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惑う星 リチャード・パワーズ


BEWILDERMENT
Richard Powers



「世界はぐるぐる回ってて、僕はそれに満足してるってこと。」


まただ、また雪が降ってきやがるんだ。
雪は嫌いだ。
ポウくんを思い出す。


これは母を亡くした少年と、そのお父さんの話だ。
この少年ね、アスペルガーかADHDとの疑いがあるという。


「熊は昔、どこにでもいたんだ。パパ、僕らに見つかる前は。僕らがすべてを奪った!僕らが孤独な思いをするのは自業自得さ。」

環境戦士のロビン少年は激しやすい。
ぼくはこのお父さんの気持ちがひどくわかる。
ちょーーーーーっと他の子と違うってなるとすぐ「病気」だ、「虐待」だって脅してきやがる。
子供なんてキチガイじみてるのが普通なのにさ、おとなしくできないとすぐなんらかの病名つけて「薬漬け」にしやがる、恐怖の「ロボトミー」時代となんも変わっちゃいねえんだ。

「薬を与えるか」「子供を取り上げられるか」

息子を「薬漬け」にしたくない。
追い詰められるお父さん。

著者のパワーズさんも、このお父さんもバリバリ理系だから「薬」についてはぼくより詳しいだろうて、そんな彼らも嫌がる「薬」。
ぼくもポウくんに「薬」を与えるのを拒んだ。
何やら「脳」に作用する薬だ。
「彼らしさ」が「病気」だとはとても信じられなかった。
「薬」で彼は幸せになれただろうか。
「薬」で長生きすることで幸せだと感じただろうか。


ぼくは今でも「薬」を支持できない。
脳に働きかける人工化学物質、脳に働きかける人的操作。
ぼくは「薬」を飲まない。
なぜなら、「薬」には絶対に「副作用」があるからだ。
わけがわからない、怖い。
自分が飲みたくないものを、自分の大切な者に与えたくない。
そんなぼくは「虐待者」といわれるだろう、この「パパ」と同じように。

ぼくはこのロビン少年のことを「パパ」ほどよく知らない。
けれど、このお父さんは息子を守ろうと必死だ、狂気じみた滅びゆく世界から。「みんなと同じ」であることを「善」とする世間から。
ポウくんと同じように、この繊細すぎる怒れる少年が生きれる場所はこの人間社会にはない。

この地球上に野生動物はたったの2%しかいない、少年のママはいう。
例え大袈裟だったとしてもそんなことはどうでもいいだろう、今の調子で人間が地球を食い尽くせば、近い未来、野生動物はいなくなる、森林もなくなる、空気はなくなる、水は毒水となる。
とにかく人間が多すぎるのだ。
人間とそれを養うための家畜だけで地球はギューギューだ。他の生物のために空いている土地なんてこれっぽっちもない。水も土もぼくら人間様の排出する毒で毎日汚染されている。ぼくらの糞尿にも必ず何かしらの薬物が溶け込んでいて、それが毎日、地球を腐敗させる。
もはや地球サイズの資源ではこの「多すぎる」ニンゲンを支えきれない。
地球上の科学者みんなが知ってることだ。

環境活動家の「ママ」の影響もあって、ロビンは怒っている。
この地球上で行われる残虐非道なことが彼を憤怒させ精神を破壊するのだ。
地球が死ぬかもしれないのになんでみんな平気なの?って。
常にイライラし、何をやっても集中できない「問題児」の彼は、ある実験の被験者となる。

死んだ「ママ」に会うのだ。
fMRIちゅうマシーンに入って生前にとった彼女の脳データ「恍惚」にアクセスすることで彼女の脳内に触れる。
少年は変わる、集中力が高まり、他人に対して寛容になる。
けれど、社会は変わらない。

結局、実験は中断され、元の不機嫌な「問題児」に戻ってゆく少年はもはや何に対しても自分を守ることができなくなる、怒り、怒り、怒り。
日々、他の生物を絶滅に追い込む人間生物への怒りで彼は壊れてゆく。

牛の大量虐殺ニュースで彼が壁に頭を打ちつけ続け、狂気の沙汰で喚き散らす場面があるが、なるほど、ぼくにはその気持ちがわかるよ。
実際、ぼくも何度も己が爆発して粉々になるかと思われる怒りの衝動に見舞われたから。肉を食わないのもそのせいだ。
ニュースや動物、環境関係の動画を見ないことで、ぼくは現実から逃げて引きこもった。そうでないととても正気じゃいられねえ。


なんというか、救いのない話だ、この星に救いはない。
この希望のなさを今の子供達は感じているんだろうか。
人間生物は反省しないし、ゼンゼン学ばない、この地球に存在してからずっと欲にまみれた破壊と殺戮の上に繁栄してきた。
そういうデストロイが大好物な変わった生き物なんだ。

ついにはさ、地球をなんとか守ろうとする子供らを「病気」だって薬漬けにして、おとなしくしてればそれでいい、と。
地球上の他の生き物を慮るより、良い大学に入って金を稼ぐ方が大事だってね、でもさ、その「地球」がなくなっちゃったらさ、ぜんぶ無駄よ?地球さん危篤よ、待ったなしよ?

