというのもある。姉さんの心の中では、表紙が破れてても、ページに豆のスープのシミがついてても、本は新しいわけ。豆のスープに熟した小さなトマトが1個入ってますように、なんて祈ることになろうとは。小さな熟したトマトの本当の価値を、トマト抜きで乾燥豆を食べるようになるまで知らなかった。ところで、乾燥豆を食べたことある? 食べるとそれがどうお腹におさまるか、知ってる? とにもかくにも、あたしが以前の暮らしでは、トマトをどんだけ無駄にしてたかってこと。1日中、犬のジャイアントにトマトを投げつけて、それを拾いに行かせてた。婆がこの贅沢な犬を飼いきれなくて、昔馴染みの近所の人がジャイアントを買ってくれた、婆が言うにはお金があればあたしたちの足しになるって。1か月くらいは足しになった。婆はこう言った。「あんたたちの金だから、好きなように使いな」 で、あたしたちはツナ缶や塩クラッカー、チョコレートをいっぱい買って、オルウェイズもしこたま買った。それは昔、生理のときに使うものの怖い話を婆がしたから。なんと、なんと、なんと! ひどい話なんだ。ジェシカは「げっ」と言った。ジェシカは最初に婆の家を見たときにもそう言った。というのも、あたしたちは婆は金持ちじゃないかと思ってたから。自分の母親が金持ちだったら、親戚一同みんな金持ちって思わない?

とにもかくにも、自分の手を動かしながら、婆の指を見ている。1年かかって、今日ついに、あたしはマットを1枚仕上げることができる。そう自分に言い聞かせる、黙って手を動かせと言われてるからね。婆がしゃべり続けてても問題じゃない。あたしに何か文句を言ったり、年寄りじみたアイタアイタと声をあげずには1分ともたない婆。ここまであたしがどうやって耐えてきたか見当もつかん。ストローがもうただのストローには見えなくなってる。カラフルな模様はどうやって生まれたのか。はぁーっ! これはプロの仕事だよ。自分を誉めてやる。たった1枚仕上げるのに、誰かが月まで行って戻ってくるくらいかかったとしてもだ。同じ時間で婆が、どんだけのマットや手提げ袋を織ったかは知らないけど。婆が自分をほめないとしても、あたしは自分をほめる。ストローを美しいものに変えるのなんてのは簡単極まる、と思ってるのか婆は。

あたしのマットは3色。赤、緑、黄色。どんなものか想像できる? この3色を選んだのはレゲエが好きだから。婆はこの色の組み合わせはよくないと思ってて、でも婆は楽しい音楽が何たるか知らない。ファッションのことだって、知ってるかどうか。婆はミシンを持ってるけど、自分の服を縫うため。正直、ミシンが布を食ってく様は、ワクワクする。蚊が人を刺してるみたい。トゥットゥットゥッ。あたしが蚊を見たことなかったって想像できる? いまじゃ、毎日刺されてるけど。ジェシカとあたしは蚊帳の中で寝てるのに、あいつらも中で一緒に寝てるわけ。あのアイスビンボの女の子があたしに訊いてきた。「その足、どうしたの?」 こう答えた。「蚊があたしの足を食ってんの、中にまだビタミンがたっぷりあるからね」 あの子笑ろた笑ろた。あの子の口の中を見てごらん。魚のやつみたいだから。あの子にアイスビンボを買ってやったことに、腹を立ててる。だけど知ってる? この村には、そういうことをさせる魔女がいるわけよ。

