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[エストニアの小説] 第5話 #5 祭りの準備(全15回・火金更新)

 今日はテリゲステの屋敷で大きな祝いごとがある。
 いくつかの大切な行事が同時にあるのだ。カトリ・パルビの70歳の誕生日、メオス・マルティンの孫息子の洗礼式、カトリの息子トーマスの結婚式前夜祭の三つが執り行われる。
 ここ数日間、その準備でせわしない日々が続いた。豚や鶏が殺され、子牛が皮を剥がれた。カトリは自分の誕生日と愛する息子の結婚式をきちんと栄誉あるものに、輝かしいものにしたかった。参加する人の記憶に喜ばしく、素晴らしいものとして、重要で崇高なものとして残したかった。
 メオス・マルティンが、同じ日に高名な聖具室係が赤ん坊の洗礼のためやって来ることになっていると告げたので、カトリとメオスは長く激しい議論ののち、無駄なせり合いはやめて、この祝祭をより盛大なものにするため、メオスの孫息子の洗礼とカトリの誕生会を一緒にすることにした。

 というわけで、メオス・マルティンとその家族、息子の大家族、家畜、荷車、大釜、大小の鉢、その他さまざまな物品が、早くも火曜日の夕方にはカトリの屋敷に到着した。4頭の立派な馬が大きな積荷とたくさんの子どもたちを乗せて、大人たちは食卓に乗る予定の子牛や豚、羊、七面鳥、鶏などを連れて、その後ろを歩いてやってきた。メオス・マルティンは4匹の犬まで引き連れてきた。ご馳走のあとに残った山ほどの骨を誰が食べる、そう思ったのだ。同じ目的から、メオスは2匹の豚まで連れてきていた。殺して食べるためではなく、太らせるために。この豚にも食べるものが残されるだろう。残りものがなかったとしても、暑い夏の盛りには食べものはすぐに傷んでしまうから、油ぎった皿や器を水で洗い流すはず。犬や豚を飼っているのであれば、それは正しいこと。フェンス越しに貴重な食べものをやる必要はない。
 
 メオス・マルティンはバルコニー席にすわって、ウォッカのボトルと豚足を手に、狩猟ナイフをテーブルに置いて、橋の上で指示をおくるボスのように家族にあれこれ命令を下している。いやいや、カトリであれ誰であれ、この男が可愛い孫息子(ヨーナタンという名になるはず)の洗礼式を、カトリのお金でやりたいなどと思っていると考えてはいけない。メオスには家畜があり、穀物があり、金がある。さらにこの重要な場で、カトリの家で厳粛めいた行事がある際なら、ちょっとばかり贅沢をしてもいい。

 メオスは実際のところこれを望んでいたわけではないが、この男とカトリには共通の友人や知り合いがいて、それを二手に分けるわけにもいかない。カトリがパンを一つ焼けば、メオスは妻に三つ以上焼くよう言いつけた。カトリが七面鳥を2羽つぶせば、メオスはその3倍はつぶす。カトリがパーティブレッドに1キロのレーズンを入れれば、メオスは自分のパーティブレッドには5キロの同じ種類のレーズンがいると思っていた。いや、なんてこった! カトリには誕生日と結婚式という二つの行事があるのに、メオス・マルティンには洗礼式一つしかない。しかしながら、村の連中は盛大なご馳走とパーティの費用はメオスが出している、ということを知るべきなのだ。メオスは自分の家族に他の客たちとどのように、何を話したらいいか教示していた。自分の妻から羊飼いの少年に至るまで、教理問答書の神の祈りの言葉を教え込むように、受け答えの訓練をしていた。名誉と賞賛の大部分はメオスのところに来るべきで、そう手配してあった。「見ろよ、貧乏な地主が、金持ちの農夫と競おうとして、どれだけ苦労してることか!」と高慢な態度でカトリについて言い、もう1杯やるのだった。
 
 たくさんの村の女たちが手伝いに呼ばれた。あっちの建物こっちの建物と走りまわり、ドタバタと歩き、ピシャリとドアを開け閉めし、顔を真っ赤にして汗をかき、大騒ぎしていた。白パンの塊三つ、ライ麦パンの塊二つ、スポンジケーキ三つがもう焼きあがっていた。300個の卵が割られた。子牛4匹、子豚2匹がすでにボールの中でゼリー固めの肉に調理されていた。ローストされた肉はサウナストーブのところで保温されていた。アヒルや七面鳥、鶏の群れは順番が来るのを待っていた。
 
 「メオス、メオスったら」 悲鳴をあげながら、マルティンの妻が庭に走り込んでくる。「カトリはアイスクリームを作ろうとしてるよ!」
 「たくさんなのか?」 メオスはそっけない調子で尋ねる。
 「あの人はバケツの中をかき混ぜているよ、どれだけかなんて、なんであたしにわかるのさ」 妻のアンはブツブツ言いつづける。
 「桶を持ってきてこっちも作るんだ!」 メオスが強く言う。「あたしがかい?」 アンが泣き声をあげる。「桶いっぱいのアイスクリームを作れっていうんだね! でもどうやって作るか知らないよ。氷もないし!」
 メオスは眉をひそめ、イライラとウォッカを続けざまに飲み干す。そして怒りの声をあげる。「桶をもってこい、それで作るんだ! おまえが作り方を知ってようがいまいが、俺の知ったことじゃない。もうここまで充分に教えてきた、棒とムチをつかってな。で、アイスクリームの作り方も知らないのか!」
 
