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妹に告ぐ

僕には妹が1人いて、
それはそれは、すべてが正反対でどうしようもなかった。

ひとつ言うならば、僕はお姉ちゃんがいる弟タイプであって、
お兄ちゃんタイプでは決してない。

神の采配ミスか、僕の割り込みだった可能性もある。
妹に対してはドンマイとしか言いようがない。

母親の腹部が膨れ上がった時、僕は特に何も感じていなかった。
「お兄ちゃんになるのよ」と言われても、取り立てて僕にすることなどなかったからだ。
数か月後、当たり前みたいな顔をして柔らかな布に包まれたそいつは
僕とは違ってはっきりとした二重で、小麦色の肌の女の子だった。

思えば僕は兄というポジションにいながら、何もそれらしいことをしたことがない。

まだ2歳の妹とデュエルをするために、遊戯王カードをその小さな手に握らせたあの日。僕が「デュエル!」と叫んだ途端に妹はカードを握りつぶした。

ぐしゃっという音を合図に激昂した僕は
妹に同じ目に遭わせてやろうと拳を振り上げた。

だけど結論、泣いていたのは妹ではなく僕の方だった。

振り上げた瞬間、親指が自分の前歯に引っかかり、爪が剥がれたのだ。
天罰が下った。神よ、今仕事始めたのか。

公園に散歩をするために家族で出かけた時、僕は大きめの石につまづいてベビーカーをひっくり返したこともある。母親にこっぴどく叱られたけど、悪気はなかったからすごく不満だった。どうせ同じなら悪気があった方がお得とさえ思った。

テスト勉強は、僕は一夜漬けタイプ、妹は2週間前からコツコツやるタイプ。自由研究は妹は自分で考えてこなす一方、僕は親に泣きついて手伝ってもらっていた。(実際は親9割、僕1割)

妹は中学でラクロス部のマネージャーをこなし、高校はバスケ部で活躍した。僕はといえば、文芸部の幽霊部長で部室には6年間で2,3回しか行かなかった。

以上のことから、どう吐き違えても僕は兄ではない。[Q.E.D]

やがて妹は僕よりもずっと稼ぎのいい会社に就職した。
これは本当の話だけどボーナスが5倍くらい違う。
父親の勧めた大企業だった。
僕が先輩社員と喧嘩になり、一次選考で落ちたところだ。

先輩社員「大きなビジョンがない人間はキャリアアップしていかないよ?僕がこの間決めた仕事はそれはそれは社内でも話題になるほど規模がデカいんだ。最初は絶対に勝てない勝負だったけど、決め手はあきらめないこと。そしてビジョンを忘れないことさ」
「で、先輩のそのビジョンは具体的になんなんですか?」
先輩社員「誰よりも早くキャリアアップをしていくことだよ」
「いや、そのキャリアアップをしていくためにどのようなビジョンを掲げているのですか」
先輩社員「」
「とても参考になりました」
先輩社員「…君ね、髪長いよ。それじゃあクライアントの信用を得られない。ファーストインプレッションでほとんど勝負は決まってるんだ」
「ありがとうございました」
先輩社員「僕はね!土曜日だってのにこうして君のために時間を割いている!このあとだって散髪をするんだ!現時点で君よりも短い僕がね!」

・・・


配属先が東北になったことを知ったのは、妹が一人暮らしを始めた後だった。妹は就職先のことも引っ越すことも何も僕に知らせなかったし、僕もまた妹に何も聞かなかった。

1年の月日が過ぎた。
先日、久しぶりに実家に帰って食事をした時、両親が眉をひそめて言った。

母「あの子、病んでるのよ」
父「仕事で相当やられているらしい」
母「ノルマのある仕事で激務だし、慣れない運転を長時間毎日させられて、上司にずっと怒られてつぶれそうみたい。たまに向こうに行って様子を見ているんだけど、日曜の夕方を過ぎると一言も喋らなくなるの。何か相談来てない?」

それは、僕の知っている妹ではなかった。
話によると、妹は東北配属を自分で希望していたものの、東北には行きたくなかったそうだ。配属希望を聞かれ、<東京配属は倍率が高いから叶わない可能性が高い、それなら倍率の低い東北を希望すれば確実に通る>と咄嗟に思ったらしい。

父「手の施しようもない。会社だって希望を通してやったのに何が不満なんだって思うだろう」

母「そもそも会社には何もSOSを出していないらしいの、定期面談でも問題ないって回答しているみたい」

父「まったくもって理解不能だ」

僕には妹の苦しみがすぐに理解できた。
妹は失敗を恐れていた。ずっとずっとずっとずっとずっとずっと。
一般的な子供としての、一般的な学生としての、一般的な社会人としての、一般的な人生としての失敗を恐れて、恐れぬいてここまで生きてきた。

必死に勉強をして、必死に部活に励み、バイトをこなし、就活をして、立派にひとり立ちした。

でもお前は、妹として完全に失敗した。
誰にも頼らずに誰にも吐き出さずに生きてきたから
甘え方や逃げ方が分からないのだ。

東北には知り合いはほとんどいなく、職場にもほかに女性がいない。
孤独に打ちひしがれて、それでも助けを求めずに声を殺して泣いている。
やっと出したSOS、電話越しに家族に伝えた真実、それだけでも勇気がいっただろう。

今も休みの日は、資格の勉強を続けているようだ。
父曰く根を詰めなくても受かる資格だそうだ。
でも、失敗しないために。妹はきっと過剰に机に向かっている。

何の努力もせず、なすがまま、自分のしたいことだけやって、ふらふらしている僕のことが、きっと、宇宙人にでも見えていたのだろう。

飄々と生きて、ひらひらと社会の重圧をかわしている僕を憎んでいるかもしれない。

僕なら運転が嫌な時は「自分オートマなんでクソザコです。駐禁切られないように一生懸命見張っとくんでご容赦ください」と冗談を飛ばすし、ノルマは下方修正されるように進んで失敗をして、頼りなさをアピールする。

全力で打ち込むお前は正しいけど、それは自分が耐えられればの話だ。
社会はお前が思うよりだらしなくて、情けなくて、残念だ。
だから失敗してもいいし、爆発してもいい。
お前がハラスメントだと思えば、上司を訴えてもいい。
途中でバックレても究極問題ない。
適応障害の診断書をもらったり、退職代行だってある。
そもそも自己防衛としての退職は戦略的撤退だ。

お前よりたくさん失敗をしてきたからよくわかる。
失敗は成功の基って言葉も今は本当だと思う。
それでもへらへらして、傷ついた時は恥ずかしいポエムを書いて被害者を演じた。
ストレスを追い払うように歌を歌った。
面白い失敗談としていろいろな人に笑ってもらった。

正しくなくていいし、失敗していいんだよ。

お前がこれからも「お兄ちゃん」と呼んでくれる限り
腐っても僕はお前の兄だ。

でもダメな兄だから、お前の心境を勝手に妄想して明文化している。

こうやってnoteで発信されるの、きっと嫌な気持ちだろう。
でも、口止めはおろか相談も受けていないから、それを免罪符として自己満足に言葉を贈る。

これからも僕はお前の兄としての責務を全うしないことを全うする。

正しくない正しさも、間違っていない過ちもあるってことを見せつけるから、たまには反面教師にせず、生き方のヒントにしてみてもいいんじゃない。
知らんけど。

もし、この記事を読んで、異論や文句がある場合はラインくださいな。
あと僕は僕で結構苦労しています。

2022年8月12日 自室にて、冷房に凍えながら、夏。

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