とにもかくにも、婆があたしに婆の服を作らせてくれたらなあと思う。へぇっ、婆もけっこうイケてるねって言われるかも。それから婆は、あたしにレゲエを聴かせてほしい。「ノー・ウォマン・ノォークラーイ」ってお尻(張ってきたんだ、少し)を振らせてほしい。そういう音楽なんだ。ジェシカが猫みたいにメソメソ泣いてる。あたしは飛び起きてジェシカにこう言ってやりたい。「で、誰が泣かせたの?」 だけど婆の杖がすぐそばにある。あれは生きものだと思う。ファラオの前に置かれたアーロンの杖だね。カンパラでは日曜日には、みんな日曜学校に行く。だからあたしは聖書をぜんぶ知ってるんだ。ジェイムズ王訳の聖書。ジェイムズ王訳ではないものをもってたら、捨てなさい。誰が福音をもたらすかということです。ははは! あたしはミス・エステルみたいに話してる。彼女にはいつもエステル記を読まされた。あのひと自分も美しいと思ってたんだな。ゆで卵をよく食べてて、オナラしてこう言うんだ。「神のご加護を!」 まあいい、1回だけだけど、その臭いをみんなに嗅いでほしかった。また話が逸れてしまった。とにもかくにも、あたしは婆が杖を振るのを見てない、が、杖が発する嫌な息を肌に感じるし、飢えたマホガニーの臭いがわかる。いまはこうして織ったり編んだり、編むといえば、ジェシカはいつ髪をほどくんだろう。姉さんが本物の人毛で結ってるのは知ってる、けど1年中そのまんま? 男の問題を抱えているのはそのせいじゃないか。でも、とにもかくにも、ここの美容室は街にいたときとは全然ちがう。ココナッツ・ジャンプーを備えてない。美容室の主人がシャンプーを混ぜてるところを1回見たけど、あたしがシャンプーの作り方を知らないにしても、オレンジを水の中に絞り込んで洗濯洗剤の「オモ」を加えて泡立てるなんて、ダメでしょ。ああ、オモがなつかしい。カンパラにいたとき、お手伝いの女の子があたしたちの服を洗うとき、毎日のように水にオモを入れてたから、服は新品みたいだった。

さて、あたしのマットは仕上がった。あたしの指はどれもオリンピックのマラソンを走ったみたいな感じで、でも金メダルはなし。冷たいルウェンゾリのボトルさえなし。婆ができたマットを検閲する。目を顕微鏡みたいにしてアラを探す。それから頭を振って、普段の日と変わらないみたいにあくびをする。婆がもし「よくできたね、上等!」と言ったら何が起きる? 婆のことはよく知らない。キックボクサーだったということ以外は、あたしの本当の祖母の妹だってことだけ。あたしの母さんを産んだ人の妹ってこと。婆には子どもがいない。卵巣に異常があるわけではなく、ただ母親ってのが気に染まなかったんだ。年老いて婆の母性機能みたいなのが死滅してから、子を授かるとは、人生とはおかしなもの。主として精神の母性ってことだけど。いつもぶったたくことばかり考えてる、ぶったたき、ぶったたき。婆のことを「バア」と呼んでる、なぜなら、婆みたいだから。シワ、窪みがあって、足を引きずる。婆はマットをあたしによこし、あたしはそれを丸めて、部屋の隅の他のマットと一緒に置く。あたしはこう訊きたい。「これが売れたら、そのお金はあたしのところに来る、、、?」 突然、あたしの特殊才能によって、婆の考えが聞こえた(あたしは人の考えが聞きとれる)。婆はパッと手を出す瞬間を待ってる。誰かがこの婆の死んだ心に洗礼をすべきなんだ。

あたしはジェシカのところに行く、超繊細なジェシカのところに。あたしと共有してるくたびれたベッドに腹ばいになっている。(姉さんの元彼の)サイモン・ジョンの写真に罵りの言葉を吐いている。「このブタ野郎が! パンツ一丁しか持たず、しかも穴あき。この恥知らずが、、、トマシーナ、何か用?」 あー、なんてこと。ジェシカがキタナイ言葉を吐きまくるのをとめた。とにもかくにも、あたしは口を閉じていようと努力した。でもちょっと、パンツ1枚しかなくて、穴があいてる? 笑わずにいられるかって。