そんなに「普通」が大事かね、みんなと同じにおとなしくしていることが「善い」と価値づけるのはいったい誰なのかね。

ほうらね、みんなと同じにしないから、あんたらは酷い目にあったんだ、と
彼らは言う。
ロビンも「パパ」も酷い目にあったろう、世間様の言うこと聞かないとこういう目にあうんだ、と。
嫌な世の中だよ。
嫌な生物だよ。

ぼくはポウくんを思う。
このお父さんのようにぼくは辛かったし、幸せだった。
彼らのような繊細な生き物は、この地球上にはもはや居場所がないもんだ。
そうして「薬」を勧められる。
それを飲ませなきゃ「虐待」だ。

この「世間」という同調圧力はなんだろう。
みんなと一緒でなければ「病気」とされる。
ワクチン打たないやつも「病気」。
ポウくんも病気、ぼくも病気。
監視され、通報される。
ソビエトレンポウかよ。

この少年と同じように、感受性の強い彼らに都会は似合わねえ。
多すぎる人間、狭すぎるスペース、うるさすぎる雑音、眩しすぎる電気、臭すぎる空気。
ロビンにもぼくにもポウくんにも全く合わない。
ぼくらは似た者同士だ、気が合う。
「みんな」とは気が合わないが、ぼくらは気が合う。ど田舎にいるとホッとする。

「人間の中には、細菌の細胞がヒトの細胞の十倍ある。そして人が生きていくためには、細菌のDNAがヒトのDNAの百倍必要だ、と。」


bewilder
動]
他〈人・動物を〉当惑させる,混乱させる,うろたえさせる
語源[原義は「荒野に導き入れる」]

goo辞書

Bewilderment「惑う星」とはこの少年のことだ、ぼくは思う。
人を惑わす者、野生へと誘う者、なんか「荒野の呼び声」を思い出す。

ロビン少年は「自分」と言う星を構成している者たちを知っていた。


「馬鹿な人としゃべると自分まで馬鹿になった気がすることってあるでしょ?…けど逆に、頭のいい相手とゲームをやると、こっちも賢い手が思い浮かぶ。」


「みんなと同じ」やつらは、みんな仲間だと思っているけど、結局彼らもひとりぼっちなんだ、ひとりぼっちだと認めたくないからみんなと同じでありたがる、考える必要もない、まったく楽だからだ。
そうして「誰か」の決めた価値に乗っかり、いつも「誰か」の言うことを聞いて、この地球という星を蝕むがいい、それが人間様ってやつよ。



「フィードバックが私を導く。そしてその間ずっと、私の脳は愛する人に自らを似せることを学ぶ。」


愛する人に自らを似せる、それはこの上ない幸福だ、ぼくは思う。
ぼくもポウくんに似たいと願った。
残念ながらサルなぼくには難しかった。
ヒトは、言語を発達させたせいでなかなかそれがうまくない。
言語はそれを使って分類することで「わかったような気にさせる」だけだ。
病名もそうだ、それでその人をわかったような気にさせる。
ラベリングだけならまあいい、「薬」はやめてだ。

ぼくが思うに、子供と犬は本当によく似ている。
彼らに必要なのは自由に遊べる場所だ。
大声出したり、走り回ったり、取っ組みあったりして臭いをなすりつけあい、汗と鼻水を飛ばし合う。
そんなスペースがどんどんなくなった、彼らはいつでも監視され、狭っこいところに閉じ込められる。
して、おとなしくしてないと、「薬」を与えられる。
監獄か?
そりゃあ、チマチマゲームばかりするよ、楽だもの。
親だって喚き散らされるより大人しくゲームしてくれたら万々歳だ、楽だもの。


ぼくはロビンやポウくんが変わっているとは思わない。
むしろ、非常に子供らしく、地球生物らしいと思う。
子供どうし喧嘩をすることもあれば、怪我することもあるだろう。
そうやって彼らは「群」を学ぶんだろう。
もっと自由に走らせてやれ、どこまでも一緒に走ってやれ。
それが愚鈍でつまらなくなってしまったぼくらにできる唯一のことだ。

そうして彼らとともに走るとね、彼らの見ているものが少しは見えたりするんだよ、その時、ぼくらが無くしてしまった「価値あるもの」が見えたりする、「薬」よりよく効くだろうし、害はない。

その愛する「惑う星」が消滅してしまう前に。


「他の皆がどこにいるのか突き止めることができなかった惑星がかつてあった。その惑星は孤独が原因で滅びた。」


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