8月5日

  朝から首を絞められているような苦しさに、息が出来なかった。
 首を絞めているのは私自身で、前を向けない、悪いようにしか考えられないその連鎖に、圧迫されていたのだった。
 午後になっても変わらなかった。長く刺し続けた刺繍がひとつ仕上がり、突然降り出した大雨の対応に走り回った後、少し眠ったのに、目覚めた後もずっと苦しかった。
 笑えないまま食事を終え、パソコンを開く。両掌の怪しい線を、今日は赤い水性ペンで濃くなぞった。途中歪んでしまい、アルコールで消そうとしたが無理だった。少し消えたので書き直す。本物か偽物かわからない覇王線だ。
 情報を探る。今年の始めもこんな感じだった。しんどさを和らげるための作業を探り、私は十年以上も前に書かれた誰かの記事に、少し癒されたのだった。
 仕事が決まらなくてしんどいのは私だけじゃない。私がしている以上に、他の人はもっと沢山の応募をして、それでも決まらない場合が多くある。私はまだまだなんだと思ったら、この先も働く可能性が0では無いのだと思えた。
 夕方5時を過ぎてハローワークに検索をかける。転職サイトはどれも同じようなメールが来るばかりで、私とは相性が合わない。ろくなものがないと言われるハローワークの方が、情報は新しく、私には不適切でも様々な求人で溢れているように感じた。
 期限を過ぎて一旦消えた筈の求人が、再び掲載されていた。前回、少し気になってチェックしたものだ。希望からは程遠いが、気にはなるから番号を控える。そんなものが幾つかあった。動く気になれないのは、“もっと自分が望むものを!”と欲張るせいだ。気になっても、面接まで進めば、思っていたのと全然違った…そんなことを、今年になって何度も繰り返している。勘に頼る癖があるのは、それだけ勘に生かされて来たからには違いない。その方法が正しいかそうでないかは別として、他人の意見が入らないのだから、自分を信じる他、術はない。
 来月、彼岸に帰省するつもりだった。しかし宿代が通常より大分高い。仕事が決まっても、休みが簡単に取れるとは思わないから、色々と前に進みにくいのもある。再来月は母が同窓会のために帰省する。犬を放置できないから、ここにも休みか、時間休での対応を迫られる。たった一人なら何でもないことが、人であれ犬であれ、家族がいて、負担が自分にかかると、不安も増えるのだった。
 徒歩5分の会社でパートの募集がある。張り紙をしてあるのは見ていたが、ハローワークにも情報が出ていた。繋ぐとしたらこの辺りか…とも思うが、本当にこれで良いのだろうか?と自信がない。
 何でもやってみる!
 しかし私の人生に、それほどの転換期は必要ないのに、私は居場所が定まらない。
 しんどさは和らいだが、行く先はまだ遠い。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?