「ちょっと様子を見に来た」とあたし。「サイモン・ジョンと何があったの?」

「あたしが違う髪型をしたらどんなか、見てみたいって言った」

あたしは笑う。「で?」

「彼とは終わった。どこに新しい髪型にするお金があるかって。誰が髪を結ってくれるかって。ここの女たちを見たよね。どの女も人毛で作った帽子をかぶってるみたい」

「ハゲ頭をかぶったらどう?」

「あんた、頭おかしくない?」

「怒らないで、ちょっとふざけただけ」 そう返す。

ふざけたわけじゃないよ、実のところ。ジェシカにハゲ頭をかぶらせたい、ってのはあんまりだとは思うけど(自分じゃ絶対かぶらないから)、ジェシカはいつだって完璧なんだ。ジェシカの頭の形がどんなか、見てみたい。姉さんのことを人が「あなたの姉さんはきれいだね」と言ったら、「でもハゲ頭のところを見たことないでしょ。アイ・マウェ! どうよ、どんな三角にも辺は三つあるってこと」と返す。姉さんにハゲ頭を被ってほしい、そうすればあたしの言ってることが正しいとわかる。完璧に美しい人なんていない。姉さんの足は小さい、大きな目に、小さな鼻。髪は八の字に広がってて、編み込んだ髪は極太で長い、で、髪をとくのが嫌いなんだ。はーっ。何か月か前にあたしは白癬菌に感染した。そうしたら婆が、髪を伸ばすのをやめろと言った、学校でも、だよ。今の学校では、「カンパラから来た人は髪を長くしてもよい」って校則なんだ。それはカンパラから来た人は、本当の中心地ね、髪が草みたいに伸びるってわかってるから。赤ちゃんのとき粉ミルクで育って、あらゆるビタミン入りの美味しい食べ物で育ったから。それで髪は切っても切ってもどんどん伸びる。サムソンみたいに。この名前が好きなんだ。あたしの片想いの相手の名前。サムソン。歌をうたってるみたいな響き、シンギンソン、サムソンにクビったけなんだ。トマシーナとサムソン。どう、ロマンチックじゃない?

サイモン・ジョンの破かれた写真の切れ端が頭に降ってきた。ジェシカが写真を破いたんなら、二人が終わったというのは確実だと思う。かわいそうなサイモン・ジョン、あたしにいつもロリポップをくれてたから、いいボーイフレンドだよって姉さんに言ってる。ロリポップ食べたい。でっかくて赤くて甘いのをなめてると、いまは田舎暮らししてるってことを一瞬わすれられる。

「トマシーナ!」 婆の声だ。マットを作ったばかりなのに、今度は売れってか。家の前で地面にすわって、マットを置いて、悲しそうな顔をするんだ。そうすると良きサマリア人が買ってくれる。急いで外に出ていくと、婆が作った変な色のマットと手提げが加えられてた。誰かに趣味が悪いと思われたらどうする? 誰かっていうのはサムソンのことだけど。とにもかくにも、言い訳はできるだろうけど。

車が1台も通らないからあくびする。車が見たいと思うなんて、このあたしが。生まれながらにして車を見てきて、人生とはそういうものと思ってた。母さんはあたしを出産するとき、渋滞がひどかったという話をよくしていた。そのあたしが、車を見たいと祈る日が来るとは。この世には機械というものがある、と思い出させてくれるエンジン音が聞きたい。カンパラでは毎日、頭の上を飛行機が飛んでたけど、あの音じゃない。あー、人生とは! ここはスーパーひっそり静か。今では、うるさい音で叩き起こされた芝刈り機のマシン音すら、なつかしい。

遠くからあたしの売り物を見ている人がいる、知ってる人だ。あの女はお金をもってない。こっちにやって来たけど、いらっしゃいませとは言わない。「こんにちは、マットとバッグを見て、きれいでしょ。一つ手にとってみて」 あたしは女に触らせる、あれこれ触らせる。と、女は何も言わずに去っていく。太陽が強く照らしはじめて、あたしは汗をかく。アイスキャンディが食べたい。しってる? アイスビンボみたいだけど、清潔な水と本物のフルーツで作られてるんだ。アイスキャンディをかじると、氷から冷たい息が吐き出される。いやだめだ、暑い日に、ストロベリー・アイスを食べてた頃のことを思い出したりはしない。だめだめ。

目を開けると、目の前に信じられない人が立ってる。あたしの片思いの人だ。くちびるをなめて、にっこりする。

「泣いてたの?」 彼が訊く。

「ううん、どうして?」

「目がうるんでるけど」

「太陽がまぶしかっただけ」

「ああ」

「そう」

彼があたしの作ったマットに手をふれる。あたしは咳払いする、これあたしが作ったのと知らせるため。

「いい色だね」と彼。「ボブ・マーリーみたいだな」

さすが! あたしの片想いはものがわかってる。たぶん、母親のせい。あの人みたいになりたいな。その人はずっと前に村に視察にきて、ここに恋してしまったんだ。で、アメリカに帰るのをやめた。彼女は貧しいアフリカの人々、特に子どもたちを助けること、それが生きる幸せなんだと。あへーっ。

