6月1日

 朝から気鬱で仕方なかった。丸二ヶ月半、仕事から離れているというのに、何の進展も無い。見込みも無ければ希望も無いのである。私は何処へ向かうのか、雨明けで湿気が立ち上り、吐き気がするようなだるさを感じながら鍬を揮っていると、ろくな考えが浮かばなかった。
 午後から馬鹿みたいに自分を甘やかして、夕方ハローワークの検索を掛ける。6月初日の月曜日だからか、とんでもない量の求人が入っていたが、ヒットするものはひとつもなかった。
 友人の勤め先が人を募集していた。そこそこ良い給料なのは知っていたが、働いている当人がフラフラになっているのを知っているので、応募しようとは思わない。そもそも私が働こうと思ったら、通勤に片道2時間はかかる。賢い選択だとは思えない。
 通勤圏内の求人自体がそもそも少ない。私はとてつもなく不便なところに住んでいるのだと改めて思った。
 前職の同一職種に人が足りていないらしい。他の同業者に負担が来ており、かなり不満が募っているようだ。頼まれてもいないし、そもそも生活できないから離れたのだから、私にその空きを埋める選択は0だが、ちょっと気が紛れた。
 とある場所からの連絡で、最終学歴の学校名が間違っていたことを知る。応募しても書類選考で落とされ続けた理由がそこにあるとは思わない。そもそも去年受けたところはその履歴書に更なるミスがあった状態で採用されかかったのだから…。そこがかなりヤバい職場だったのかも知れないが、では履歴書の学校名がおかしいから落ちたのだとして、訂正してすぐ書類選考に通るような気もしていない。取り敢えず、応募したくなる求人が欲しい。
 今年は喪中なので初詣には行かなかったが、忌中を過ぎれば神社への参拝をしてはいけないわけではないらしい。そろそろ神頼みでもしなければ、いよいよ先行きが怪しくなっている気がしている。
 コロナのせいだと認めたくないのは、私がかなりの覚悟と信念を持って、今回の求職活動に臨んでいるせいだ。結果が出ないと、世の中から自分を否定されている気にもなって来る。〝望めば叶う〟は嘘で、努力しても思うようにならないことなど山のようにあるということは重々承知してはいるが、それを跳ね付けてでも辿り着く場所へ納まるのだという理由の無い確信だけが、今も消えずにここにある。

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