人間のアプデ

俺ちゃんには、元配偶者との間に一男一女がいる。
娘が、いよいよ、とうとう、
思春期における反抗期と呼ばれる状態になった。
もっとも昨今ではこの言葉を頻用しないらしい。
俺ちゃんとしてはこの言葉の是非は問わないし、
別に良いではないか反抗したって、
という気持。
どちらかというと、何がキッカケで子に、
親に対しての対応に変化が訪れるのか、
そちらの方が興味深い。
思うに、キッカケの一つは、
彼女はきっと誰か親以外の人間に対して
愛情という感情が生じ、
それを己自身でも実感する年齢になったから、
だと思う。

恋愛感情というのは、
人間が成育する過程で後天的、かつ、
その感情を感じることになった相手の存在
という外部要因が機になり目覚める能力、
そのように言える物だと考える。
そして、
その能力が備わったのなら
人間として成長した証である。
娘に、新しい価値観が誕生したのだ。
実にめでたいことである。

人は、新しい価値観を身に付けたとき、
既存の価値観に疑問を持つ。
いや、順番は逆かもしれない。

既存の価値観に疑問や不満を持った時、
新たな価値観の存在に気付き、
気持がそちらに傾倒する。

旧体制から新体制へ
完全なる別離をもたらすこともあれば、
両者間に
いくばくかの共通点や妥協点を見出して
折り合いを付けながら進む、
そんなこともあるだろう。

変化である。
成長である。

恋愛感情を侮ってはいけない、
俺ちゃんは常日頃から
これをモットーとしてきた。
これは、自分の母親からの教えである。
恋愛によって
時に死すら選ぶ人がいることを侮るな、
このように強く言われた事があり、
その時はポカーンって感じだったが、
彼女もそこに
何かしらの哲学的思想を見い出していたのだろう。
これはまた別の機会に書きたい。

誰かに恋愛感情を抱くというのは、
その始まりが一目惚だろうが違かろうが、
見た目が好みとか中身が大事とか、
そういう、いわゆる恋愛分野的な話ではなく、
好きだと感じる相手を通して
自分の心に訪れる感情の起伏、
いわゆる嫉妬とか執着とか呼ばれる
マイナーな感情も含めて
これを俯瞰する必要時期が自分に訪れたこと
それを理解し、己で、
今後その心情を
どのように取り扱うのが良策なのか、
好きと感じられる相手と共に
明るい未来を具現化するためには
どのような具体策を実行していくのが良いのか、
そのような作業を開始する時期に来た、
そんな風に思うし、
それこそが大切だと思う。
そう、人生という一大プロジェクトの、
最も重大な一部を担う感情、
それが恋愛感情である。

我々夫婦は、法律上は夫婦ではなくなったが、
子の養育者であることにおいては
未だパートナーである。
それはエネルギーが強いが故に、
機能不全に陥った夫婦の
歪な強いエネルギーで以て子育てをしたくない
ということを第一義に考え、
我々は、夫婦の形を解消した。
しかしこれにより確かに、
子らの人格形成に
何かしら影響を与えてしまったと思う。
その点は、実に申し訳なく思っている。
我々が拙いまま、
そこに向き合おうとも、
打開、是正、改善していこうともせずに
単に流れ作業的に親の役目を続行してしまった、
その結果の歪みである。

子に反抗期が訪れたのなら、
その親にもまた同時に転機が訪れた。
そのように考えて、人間は、
常にアップデートして
自分を最新版にしておくのが良い、
そんな風に思う朝となった。








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