「そう、ボブ・マーリーみたいなんだ」 わたしが言う。

「で、夜は何してるの?」 彼が訊く。

夜、自分が何をしているかは熟知してる。川に水を汲みに行くんだ。

「川に泳ぎにいくんじゃないかな」

彼がにっこりする。彼の歯、きれい! きっとコルゲートで毎日、磨きに磨いてるんだろうね。いいな、彼は。婆は超小さいコルゲートを買ってきて、こう言う。「ほんの少しだけだよ」

「じゃあ、僕も川に行こうかな」

「わかった」

サムソンはあたしのマットを買って、お金を受けとるあたしの手に長いこと自分の手を置いていた。彼の手の汗。サムソンの汗があたしの手の中に、信じられない! カンパラにいたとき、ジェシカがアメリカから来たシンガーを見に行ったら、彼が汗をふいた小さなタオルをジェシカに投げたんだ。姉さんはもうとんでもなくハッピーで、叫び声をあげた。「これ彼の汗、彼の汗!」 それと同じことを頭の中であたしは叫んでいた。家の中に駆け込んで、婆に、あたしのマットが売れたと言った。婆はまだとろんとしてたけど、こう言った。「アイ、アイ、ウォウォウォ! 神のご加護だ。買ったのは誰?」

「わからない。知らない人」 お金を婆に渡して、きびすを返した。婆はお祈り集会に行こうとしている(お祈り集会に婆が行くのは、男を探すためだと思う)。だから川に行く準備がゆっくりできる。

姉さんが常備してるローションを、こっそり使ってたら見つけられてしまった。

「あんた、何してるの?」 とジェシカ。

「ローションをちょっと」

「やめてよ」

あたしは手をとめた。もう済んでたし。姉さんはじっとあたしのことを見るが、何も言わない。ドアのある方へとあたしが行こうとすると、こう言ってきた。「あたしに何か言ってほしいわけ?」

「いや」と答える。

あたしはバケツを一つ手にとる(燃料缶だったものを、カットしてバケツにしたもの)。5杯分運ぶのだけど、1回に一つしかあたしは運べない。今日は、ジェシカが手伝おうとは言わず、ありがたかった。

川は静かだった。水を蹴っていると、二つの手があたしの目をおおった。柔らかくて汗ばんでいた。サムソンだ! 振り返ると、サムソンがにっこり笑った。あたしのマットをもっていた。何でそれ持ってるの、と訊くべきか。ジェシカが言うには、あれこれ質問する女は、男の子に嫌われるそうだ。訊かないでおこう。とにもかくにも、サムソンはあたしのマットにぞっこんなんだ、で、もしマットにぞっこんなら、あたしに対してもぞっこんかも。

「おいで」とサムソン。「こっちだ」

「どこへ?」とあたしは訊く。

「森の中だよ」

どうしてと訊こうとして、男の子は質問攻めにする女の子を嫌う、と思い出す。サムソンならヘビから守ってくれるだろうし。サムソンがボーイスカウトにいたことは、みんな知ってる。それって兵士みたいなもんじゃないか? 彼はあたしの手を引いて、森の中へ入っていく。今までそこは、ただの大きな森だった。でも今は、クリスマスツリーの楽園みたいに見える。てっぺんで鳥が声をあげている大きな木のところで、サムソンは足をとめる。その大きな根っこの横に、マットを敷いてすわる。

「すわったらどう?」とサムソン。

あたしはすわる、でも手がブルブルしてる。するとサムソンがあたしのほっぺにキスをする。さらにあたしの口にキスをする。それから膨らみつつあるあたしの胸をつまむ。あたしが何か言う前に、スカートがたくし上げられて、パンツが脱がされ、二人でマットの上に横になる。あたしが言う。「だめ、やめて!」 だけど彼はやめない。あたしは婆の言葉を口にする。「アイ、アイママ! ウォウォウォ!」 彼が手であたしの口をおおう。彼の汗を味わう。苦い。

