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内牧温泉町湯巡訪記

熊本の温泉地といえば?と聞かれれば10人中10人が黒川温泉と答えるのではないかと思う。これはもちろん間違いない。熊本で一番有名な温泉地は黒川温泉。まさにその通りである。

ところで、あなたは内牧温泉を知っているだろうか?恐らく、地元の人間や九州の人間であれば、知っていると答えるかもしれないが、県外の人間にはそれほど認知されていない温泉地なのではないかと思う。ちょうど大観峰、阿蘇外輪山を下った阿蘇山の麓に位置する内牧温泉は、これといった温泉街を形成しない温泉地で、多くの温泉旅館が少し距離を置いて点在している。申し訳ないが、黒川温泉など温泉街そのものが観光地となっている場所と比べれば、少し見劣りする温泉地かもしれない。

しかしながら、泉質の点を見れば黒川温泉にも引けを取らない素晴らしい泉質を有している。内牧温泉だけで様々な源泉が存在する中で共通していることは、基本的にはどこも源泉掛け流しで贅沢にお湯を使用していることであろう。そして、これも内牧温泉の特徴であるが、住民向けの町湯があちこちに存在していて、旅行客であってもどこもワンコイン程度で新鮮な本格温泉を楽しむことができるのだ。はっきり言って最高である。最高なので、この記事はその町湯を巡ってみたという記録です。

ちなみに内牧温泉の町湯についてはこのページがとても丁寧に説明されていて、僕も現地でずっとこのページを見ていました。実際に歩いてみると町湯の間はそれなりの距離があるので、もし行かれる方は計画的に回ると良いと思います。

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1、宝湯(割烹がね政)

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いきなりディープな町湯であるが、この表玄関を見ても大体の人はただの料亭としか思わないのではないだろうか。実はこの宝湯は「がね政」という割烹料理屋が経営している町湯なのである。割烹と温泉。割烹が先か温泉が先か。どうしてこの二つが共存することになったのかはよくわからないが、とにもかくにも温泉である。

店の入り口を恐る恐る開けると、目の前には小上がりの宴会席。そこを右手に進めば厨房が見える。厨房では女将さんと従業員の方が世間話をしながら仕込みをしていた。「あの、すいません。温泉に入りたいのですが」と声をかければ心得たように愛想よく応対をしてくれる。料金は400円。その場で支払いをする。しかも、この値段でタオルとシャンプー・ボディーソープなど一式の貸し出しを受けることができるので至れり尽くせりである。

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温泉の入り口を入れば、中は想像以上に広々とした空間で、こんこんと沸いたお湯は気持ちよく浴槽から溢れている。おまけにこの宝湯には、なんと露天風呂もある。店の周りを囲う塀を外から見た時には、庭園か何かがあるのかなとしか思わなかったが、まさかこのような空間になっているとは思いもしなかった。お湯は鉄っぽさを感じる温めの芒硝泉。長くつかればつかるほどしっかりと体が温まっていく。お湯の湧口には「飲泉可能」の表示もあるので、口にしてみるのも良いかもしれない。

途中で地元の方と思われる方がおひとり入ってこられた。「こんばんは」と気さくに挨拶をしてくれたので、こちらもそれに返答する。町湯ではどこでも挨拶が飛び交う。地元の方同士であればそこから会話が始まる。裸の付き合いとは言うけれども、町湯が彼らにとっての、大切なコミュニケーションの場なんだろうなあということを強く感じた。

2、薬師温泉

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内牧温泉の北側、少し奥へと進んだところにある薬師温泉。ここは隣にも新穂湯という町湯が並んでいて、どちらも地元の方を中心に賑わっている。魅力的なのは何よりもその値段である。なんとこの薬師温泉は200円で入浴することができる。地元の方々で賑わうのも納得の値段設定。

入り口、男湯と女湯の真ん中には番台があり、まさに昔ながらの銭湯のような様相。訪問した時には誰もいなかったので、「すみません」と声を掛けたり、中をキョロキョロと見まわしていると暫くしてお婆さんがやってきて、入浴料を受け取ってくれた。「はじめてですか?」と聞かれたので、素直にそうですと答えると、「とてもいいお湯です。しっかりと温まりますよ」とにっこりと笑い掛けてくれた。よそ者にも優しい。何だかこういうのって良いなあとしみじみ思ってしまう。

