妹という人 ③
機嫌が良い時、妹は饒舌だ。聞いていて可笑しいのは、彼女の暮らす世界が、私のそれとまるで違うからである。
今回のテーマは、彼女の上司。妹は昔から、男の受けが抜群に良い。それは女としての魅力に満ちていて引く手数多だとかいう嫌味なものではなく、何故か年上の男に可愛がられるというものだ。
子どもというものは、割と男の人が苦手だったりするのだが、妹は幼少の頃より祖父や叔父が大好きだった。祖母や叔母…といった人に比べ、一般的に子どもから敬遠されがちな男性陣は、そんな妹を可愛がる。母の田舎に帰ると、近所のおじいさんなどと手を繋いで歩いていたというから筋金入りだ。
そんな彼女は、何処に勤めても職場の上司に可愛がられる。現在の職場でも例に違わず、可愛がられるを通り越して、完全に好かれているのである。
話によると、彼は自分が若くして出世できたのは妹のお陰だと思っているらしい。しかし酒癖の悪い人で、べろんべろんに酔っぱらっては、妹にしつこく電話をかけて来る。しかも妹が実家に帰っている時と、電話のタイミングが合致する。そんな彼に対し、妹は恐ろしくキツイ。正直傍で聞いていると引くぐらいだ。正に激怒と暴言による罵倒である。身内にも言ってはいけないが、他人にはもっと言ってはいけないような言葉を投げつける。会社では良い人なのに、酔っぱらうと酷いらしいのだが、傍で聞いているこちらの胸がしくしくと痛む。普通なら、関係を継続することなど到底出来ないような罵詈雑言を浴びせるが、彼は翌日、しつこくしたことを妹に謝って来るのだそうだ。彼女曰く、上司はMらしい。
ドッグランの帰り、トイレを我慢出来なくなった妹をコンビニで降ろし、私は母を仕事場まで迎えに行った。妹が乗っていない理由を説明すると、母は「リンゴすりおろしたの食べたら、マシになるかも…」とスーパーに立ち寄るよう言った。
リンゴを買って、コンビニへ…。夕食のメインはカキフライにしようと思っていたのだが、妹が「〝かってや〟のコロッケ買いに行きたい」と言い出したので、その足で〝かってや〟に向かう。
〝かってや〟は私達が小さい頃からある屋台風の揚物屋である。安くて美味しいその店のコロッケは、昔から、母が兼業主婦に疲れて楽をしたくなった時、食卓に上がった。行けばその場で揚げてくれる。唐揚げも絶品で、妹は帰省すると八割方、〝かってやのコロッケ〟を所望した。
夕食は副菜だけを作った。妹はお腹を壊しているくせに、「全種類食べたいから半分に切って出して」と言った。玉子、チーズ、ミート、コーンクリームの四種類と、唐揚げ…。流石に半分に切ったのはコロッケだけだったが、妹の皿に移されると、それらはさらに半分になって私の皿に戻って来た。
「お腹痛いからそんなに食べられへんねん。」
それは知っている。ドッグカフェでも食べるより喋っていた。それでもコロッケは全種類食べたいのか…。量が四分の一であってもか…。食い意地が張っているのか控えめなのか判らない。
妹は腹が痛かったが、私は喉が痛かった。いつも左の喉がやられる。疲れや睡眠不足に伴い、タバコの煙にやられるのだ。実家を出た弟妹以外、現住民は誰も吸わない。
夕食時も、妹は引っ切り無しにトイレへ行った。戻っては喋る。
「お腹痛いのに、ごはん残すなって言うんやで?黒ウーロンまで飲み切れって…。お腹冷えるっちゅーねん!」
東京生活も長いのに、喋りはまるっきり関西人である。食べたいものを食べたいだけ取り皿に盛り、セットのドリンクを冷たい烏龍茶にしたのは妹自身だ。私は出されたものを残すことを嫌う。しかも今回の食事代は母の懐から出ていた。姉妹で出かけることなど滅多に無い上、支払いの御鉢が現在無職の私に回って来ることを想定したのだろう。無職でも食事代くらいは出せるので断ったが、母は持って行けと聞かず、五千円札を私に押し付けた。妹が出すと言い出すかもしれないので、直前まで黙っていた。気が利くようなら、お金はそのまま返すつもりだったのだが、期待は外れた。
「もう無理!」と、当たり前のように食べ物を放置する妹に言った。
「今回は母の奢りやねんで!ちゃんと食べ切り!」
妹は『うひょ?』というような顔した。
「そうなんや。でも無理。お腹痛いねんって…」言いながらトイレへ向かう。黒ウーロンは半分も飲んでいなかった。
私は爛れた喉で、妹の食べ残しを飲み下した。揚げ物や固形物は痛い。しかしシェアせず、自分の頼んだドリアだけ食べていたら、恐らく、「お持ち帰りさせてくれ」と申し出たくなるほど残っただろう。
うちは貧乏だが、幸いなことに、現在まで食べる物に困ったことはない。しかし食べ物を無駄にすると、いつか困ることになった時、過去に無駄にしたあれこれを思い出して後悔しそうな気がした。
私は前世で、飢えに苦しんだのかも知れない。
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