終わると、サムソンは黒っぽい土のところで立ち小便をした。彼のあそこを初めて目にする。さっき感じたよりずっと小さい。立ち小便はなかなか終わらない。サムソンは少し振って、振り返る。

「このこと誰にも言わない、よな?」

うなずく。もうバージンじゃないなんて、ほんとかよ。サムソンにやったってこと、だけどそれは婆の杖に耐えて、光るリングをはめた結婚式の日のはずだった。でも今となってはスーパーペシャンコなお尻のサムソンと結婚したいかどうかも、よくはわからない。これまで、男の子のお尻の大きさなど気にしたことがあったかどうか。

あたしは服を着てバケツを持ったけど、なんかうまく歩けない。家に着いて、ベッドに行くと、ジェシカが部屋にいて、服をたたんでる振りをしてる。あたしたちは今も金持ちみたいに、服はたくさん持ってる。服に関してはいいこと。振りができてるときは、貧乏だということを忘れられる。ジェシカは自分の服などたたんだりしない。服にさわって、匂いを嗅いで、今も金持ちだという振りが好きなだけ。

「どうしたの?」 ジェシカが訊く。

「なにも。横になりたいだけ」とあたし。

よかった、ジェシカが部屋を出る。あたしは泣きはじめる。ジェシカの前で泣くのはごめん。姉さんが言うには、よくないことも、いずれよくなると。それから「赤ん坊でいるのはもうたくさん。強くなるべきなのよ」と言う。だからこうして一人で泣けるのは嬉しい。あんなことが起きるとは、信じがたい。もう、あたし女なのか? とはいえ、太ももの太さは同じだし、胸だって同じサイズ。つまり、もう女っていうわけでもない。

あたしの手はどんどん速く、怒ったみたいに熱くなって動く。二つのマットを仕上げるのに、たった5か月しかかからない。婆は笑顔、そしてまた笑顔、杖はすっかりおとなしくなっている。次の月に、あたしのお腹が膨れてくるまでのことだけど。婆が杖でお腹を突いてくる。でもジェシカがそれを跳ね返す。ジェシカがこんなに強い人だとは知らなかった。これって姉さんが今では男の食べ物(ポッシュと乾燥豆)しか食べないせいなのか? とにもかくにも、姉さんがあたしをこれほど愛してるってことも、婆をひどく嫌ってることも知らなかった。婆の胸元を姉さんが杖で突いてるその姿! 杖のほうも婆をやっつける準備万端! 婆が杖の持ち主だってことはどうでもいい、みたいな。この杖が誰であれ手にしたその人の役にたつと知っていれば、いつも怖がってる必要はなかったんだ。でも、とにもかくにも、婆を打つんだ、婆があたしを打つみたいに、そしたらどうなる?

「どこの子なんだい?」 婆が訊く。「それとも大人の男かい?」 婆は野生動物みたいに部屋の中を歩きまわる。婆はもうシャカシャカ歩いてる。カンパラの医者が婆のひざを魔法みたいに治したんだろう。そんなこと知るか。あたしは黙ってる。サムソンはもう片思いの相手でもないし、それに同い年の17歳のガールフレンドがいて、まるでジェシカの双子の姉妹みたいなみてくれなんだ。その子をすごく憎む、でもジェシカはすごく愛してる。姉さんはまだ杖で婆の胸を突いてる。婆が一歩あるくたび、その足が地面に着く前に、杖が胸に当てられる。

「男の子が誰か知る必要なんかない」とジェシカ。「この子と赤ん坊をどう助けてやるか、それを話さなくちゃ」

ジェシカは相手が誰か知ってると思う。少し前に、姉さんはあたしを起こしてこう訊いてきた。「なんでサムソンの夢なんか見てるの?」 サムソンとは誰か、とは訊いてこない。それは誰もが彼を知っているから、彼の母親を知ってるから。アメリカを離れて、アフリカの奥地の村に住んでる女を、知らないわけがない。とにもかくにも、ったく、サムソンは大嫌い! 多くの人が彼をサムソニと呼んでるとき(彼はそれを嫌ってた)、あたしはいつもサムソンとちゃんと言ってた、歌でもうたってるみたいに、シンギンソンサムソン。