例のごとく挨拶をして、浴槽へと向かう。5人ほど入ればいっぱいになるであろう、小さな浴槽が一つ。先客は二人。お湯はかなりの高温で、長く浸かるのにはむいていないが、日常的に入るのであればこれくらいが程よいのかもしれない。サッと浸かって、パッと出る。もちろん、ここの温泉も源泉掛け流し。宝湯と同じで鉄の匂いのするキリっとした良いお湯であった。

3、湯の宿入船

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こちらも内牧温泉の中では少し外れた場所に位置する町湯である。湯の宿、という名前のとおり、ここは厳密にいえば温泉旅館が経営する立派な宿泊客向けの温泉なのだが、住民のために町湯としても開放をしている。料金は500円と町湯の中では高めの設定となっているが、そもそもこの価格で温泉を開放しているのがほかの地域であれば奇特なわけであって、何だか何が常識なのかを忘れてしまいそうになる。値段に見合ったようにシャンプーやボディーソープは完備。おまけに旅館の温泉などでよく見かける馬油を使った少しお高めのアメニティであるのが嬉しい。

ここの温泉はとにかく広い。内湯は浴槽が二つ。源泉が注がれている熱めの浴槽と、そこから溢れたお湯を溜める少しぬるめに設定されているのであろう浴槽。ただし、どちらもあまり温度の違いはわからなかった。ここもまた鉄分が多く、少し緑がかったお湯が特徴の温泉。

圧巻なのは露天風呂である。中庭を挟むようにその周りが回廊のようになっていて、そこに温泉がなみなみと注がれている。人だけで言えば何十人と入れてしまうのではないかという広さ。利用客はほかの町湯に比べれば多いものの、そこまで大勢の客が一度に浴槽に入ることもないので、かなり贅沢に浴槽を満喫することができる。おまけに露天風呂わきには一人用の寝ころび浴槽も用意されている。町湯というかもはや立派な温泉施設である(実際そうなのだけれども)。

4、大阿蘇

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回った町湯の中では一番の庶民派かもしれない大阿蘇。入浴料は200円。脱衣所にある集金箱に各自が料金を入れていく仕組み。

浴槽は横長で7、8人くらいは入れそうな大きさのものが一つ。洗い場にはシャワーもないし、カランからはお湯も出ない。地元の人たちはどのように体を洗うのだろうかとみていると、皆さん器用に浴槽から風呂桶に溜めたお湯を使いながら、浴槽に泡が入らないように気を付けながら小さくなって体や髪を洗っていた。

個人的に回った町湯の中では、一番自分の身体にしっくりと来るお湯だったように思う。少し硫黄の匂いも漂うここのお湯は、浸かった時の肌触りからして新鮮であることをひしひしと感じた。別に温泉に特別詳しい人間ではないけれども、これは良いお湯だとはっきりとわかった。温泉のつくりや仕組みなども程よく地元寄りのまさに町湯というものだし、今回僕が味わいたかった「地元の人間が楽しむ町湯」というものを一番堪能することができた。

大阿蘇では先客だった地元の方々が世間話に花を咲かせていた。熊本弁ネイティブの方々の会話は耳障りがよく聞いていても何だかほっこりとするが、高齢のおじさま方のもっぱらの話題はこのあたりの町湯の話であった。朝湯の会があって、最近はみんな朝に来るんだと言えば、もう一人がそりゃよかねと呼応する。調べてみると確かに大阿蘇は朝の7時半から営業しているようであった。やはり、この場所では人々の生活に町湯文化がしっかりと根付いているのだなあということをしみじみと感じた瞬間であった。こんな最高の場所に住んでいたらそりゃ温泉第一主義の生活になっちゃうのかもなあ。

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町湯を4つ回った僕の身体は何だか力に満ち溢れていた。この阿蘇という雄大な土地から湧く温泉には、人々を力づける何かがあるのかもしれないなあなどと思ったりする。ちなみに内牧温泉にはいまきん食堂という有名な食堂があって、そちらのご主人がこの内牧温泉を再興させるべく、奮闘されているということであった。

そのあたりはこちらのページを読んでください。

熊本も震災から3年が経ち、復興も進んではいるように見えるけれども、未だに南阿蘇の方では主要の道路が通行止めになっていたり、行きかう車も建築資材を運ぶ大型トラックなどが多く目に入る。地元の人からすれば、やっぱりまだまだ震災前の状態には戻れていないのだと思う。内牧温泉も、土曜日の夜に訪れたものの、あまり観光客の姿は見えないし、どうしても寂れているなあという印象は拭うことができなかった。これだけ良いお湯がある場所なのだから、どうにかしていろんな人に来てもらいたい。この記事を読んで興味を持った方がいれば、ぜひ熊本観光の際には出掛けてみてください。