RYT200へのお誘い

この夏から始まる一連の講座、第一弾は全米ヨガアライアンス究極のRYT200のこれ。

https://tokyo-yoga.com/discount/KISHIKAWA200?redirect=%2Fproducts%2F20240507001

岸川卓巨の担当する講座、やろうと考えている内容を説明しておくと、メニュー的にはよくあるヨガの入門書、あれに書かれているお馴染みの基本的ないくつかの動きといくつかのプラーナヤーマをやるだけ。

具体的にメニューのさわりの部分だけ書くと

①呼吸と動きを一致させる基礎的な体操

②完全呼吸法

③カパーラバーティとバストゥリカーと火の呼吸

④片鼻呼吸法

・・・と、こんな感じで誰でも知ってるお馴染みの技法をやるだけなんだけど、それらをどの入門書にも書いていない、というかおそらくそれらの本を書いた人も知らないであろうところまで掘り下げてやる。

様々な珍しいテクニックやオリジナルなアイデア、新発明のヨガスタイルに手を広げていくのもいいかも知れないけど、入門書に書かれているようなオーソドックスでファンダメンタルな『初級テクニック』の足元に、まだ全然掘り返されていない理とか知識がたくさん埋まっている。

初歩の初歩を支えている

「理」

それさえ掴めばそこから新しい公理系や理論つまり

「自分オリジナルの新しいヨガ」

を生み出せるかも知れない。今回は指導者になるための講座、そのレベルを目指す人のための講座だ。もしいつか指導者になって名前付きの『◯◯◯ヨガ』を作り出したいならどうせならそこからやらなきゃ。

今回RYT200で担当する最初の1回目の講座でそこまではもっていける。シークエンスをどう組み立てるか?とかではなく、最初からヨガそのものを組み立てるための原理を伝える。それには数時間あれば充分。なんたって私は初めてヨガのワークショップをやった15年前からずっと

「たった一度参加すれば2度と来る必要はない」

事をテーマに、2度と来ない参加者だけを想定してワークショップを組んできたからだ。今回もそれをやる。すなわち

「この講座ひとつで、新しい(けどまごうかたなき古典で正統派の)ヨガの新流派を一本作り出せる」

ということ。

ただひとつ違うのは、今回の最初の講座は後に想定されるさらなるアドバンスな世界のあくまでも導入部、イントロダクションでしかないので、

「確かにそこでも新流派一本立ち上げられる」けど、

「でもそこから先をもっと見たくなる」

ように講座を作る。
要するに今回のRYT200でやるのは

「ヨガの入門書に書かれている基礎の基礎の足元の金脈を掘り返す」

ってことにすぎないけど、同時にもっとアドバンスで広い範囲にも当然同じような金脈が埋まりまくっている事を知る事にもなる。

周り全てが広大な金脈なのに、足元だけ掘って終わりにする人間なんていないだろう。砂金取り体験じゃあるまいし、そんなところでまで「足るを知る」必要なんてない。欲望は禁じる事によってではなく顕現させて見つめる事によってはじめて「自己の中で完結するか?他人のものを侵犯するか?」のエゴの境界線が見えるようになるのだよ。表面的にエゴが無いかのように振る舞っている人間は別にエゴが薄いのではなく単に自己と他者の境界線が曖昧になっているだけの場合がほとんどで、その境界線で擦り剥いたり痛い思いをした事がないので、自分が変人だったりとか周りにとって厄介者になっていたりめんどくさい人間になっている事に無自覚になる。エゴをただの悪者扱いしている人も多いけど、他人の領域を侵さないようにしたり他人との自然な関係を調節するためのセンサーになるのもエゴだ。ちゃんと尊重してほしい。
そして実は②の完全呼吸法はそれを知るための呼吸法でもあるんだけど、それは次回以降の話になる。

・・・それはさておき、そんな訳であらためてメニューのさわりの部分を今一度違う形で書いてみると

①表の呼吸と裏の呼吸(表の呼吸しか知らないと、けっきょく『呼吸と動きの一致』が決まったヨガの動きの中でしか起こせない。そういう身体の使い方がヨガクラス限定だったらあまり意味ないでしょ)

②ヨーガ行者の呼吸を往復から円運動へ(ハタは今一度往復運動に戻すんだけど、瞑想は円運動なので知っておいた方がいい)

③プラーナによる浄化と拡散と集中(3つの高速呼吸は何ひとつかぶる部分もなく全く別のテクニック。使い所も全く別)

④感情とプラーナをリンクさせる(ヨガが哲学、というか哲学を身体にあらわすものというのが分かる代表的なテクニック。精神的なものや形而上的なものを物理主義に置き換えるヨガの巧妙なアイデアの一端を見る事ができる)

という事になる。
どれも冒頭に掲げたお馴染みのテクニックの内実だが、どのヨガ入門書にも書いてないはずだ。

むかしインドのお師匠に

「お前が扉の前に立った時にその扉を開ける鍵を渡す。だが扉に辿り着いてもいないのに鍵だけもらってどうする?」

と言われたが、今回わたくしが渡すのは地下室を解放する鍵だ。

地面の上に立っている限り、誰もがその鍵を手にする資格がある。鍵を受け取りに来るか?その鍵を使って地下の広大な金脈から何を持ち帰るかはあなた次第ってわけよ。


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