あたしと赤ん坊のことで言い争う婆とジェシカを残して部屋を出る。生理がくればいいのに。生理にきてほしいと願う日がくるとは、思いもしなかった。ナプキンをするとあそこが超かゆくなる。人生ってメッチャ奇妙なもの。母さんはあたしのことを「私の赤ちゃん」って呼んでた。それ、たった1年前のことだよ。赤ん坊がいったいどうやったらお腹に赤ん坊を持てるかっての。あー、もうもう。眠くてたまらん! 昼の間に眠くなるなんてなったことない。なのに生理で耐えてるときは、ただ寝たり起きたりしていたい。

あたしが赤ん坊のために、マットを織ってる夢を見たって信じられる? はぁー、なんてこと。婆の小さな部屋に行ってすわる。部屋の半分はセメント敷きで、あとの半分はお金がなくて土のまんま。婆が言うように、素敵だからじゃない。婆のお粥が入ったトゥンペコが部屋の真ん中の小さなテーブルに乗っている。あたしはお腹がペコペコだけど、婆のテーブルの上のものには触れない。あたしがお粥をじっと見て、食べてる振りをしてると、婆が入ってきてトゥンペコをあたしに手渡した。

「食べな」と婆。「二人のために食べるんだよ」

これってクレイジー。婆が自分のトゥンペコのお粥をあたしにくれるって? 急いで食べる。豚みたいになった。たえず何か食べたい。たえずそそくさと食べたい。だけどなんでまた、婆はお粥に砂糖を入れた? 1年中、何かを飲み食いするときは、砂糖なしだって言い続けてなかったか。そうすると健康で長生きできると言ってなかったか。食べ終えたとき、あたしの口から変な音が出た、なんだ? 婆がトゥンペコをキッチンにもっていく。ワォワォワォ。そして戻ってくると、あたしを質問攻めにする。赤ん坊を産みたいか。赤ん坊の世話をするのがどれほど大変か知っているか。あそこから赤ん坊を押し出すとき、どれだけ痛いか知ってるか。赤ん坊をもつ覚悟はあるのか。あたしは泣いた、泣いて泣いて泣いた。

ソーシャルワーカーがやって来た、どうよこれ? 誰かがあたしが妊娠したと漏らしたんだ。あたしは未成年。婆が訊く。「なんなの?」

「未成年でしょ」 ソーシャルワーカーが答える。ピンクの口紅のせいでその人の歯はすごく黄色に見えるし、ファンデは茶色が濃く見える。だけど肌はすごく黒い。とはいえ、あたしの昔の英語の先生みたいに流暢な英語を話す。「どうして妊娠などさせたの?」

婆の杖がソーシャルワーカーに突きつけられる。この杖は生きてる、絶対に! あたしは目を閉じ、彼女が猫みたいにミーミーいってるのを聞く。ははは! 彼女のペラい靴がコココと走り出ていく。なんであの人はあれを履いてた? 着飾って、あたしらのために着飾って。結婚式に行くとでも?

ベランダで寝そべってると、サムソンのガールフレンドがやって来る。サングラスをして、パープルの三つ編みをお尻のところまで垂らしてる(赤ん坊がおしっことうんこだらけのおしめをしてるのを見たことある?) 彼女がサングラスを外して、あたしにウィンクする。あたしはウィンクを返さない。ああやってアメリカでは挨拶をするんだろうけど、この村ではそんなバカなことはしない。あたしがここの村人だってことを誇るとは! あの人ヘン。あたしがウィンクを返さなかったのに、まだなんか言ってる。「こんちわー、キューティー、あなたのマット素敵ね。寮に持って帰ろうって。いい感じよね」

あたしが喧嘩っぱやかったことなんかない、でもワォー! お腹の中の血が熱く騒いでる。彼女が立ち去って、その背中に天使の羽の絵があるのを見る。笑って、笑って、笑いころげる。あの人が自分は天国に行くと信じてるとは、ぜったい思えない。信じないかもしれないけど、神様は人間をわかってる。よく知ってるんだ。

