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変わらないでいると決めているのは自分自身、自分で変わる選択をしてみる

何年か前に、『嫌われる勇気』を読みました。
「あなたが変われないでいるのは、自らに対して『変わらない』という決心を下しているからなのです」という内容が印象的でした。
アドラー心理学では、人生における思考や行動の傾向をライフスタイルという言葉で説明するそうです。
私は私のライフスタイルを、自ら選んだらしい。


私は10年ほど前、やろうと思ったけどできなかったことがあります。
サポートすると言ってくれる人もいましたが、自分の能力のなさがバレるのが怖くて、うやむやにしていました。
そして時間が経ち、諦め、再び挑戦しようとは思わなくなりました。

周りの友人にはできているのに、同じことを学んだはずの私には、できなかった。
友人たちは私とは環境が違ったので、自分の中で、できないことに対する言い訳がいくつもありました。
「私だって、あの人たちと同じ状況だったら、きっとできたのに」と。

だけど、自分ではわかっています。
できなかったのではなく、単にやらなかっただけ。
やってみればよかったなと、なんとなくずっと気になっていました。


『嫌われる勇気』に、私みたいな人が出てきます。
私は自分で、それをしないことを無意識に選んでいたのかもしれない。
人に評価されたり、批判されたりするのが怖かったから。

 「もしも何々だったら」と可能性のなかに生きているうちは、変わることなどできません。
 ・・・略・・・
 私の若い友人に、小説家になることを夢見ながら、なかなか作品を書き上げられない人がいます。彼によると、仕事が忙しくて小説を書く時間もままならない、だから書き上げられないし、賞の応募に至らないのだそうです。
 しかし、はたしてそうでしょうか。実際のところは、応募しないことによって「やればできる」という可能性を残しておきたいのです。人の評価にさらされたくないし、ましてや駄作を書き上げて落選する、という現実に直面したくない。時間さえあればできる、環境さえ整えば書ける、自分にはその才能があるのだ、という可能性のなかに生きていたいのです。おそらく彼は、あと5年10年もすれば「もう若くないから」とか「家庭もできたから」と別の言い訳を使いはじめるでしょう。

『嫌われる勇気』岸見一郎 古賀史建

私、こんな感じの人間です。
「私だってやろうと思えばできたかもしれないけど、当時の私の状況ではできなかった。」
誰にも聞かれていない質問に、自分の中で答えています。ずっと。
その世界の人たちはもう誰も、私のことなんて考えてもいないのにね。


昨年、転職しました。
新しい環境で新しい人と接するようになったら、10年前に私が達成できなかったことを、「もったいない」と言う人がいました。
忘れてた、そのこと、って感じでしたが。
良い評価をしてくれて、なんとか今からでもできないかと考えてくれました。

私は何に関しても、インプットだけしてアウトプットができていないことが多いです。
自分の辛い経験をきっかけに、今度は同じような経験をした人の役に立ちたいと思ってグリーフケアを学んだけど、それだけ。
気になってはいるものの、何もしないまま時間だけが過ぎてゆく。

結局、何もしない方が傷つかないし。
このままの私でいる方が楽です。


ですが、私のライフスタイル、変えることに決めました。
ライフスタイルを「自分で選んだのなら、再び自分で選びなおすことも可能なはずです。」

グリーフケアに関することをひとつの形にするために、年末からずっと、ある事に毎日少しずつ取り組んでいました。
自分でもあきれるくらい進まず、かなりゆっくりですが・・・。
自分自身の経験と重なると、辛くなって嫌になると思ったので、状況の違う方たちのグリーフに関することにしましたが、以前から気になっていたことです。

誰かに批判されるかもしれません。
私が費やしたあの時間は何だったんだ、と思うかもしれません。

でも、だめでもいいから、とにかく挑戦してみます。


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