 家の煙突はここ1週間というもの煙を吐き続けてきた。レンジやコンロはサウナストーブみたいに燃えている。メオス・マルティンの孫息子のアンドレは、これから洗礼される子の兄だ。この子は部屋から部屋を歩いてまわり、ストーブに唾をペッペッと吐いて、シューシューパチパチ熱い石が音をたてるのを楽しんでいる。アンドレは長い編み棒を渡され、大釜の中のブラッドソーセージに穴を開けるよう言われていた。しかし三つの目の鍋をやり終えると、飽きてしまい逃げ出した。
 
 コーヒーが家畜用の大釜10個分に淹れられていた。奥の小部屋にはさまざまな種類の蒸留酒の瓶が兵隊のようにズラリと並び、パーティのテーブルに呼ばれて行進していくのを、客たちの喉を通って喜ばせるのを待つばかりだった。そしてついに、女たちが鶏を絞めるときがきた。鶏を庭に持ち込むと、リンゴの木の下で、素早い動作で羽をむしり始めた。羽が宙にいっせいに舞い、猛吹雪のような風景になった。
 
 お客たちは近くから、遠くから招かれた。土曜日の朝までに来るよう呼ばれていた。計画では、カトリ・パルビとメオス・マルティン双方の合意で、この祭りは次のように進められることになっていた。朝、軽食とコーヒーのあと、まだ客たちが酔っ払っていないときに、カトリの最大の賞賛の中、聖具室係が前置きの説教をする。お客は真面目に信徒らしく、それを立ったまま聞く。説教と讃美歌斉唱のあと、乾杯し、スポンジケーキを食べる。そして「万歳カトリ」の歌をうたう。これで第一部が終了。「万歳カトリ」の歌のあと、カトリがその気になれば、お礼の言葉を2、3言う。それが済んだら、客はテーブルについて昼食をとる。昼食が終わったら、メオスの孫息子の赤ん坊の洗礼が行なわれ、説教、讃美歌、乾杯、スポンジケーキとつづく。このあとコーヒー、アイスクリーム、ウォッカ、ビールが出される。そしていよいよ結婚する二人、トーマス・パルビとその妻となるマーイヤ・メルツ(裕福なリオサ農場の主、ヤーン・メルツの一人娘)が前に進み出る。聖具室係が短い説教をし、二人を祝福し、「万歳」の歌をみんなが歌い、乾杯して、スポンジケーキが食べられ、強い酒2、3杯が喉をとおり、全員が晩餐の席につく。踊りと歌をともなった食事が翌朝までつづき、そこでまた朝のコーヒー、ウォッカ、ビールがふるまわれる。人々が軽食をとったら、結婚式に参加するため教会まで行く。結婚式が終わったら、スケジュールに沿って、火曜日の朝までパーティが行なわれる。お祝いの席は聖具室係の説教によって終わり、そのあと「万歳」の歌がうたわれ、最後の乾杯があり、最後のスポンジケーキが腹に収まり、強い蒸留酒が2、3杯出されて、客たちは(そうしたければ)家に帰る。

 すべては教養があり育ちのいい人たちがやっている式典や祝祭と同じように、厳粛に高貴に成されなければならない。喧嘩や言い争い、論争はなんとしても避けること。ユリ・アーパシバーの息子のヤコブ・アーパシバー、テニス・ティクタの息子、オールベル・ティクタ、メオス・マルティンの息子、ユリ・マルティン、ヤーク・ヤルスキの息子、ヤーン・ヤルスキは世話役を頼まれ、左袖に白いリボンを付けている。この男たちは何か争いごとが起きたら、素早く、威厳をもって大ごとにならないよう鎮めなければならない。しかしもしどこかのバカが人の頭に酒瓶を打ちつけたり、別のアホの腹をナイフで刺したりすれば、傷を負った者をすぐに納屋に運び、応急処置をすることになる。攻撃した方の者は、他のお客の目にとまらないよう、素早く確実に縛り上げる必要がある。そして貯蔵庫のビールの空瓶の箱の上に放置して、そこで眠らせておく。応急処置は、この祭りのために街から呼ばれたヤーン・ヤルスキの息子、医者のマディス・ヤルスキがする。また軍からやって来た地元の警官、ヨーナス・シンプソンとペーテル・ピッカも世話係を助け、やり合う男たちに脅しをかける。
 
 このカトリ・パルビとメオス・マルティンによる祭りの相互計画書は、事細かに規定され、逐一書き綴られ、両者の署名が記されている。パーティが終わったあとで、問題がおきることはないだろう。ごくごく細部のことまで条項には書き記されていた。とはいえ、主たる条項の書き手はカトリだった。メオス・マルティンはこのような馬鹿馬鹿しいものを真面目に受け取っていなかったからだ。女のあれこれ考えるやり方に、男がいちいち賛成するわけがない。それで、メオスは随所に訂正や追加を入れた。中でもこの男は、自分が争いごとや世話役のすること、医者や警官や軍についてよく知っていると思っていたので、これに関することについては。
 
 カトリは土曜日の朝、早い時間に来てくれるよう、短い手紙を聖具室係に送ってあった。これはカトリの子どもたちを洗礼した評判のいい老聖具室係ではなかった。この良き男は少し前に、年をとって死んでいた。新しい聖具室係は昨日、村に来たばかりだった。カトリもテリゲステの村人もこの男を見たことがなかった。サーレマーから来た、話好きで単純な男だと言われていた。

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'A Day in Terikeste' from "Toomas Nipernaadi" by August Gailit / Japanese translation © Kazue DaikokuTitle painting by Estonian artist, Konrad Mägi(1878-1925)

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