婆とジェシカに赤ん坊はいらない、と言ったとき、お腹の中の血はまだ沸騰していた。婆はにっこり、ジェシカは気を失いそうだった。

「なに考えてるのよ?」とジェシカは訊く。「お腹の中の子は、もう立派な人間なの。医者の鉗子で妹を殺させるわけにはいかない!」 そう声をあげる。

カンシって何よ。その言葉の響きを舌の上で楽しむ。

婆が首を振る。「大丈夫」と婆。「あれに効く薬草を知ってる」

ジェシカが子猫みたいに泣きだし、部屋を出ていく。自分が妊娠してるみたい。そのあとを婆が足を引きずって追っていく。何もかもがすでに通常モード。

婆のトゥンペコからそれを飲んだ、でも今度のは苦い緑の飲み物だ。何か特別な変化は感じない。頭痛みたいな感じがあるだけ。飲み終わると、婆が横になるよう言う。あくびをしながら婆の部屋を出る。緑の液に効果がないとわかってよかった、赤ん坊が欲しくないか、まだはっきりしないんだ。サムソンのガールフレンドを見たときは、すごく腹がたったけど。

それは夜になって始まった。あたしは寝返りを打ちまくり、からだを折って折って丸めてこらえた。ジェシカを起こして、子どもが産まれそう、と言う。でも姉さんは目をこすりこすり、金持ちがするみたいに両手をひろげ、こう言う。「バカじゃないの、赤ん坊は死ぬんだよ」

なんか大量のものがあそこから出てくる。血に染まってる。これまでで最悪の生理だ。

朝になって、婆からまたトゥンペコを渡される。のど元が膨れてきて、あたしはイヤイヤをする、吐きたい、吐きたい、それだけ。

「これでお腹の中がきれいになる」 婆が言う。

あたしはトゥンペコを受けとって、ゆっくり飲む。そのあと、トイレに駆け込む。こんなときは、すわって、足をブラブラできるような、カンパラで使ってたトイレならよかったのに。ここではしゃがみっぱなしでもうこの悪夢は終わると祈るしかない。この痛みったら、あー、イエス様! あたしが生まれるずっと前に、イエスと言われるイケてる男がいた。イエス様、あたしに奇跡を!

あたしはベッドに行って、眠りに眠った。イエスみたいな顔が見えるけど、光で明るすぎて、はっきり見えない。サムスンとガールフレンドがあたしのマットの上にいるのが見える。あたしは目を閉じる、彼らがこれからすることを見たくないから。それはあたしとしてはいけなかったことだ。サムスンの彼女は背が高くて、立派なお尻をもってる。あたしのは小さくてペチャンコ。彼女はマットの上にいたいと思った。あたしはそうじゃなかった。あのマットを織るのは大変だった。あの人は 織ってない。あたしは苦い薬草を飲んだ。彼女は飲んでない。目が覚めると、お腹が引っ張られてるみたいな感じで、マックスのどが乾いてた。でも何も飲みたくはない。母さんのことを考える。母さんの子宮の中で、あたしのからだのパーツパーツが丁寧に一つに織り込まれたことを、よく話してくれた。あたしは300本の骨を携えて生まれてきた。押し潰されたポリプロピレンのストローで出来たマットとは違う。

訳:だいこくかずえ
出典:ISELE Magazine

イヴォンヌ・クシーマ
シンプルだけどパワフルな詩をもつ歌が大好き(アロー・ブラックの「I do」、カリ・ジョブとコディ・カーンズを迎えたエレベーション・ワーシップによる「The Blessing」など)。
この小説は ‘weaving’という言葉から生まれた。わたしはweaver、織ることがわたしの仕事だと思っている。そこにある糸をつなぎ、言葉をつなぎ、文章を作り、段落を作り、物語を完成させる。わたしの書くものは、多くの人が想像する「アフリカの物語」とは違っているかもしれない。私はまず自分のために書く。自分が読みたいものを書く。他の人たちがそれを好きなら、それは素晴らしいことだ。

クシーマの作品は、African Writer Magazine、Kalahari Review、Brittle Paper、The Hektoen International Journal(Medical Humanities)、Iseleに掲載されている。ケイン賞(2023年)の他、イセレ短編小説賞(2023年)の最終候補にもなった。

By the author and "Africa in Words"

Title photo by Steve Snodgrass CC BY 2.0.jpg


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?